以下の記事は、バラ十字会日本本部の季刊雑誌『バラのこころ』の記事を、インターネット上に再掲載したものです。
※ バラ十字会は、宗教や政治のいかなる組織からも独立した歴史ある会員制の哲学団体です。

メルクリウスの原理:創造の錬金術的モデル
The Mercurius Principle : An Alchemical Model of Creation
デニス・ウィリアム・ハウク博士
By Dennis William Hauck

錬金術には、その進歩に著しく役立った概念がひとつ存在します。この概念を十分に理解すると、錬金術師が秘密にしていた作業を明らかにすることができます。その概念とは、水銀の真の性質に関わっています。ドイツの錬金術師、マルティン・ルーラント・ジュニア(1569-1611)は、その著書『錬金術辞典』(Lexicon Alchemia,1612)の中で、〈大いなる作業〉(Great Work:錬金術の別名)における水銀の重要性について次のように述べています。
「水銀は、あらゆる錬金術の書物のあらゆる部分で取り上げられており、あらゆることをなし遂げると考えられている。誰もが自分の頭脳と金銭を浪費して、大量の水銀を作ろうとしている。水銀は、とろりとした糊のような液体であるが、乾燥したその性質のため付着性はない。湿った温かい〈水〉が、分かちがたく〈土〉と混ざり合っているため、実験ではともに残存するか、ともに消失するかのいずれかとなる。ロジャー・ベーコンは、『錬金術の鏡』(Speculum Alchimiae, 1597)の中で、水銀のことを「生ける黄金」(Living Gold)であると述べている。そして、それは殺すことも生かすこともあり、湿っていると同時に乾いており、温かいと同時に冷たく、その処方の程度によって相反するものになるとしている」。
ルーラントは続けて、通常の水銀のことを指すために錬金術師が用いている名前を60個以上も列挙していますが、そこでいったん言葉を止め、次のように厳粛に読者に警告しています。「水銀に関する一般的な記述と特別な記述を、つまり通常の水銀に関するものなのか、〈我々の水銀〉(Our Mercury)に関するものなのかを、常に注意して見分けなければならない。間違えてはいけない。さもなければその情報は無用なものになる」。ルーラントは、ここでかなり秘密主義的な態度をとっていますが、彼のいう〈我々の水銀〉とはメルクリウス(Mercurius)、精神と想像力としての水銀の精髄(spirit:スピリット)のことであり、それはあらゆる錬金術の変容の核心にあるものです。
心理学者カール・ユング(1875-1961)は著書『心理学と錬金術』(Psychology and Alchemy, 1944)の中で水銀の二重の意味を明らかにしています。錬金術師が水銀について語るとき、現代の読者は液体の金属である水銀について述べていると想定しますが、実際には多くの場合に、あらゆる物質の中に潜んでいる、世界を創造する意識の火花であるメルクリウスを指しているのだと指摘しています。純粋な意識であるこの精髄には液体の水銀と同じ性質があり、水銀の塗られた鏡のように世界を映し出し、しかも自由に流動してあらゆる器の形をとります。
「メルクリウスは〈大いなる作業〉の始めと終わりに存在する」とユングは説明し、さらにこう続けています。始まりにおいては、メルクリウスはプリマ・マテリア(原初物質)であり、ニグレド(黒化)のカープト・コルヴィ(カラスの頭)である。ドラゴンとしてのメルクリウスは、自らを貪り喰いドラゴンとして死ぬが、ラピス(石)となって再び蘇る。メルクリウスは「カウダ・パヴォニス」(孔雀の尾)における色彩の戯れであり、四大元素へと分化する理(reason)である。メルクリウスは、初めは両性具有であったが古典的な男女の二元性に分裂し、結合(conjunction:コンジャンクション)において再び統合され、終わりには両性具有の子というルメン・ノヴム(新しい光)の輝かしい姿で現れ、哲学者の石(賢者の石)となる。メルクリウスはすべてである。金属でありながら液体であり、冷たいと同時に火のように熱く、毒でありながら治療薬にもなり、男性でありながら女性でもあり、物質でありながら精神でもあり、あらゆる相反するものを統合する象徴的な力である」。

