以下の記事は、バラ十字会日本本部の季刊雑誌『バラのこころ』の記事を、インターネット上に再掲載したものです。
※ バラ十字会は、宗教や政治のいかなる組織からも独立した歴史ある会員制の哲学団体です。
入門儀式の山
The Mountain of Initiation
ノビリス
by Nobilis
1785年から1788年にかけて、ドイツのアルトナ(Altona:ドイツ北部、現在のハンブルク市の一区画)で『16世紀と17世紀のバラ十字会員の秘密の象徴』という題の書籍が、ラテン語とドイツ語で出版されました。この本は2部構成で出版され、その内容は、エイドリアン・フォン・ミンシヒト(Adrian von Mynsicht)などの17世紀の錬金術師の資料とヴァレンティン・ヴァイゲル(Valentin Weigel)作の神秘的な寓話、エイブラハム・フォン・フランケンベルク(Abraham von Franckenberg)が書いたヤコブ・ベーメ(Jacob Boehme)に関する著作から構成されています。いずれの作品も、18世紀の視点に影響されているという制約はありますが、バラ十字思想を伝える上で重要かつ強い影響力を持った書物でした。1935年にバラ十字会AMORCから出版された版の序文で、当時の世界総本部代表であったハーヴェイ・スペンサー・ルイス博士は次のように述べています。
「友愛組織の高段、および内陣の皆さまにおかれましては、この古い貴重な書籍が、バラ十字会のロッジとチャプターのそれぞれの書庫に1部ずつ保管され、毎年『境界線を超える』後続の学習者たちが将来閲覧できるよう取り計らってくださることを切に望んでいます」。
この書物には多くの図版が収められていますが、その中でも特によく知られるようになったのが『哲学者の山』(Mons Philosophorum)です。この記事の以下の内容を読むときには、掲載した挿絵を参照しながらお読みいただくことをお勧めします。この絵は、『イニシエーションの山』と名づけた方が、絵に込められた真意に適っていることでしょう。この書物のさまざまな場所に散りばめられた、複雑そうに見える他の図版に比べて、この絵は単刀直入な表現に思われます。他の図版では、それを特徴付ける記号の配置について、過度に考え込んでしまうということが起こりますが、この絵ではその必要がなく、もっと気楽に取り組むことができます。
内なる旅
An Inner Journey
一目見てわかるように、この絵全体が題名の通りひとつの山によって占められており、そこに錬金術的な性質の多くの物や象徴記号が並べられています。山の麓は周囲がレンガの壁で補強されており、山の内部へ通じるアーチ型の入り口が一つだけあります。3人の人物がこの入り口に近づいているのが見えますが、入り口の中央には「境界線の番人」が座っています[1](数字は18ページの図を参照)。3人の進むべき道は、手前に描かれた野ウサギ(あるいはアナウサギ)が巣穴に潜ろうとしている動作に見て取ることができます。ここには重要な意味が示されています。探求の入門者になることを志願する者は、精神的に生まれ変わる前に、まず土の下に入り、ある種の死を体験することによって、自分自身を捨て去らなければなりません。志願者は、内なる旅を体験しますが、この旅のすべては、「VITRIOL」という錬金術的な意味の言葉遊びで表現することができます。それは、「Visita Interiora Terrae Rectificando Invenies Occultum Lapidem.」(大地の内部を訪れ、不純物を取り除くことで、秘められた石を発見する)というラテン語の文の各単語の頭文字を繋いだもので「硫酸」(vitriol)を意味します。
3人の人物に話を戻すと、一番左の人物は道に迷っていて、なかなか前に進めずにいるように見えます。その隣の重そうな巾着袋を肩から掛けた人物は片膝をつき、羽飾りの付いた帽子がずり落ちて目の前を塞いでいるように見えます。しかし、右側の人物は入り口を発見して驚き、喜んでいるように見えます。この人物の足元に書かれている「1604」という数字は西暦の年を表し、クリスチャン・ローゼンクロイツ(Christian Rosenkreuz)の墓が発見されたという寓話を暗に示しています。ホラティウスの書簡にあるように、誰もがコリントに行くことを許されているわけではなく、最初の2人の人物は「光の門」に入る準備ができていないに違いありません(訳注)。1番目の番人が右側の人物だけを見ていることが、この見方が正しいことを裏付けています。
(訳注:1614年に公表された薔薇十字団(バラ十字会)の宣言書『友愛組織の声明』(Fama Fraternitatis)には、1604年にクリスチャン・ローゼンクロイツの墓が発見されたという象徴的な話が書かれている。)
(訳注:ホラティウス(Horace):はローマの詩人で風刺作家。コリント(Corinth)は何不自由なく暮らせる町として有名。すべての人が、善行の報いを得ることができるわけではないことを意味する。(Horace, Epistulae 1:17:36))
入門志願者はいよいよ入り口の前に立ち、番人に自分の志が誠実なものであることを示さなければなりません。レンガ壁の上側を見ると、2つの象徴が入り口の左右に描かれています。左側にはウサギがいて、右側では雌鳥が巣の中で卵を温めています。これらは、入門者が自身の内面を変容させる錬金術の作業に取り掛かる際の2つのやり方を表しています。それは、ウサギが示す活発で素早い思考と、雌鳥が示すゆっくりとした辛抱強い思考です。人間には性的な極性という側面も存在し、この2つの性質と関連しています。入門者は、男性性と女性性というこの2つ意識を体験した上で、自分に備わったこの2つの面を統合する重要な作業を始めなければなりません。