錬金術の宇宙論
Alchemical Cosmology
メルクリウスはあらゆる錬金術において最も重要な道具であり、あらゆる変容に不可欠な要素です。なぜ水銀に相当する元型が錬金術の作業の核心にあるのかを理解するためには、錬金術師が宇宙の創造の背後にあると考えていた宇宙論を検討する必要があります。錬金術師の考え方は、ピタゴラスの思想とヘルメス学の原理を混ぜ合わせたものです。ピタゴラス(紀元前570-490)は、宇宙が〈モナド〉(Monad:単子)と呼ばれる分割できない意識の点(もしくは特異点)からの流出によって存在するようになったと説きました。〈モナド〉は超越的な〈唯一の精神〉(One Mind)と表現されることもあります。重要な点は、〈モナド〉が真に存在するものすべてであるということです。このことが、錬金術師の有名な格言「すべては〈一なるもの〉である」(All Is One)の意味であり、ピタゴラスが述べたように、宇宙は「全体からなる唯一の〈全体〉」(one Whole of wholes)なのです。上の図に、〈モナド〉から流出した、世界の錬金術のモデルをまとめました。
モナド
The Monad
図の最上部にあるのは、中心に特異点を含む混沌を表す円です。モナドである特異点は、そこから生じた混沌とした深淵(アビス)すなわち〈一なるもの〉(One Thing)に取り囲まれています。ヘルメス学の伝統によれば、混沌とした深淵に最初に投射された思考が聖なる〈言葉〉(ロゴス)であり、この〈言葉〉によって光と意識の爆発が起こり、私たちの現実が創造されます。錬金術師たちの考えによれば、創造の力による原初の爆発(無から生じた光と精神の凝縮)は、彼らの実験室の中でも彼らの魂の中でも、物理的なレベルと精神的なレベルの両方で、今もなお起きています。

ダイアド
The Dyad
〈モナド〉による最初にして唯一の行為は、〈言葉〉、すなわちビッグバンを引き起こし宇宙を動かし始める最初の思考を発することです。その後は〈ロゴス〉だけが存続します。〈ロゴス〉は先ほどのモデル図の中に、〈ダイアド〉(二元性)のレベルにある菱形として描かれています。それは流出した、具体化した光(crystallized light)にあたります。〈ロゴス〉は、〈自然の精神〉(Mind of Nature)の中、つまりヘルメス学の思想家が「創造した者の精神」(Mind the Maker)と呼ぶものの中に、時空を超えて響き渡ります。流出したこの〈ロゴス〉には、物理学と数学の法則が埋め込まれています。
〈自然の精神〉としての〈ロゴス〉は二元性を通してとしてだけ表れることができます。それが図中では正極と負極という反対向きの矢印で表され、最初に創造された反対の性質を持つ一対のもの、すなわちエネルギーと物質として示されています。〈聖なる言葉〉が二元性と通してしか表れることができないのは、無から宇宙が創造されたからであり、足し合わせた合計が必ずゼロになる必要があるからです。これはヘルメス哲学と科学の両方の根本的な法則です。そのため、プラスの性質を持つあらゆるものは、その反対のマイナスの性質を持つものが存在することによって中和される必要があり、あらゆる物質粒子には、それに対応する反物質粒子が必ずあります。すべてのものは合算すると必ずゼロになる必要があります。したがって、自然の法則の第一の原理は、すべてにものには相反する二元的な性質があるということです。
図に示すように、エネルギーと物質という原初の一対のものが、光である〈ロゴス〉を通じて結びついています。エネルギーは力の場や波動で表される一方、物質は粒子と固体で表されます。心理学的には、エネルギーは、積極的な拡張という男性的な元型とスピリット(訳注)に関連している一方で、物質は、受動的な収縮という女性的な元型とソウル(soul:魂)に関連しています。これらは、〈太陽の王〉と〈月の女王〉という錬金術の象徴(icon:イコン)に相当します。
(訳注:スピリット(spirit):バラ十字哲学では物質を成立させている根源的なエネルギーをスピリットと呼んでいる。)

トライアド
The Triad
先ほどのモデル図での第三の流出レベルであるトライアド(triad:三つ組)は、〈硫黄〉、〈水銀〉、〈塩〉という3種類の力、「三原質」(Three Essentials)からなります。創造に働くこれらの力は、エネルギーと物質という対立する原初の一対から、光を媒介にして生じます。〈硫黄〉は頂点が上向きの三角形で示される〈火〉で運ばれ、〈塩〉は頂点が下向きの三角形で示される〈水〉で運ばれます。このように、〈硫黄〉はエネルギーの顕現、〈塩〉は物質の顕現、〈水銀〉は光の顕現です。古代のこれらの概念には、E = mc²という数学的関係があります(訳注)。図では、エネルギーである〈硫黄〉と物質である〈塩〉が対立する力として示されており、その中央にある光としての〈水銀〉によって両者のバランスが保たれています。
(訳注:E = mc²:アインシュタインが特殊相対性理論から導いた式で、質量とエネルギーの関係を示す。Eはエネルギー、mは質量、cは光速度を表す。)
〈水銀〉は、〈火〉と〈水〉を象徴する三角形を組み合わせて作られた星形の図形で表されます。エリザベス一世のお抱え占星術師でバラ十字会員であったジョン・ディー博士(Dr. John Dee)が自身の「モナス・ヒエログリフィカ」(象形文字のモナド)という記号(右の扉絵の中央にある記号)の中心に〈水銀〉を置いたように、〈水銀〉はこの図の中心に位置しています。〈水銀〉の記号の中央にある円は、モナドの特異点が写し出されたものです。言い換えれば、〈水銀〉は創造の〈唯一の精神〉と同じ種類の意識を共有しています。
参考記事:『宇宙の統一を表す聖なる記号ー第1章 起源(前半)』
さらに〈水銀〉は現実世界の垂直軸、すなわちアクシス・ムンディ(Axis Mundi:世界の軸)の中心に位置しています。これは、「上方にある天」と、「下方にある顕在化した無数の事物」と、その中間にあるすべてのものから構成される、現実のあらゆるレベルに、〈水銀〉がアクセスできるというヘルメス哲学の概念を反映しています。つまり、熟考、集中、瞑想、想像や、他の精神的な手段によって、私たち人間に反映されている意識は、宇宙に埋め込まれた神聖な意識のあらゆるレベルに到達することができます。

テトラド
The Tetrad
流出の〈テトラド〉(四つ組)のレベルには、物理的な現実である四大元素(火、空気、水、土)があります。四大元素は三原質の相互作用から生じます。〈火〉と〈空気〉は〈硫黄〉の力(エネルギー)の影響を受けます。〈空気〉と〈水〉は〈水銀〉(光)の影響を受け、〈水〉と〈土〉は〈塩〉(物質)の影響を受けます。原初の思考である〈言葉〉は物質化において成就します。あるいは、エメラルド・タブレットに記されているように「それが〈土〉に変われば、その内在する力は完成する」のです。
錬金術の哲学者は、〈四大元素〉という流出が7つの惑星的な元型というフィルターを通過して、最終的には、意識の新たな具現化である「石」(stone)として結実すると考えていました。石は非物質的なもの(強力な思考、アストラル体など)にも、物質的なもの(化学的な沈殿物、岩石、惑星など)にもなり得ます。図の一番下にある具現化した石は、私たちの図における思考の顕現です。石というこの多層的な対象は、〈言葉〉が宇宙論的に完成したことを表します。私たちの宇宙に存在する物質には、宇宙を創造した意識の原初の火花が今もなお含まれていますが、物質はまた、その周囲の外力によっても形作られています。
図に示されている〈石〉を形作っている7つの元型的な力は、ヘルメス哲学の七惑星による影響を表しています。七惑星は、それぞれに対応する錬金術の記号で表されています。エネルギーと物質という対立する原初の一対は、〈太陽〉と〈月〉にあたり、一方で四大元素は元型として〈火星〉(火)、〈金星〉(水)、〈木星〉(空気)、〈土星〉(土)として表されます。
〈石〉の創造における7番目の惑星的元型は〈水星〉です。〈水星〉は上方にある〈唯一の精神〉に由来する意識の光であり、〈下にある水星〉、すなわち私たちが自身のために創造する個人のモナドや個人の世界を反映しています。モナドのレベルから発した光と意識の原初の火花は、〈ロゴス〉を通して投射され、水銀の光によって、感覚を持つすべての生きものに伝えられます。言い換えれば、宇宙の創造とほぼ同じ方法で私たちは個人的な現実を創造しています。惑星的な元型というフィルターを通過した宇宙意識による創造のパターンにおいて、内的世界の現実と外的世界の現実を同調させることが、変容の作業で錬金術師が用いる「作業方法」(modus operandi)です。

あなたの中のメルクリウス
Mercurius in You
メリクリウスの精髄は私たちすべての中に存在しますが、エゴと呼ばれる内的な官僚主義や、心を溺れさせる際限のない思考のおしゃべりから解放された、純粋な意識の中だけに表現されます。ヘルメス学の思想家が語る「心の眼」、「精神の目で見ること」、「真の想像力を用いること」とは、神聖なる精神が夢見る「世界の種子」を把握するメルクリウスのことを指しています。メルクリウスの精神は、あらゆるものの神聖な源を心に描き、それを探究し、純粋で集中した瞑想を通して変容することさえできるとパラケルススは考えていました。「真の想像力は、生命をその精神的な現実へと引き戻し、そこで瞑想という名前になる」と彼は要約しています。パラケルススにとって真の想像力とは、変容がどのようなものであるかを心に描き、精神の光の中でそれとともに作業をする能力です。カール・ユングは『心理学と錬金術』の中でこの概念について詳細に説明しています。
「錬金術師の想像力の概念は、〈大いなる作業〉(Opus)を理解する最も重要な手がかりとなる。錬金術師の想像の過程を、空想的なイメージがそうであるような精神上の幻影としてではなく、形を持つ何か、精妙な実体(subtle body)として捉える必要がある。想像という行いは、実験室での物質変化のサイクルに組み込むことのできる物理的な要素のようなものであった。錬金術師は自分の潜在意識に関わるだけでなく、想像力を通して、変容させようとする材料にも直接関わっていた。そのため、錬金術の想像という行いは、濃縮された生命力を引き出すことであり、それが物質とサイキック(psychic:超心理学的)なものの類心的(訳注)ハイブリッドである精妙な実体を作り出します。」
(訳注:類心的(psychoid):心理的とも身体的とも言えない、その中間的な性質のこと。)
メルクリウスとそこに含まれる意識のパターンは、モナド的な〈唯一の意識〉を起源としますが、私たちの世界では独立した力になります。メルクリウスは私たちのひとりひとりの中で、純粋で生き生きとした想像力とともに永遠に輝き続ける小さな星のようなものです。個人のロゴスから私たちが作り出したミクロコズム(microcosm:小宇宙)が、時とともに塩漬けになり(固定化し)凍りついたときには、私たちを活気づけるメルクリウスという精髄はもはや輝かなくなり、さまざまな問題が発生します。
その解決策は、自らの精神を再び活気づけ、メルクリウス化する(mercurize:水銀化する)ことです。自身から〈塩〉を取り除き、子供の精神のように、意識を流動化させます。あなたの人生を錬金術に変え、メルクリウスの想像力豊かな誠実さとともに生きてください。心を汚染する無意味な思考の垂れ流しから抜け出し、あなたの心から直接輝く、人生における〈一なるもの〉に集中してください。世界に対してどれだけ影響力を発揮できるかは、心の透明度、すなわち「何を考えないか」によって決まります。
人生というゲームは、ある世代と別の世代では決して同じままではありません。ですから、それを乗り越えてください。あなたとビジョンが同じではない他人の世界観を支持することから意識をそらし、あなたの中にある錬金術的な宇宙という、より偉大な現実に焦点を合わせてください。メルクリウスの光とともに、マインドフルになり内省的になってください。この光が波のように宇宙に押し寄せるのと同じように、あなたの体、精神、魂にもメルクリウスの光が妨げられることなく押し寄せています。
※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラのこころ」の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。
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