この作業を達成した入門者は、門番から先へ進むことを許され、暗闇に包まれた通路を進んで行きます。そこを通り抜けると、今度はうずたかく積まれた岩の山に出ます。そこには2番目の番人が待ち構えています[2]。この番人は烈火のようなドラゴンの姿をしており、入門志願者の内に潜む、抑えきれない本能と欲望を象徴しています。志願者は自身のこうした性質を克服して歩みを進め、やがて中腹の台地に出ます。入門者は今のところ順調に歩んでいますが、なし遂げなければならないことはまだ数多く残っています。
この台地で3番目の番人に遭遇します[3]。ここで入門者の前に立ちはだかるのは、今にも襲いかかりそうなライオンです。このライオンは、この地点までたどり着いた入門志願者を打ち負かすかもしれない、エゴイズムと誤ったスピリチュアルな自惚れを象徴しています。先へ進む前にここで、内面に存在するさまざまな要素を、統合しておく必要があります。3番目の番人を通過した志願者は、中心に聳える城砦への入り口である内門の前に立ちます。門のアーチの上には黒いカラスと白いワシが描かれていますが、この2つは、人間の二面性に関わる体験を象徴しています。黒いカラスは入門者が、自身の暗く原始的な性質と向き合うようにし、白いワシは、彼が培かってきた崇高な心の知恵によって、この原始的な性質を鎮めます。
山の左右で不安定なバランスを保っているのは、左側にあるのが太陽と月の納められた木桶で[4]、右側にあるのが煙突から煙もしくは蒸気を吹き出す蒸留所です。この木桶は、人間の性質にある月(女性)という側面と太陽(男性)という側面の両方を、洗浄つまり浄化するプロセスを通して、純粋なものにすることを示しています。この浄化のプロセスは、右側の蒸留所でも行われています。この象徴的な洗浄は、入門儀式の道の重要な一部分であり、その人に外部からまとわりついている無価値なものの浄化と分離を意味しています。
入門者は、いよいよ入り口すなわち内門を通って、城砦に入って行き、城壁の内側に隠れるように立っている自分の姿を発見します。左側には、下の木桶に木を植えている老人がいます[5]。この行為によって木は、太陽と月のエッセンスを下から吸い上げ、茂った葉の中に見える七芒星(7つの惑星の性質の統一)とフラスコ(賢者の石またはクウィンテセンス)を生み出すことができます。右側には、葉を落とした木が城壁の上に傾いて立っており、蒸留所から出る煙を吸い込んでいます。蒸留所の壁の内側には蒸気を放出するフラスコが見えます。特徴のないこの木を飾っているのは3つの六芒星で、これらは塩(salt)、硫黄(sulphur)、水銀(mercury)の原理を表しており、入門者の内なる自己のさまざまな要素を心の中で統合するという観念がさらに強調されています。
山のさらに上方を見ると、頂上付近に一軒の家が建っています[6]。これは聖霊の家で、進歩した入門者はここから世界を見渡すことができます。しかしその光景は今や、これまでに手に入れた崇高な知識の光に照らされています。最後に、入門儀式の山の頂上には、これまで手がけてきた、スピリチュアルな旅のゴールがあります。それは「VITRIOL」という印が刻まれた十字のついた宝珠(orb:オーブ)[7]であり(訳注)、内なる探求を完了した者が手にする最終的な達成です。それは心の深奥の完全さを意味しており、上空に浮いている王冠[8]の象徴によってその意味が強調されています。
(訳注:この記事の挿絵のバージョンには「VITRIOL」の銘は記されていない。)
7つの性質
Sevenfold Aspect
この絵には7つの性質が盛り込まれています。そこには、入門者が通過しなければならない7つの段階に見て取ることができます。それぞれの段階は、参入者の内面にある7つの惑星の性質にひとつずつ対応しています。これらの段階は順番に現れます。[1]に描かれている「門番」すなわち「境界線の番人」と、正反対の性質を持ったウサギと雌鶏には金星が対応しています。[2]ではドラゴンの姿をした2番目の番人が土星に、[3]では第3の番人であるライオンと、相反する性質を持つ黒いカラスと白いワシが、いずれも太陽に対応しています。同様に[4]では、洗浄による浄化を2つの面から象徴する太陽と月を入れた木桶と蒸留所が月に、[5]の木を植える老人と塩、硫黄、水銀の3つの原理を宿す木が火星に、[6]に描かれた聖霊の家が水星に、[7]の「VITRIOL」という銘が刻まれた硝石の宝珠が木星に対応しています。7つの主要な段階に[8]の王冠(再び金星)を含めるとオクターヴが構成され、[1]の「番人」が[8]の「王冠」と一対になって、このオクターヴが完成し、再び新たな周期の始まりが生じます。
達成に向けて高みを目指す旅を表現する際に山をモチーフにすることは、歴史を通じて世界中に見られる傾向です。たとえばダンテ(Dante Alighieri 1265~1321)は、『神曲』(La Divina Commedia)という中世の偉大な入門儀式の物語に、「煉獄の山」という形で採り入れています。この山も7つの段階から構成され、それぞれが「7つの大罪」に対応しています。
効用と使用法
Function and Use
この絵の全体が、入門儀式の過程という内面の旅の象徴であることは明らかです。さまざまな段階を通して、光の探求者の内面で何が起こっているのかの反映を見ることができます。ですからこの絵はその性質から考えて、効果の高い瞑想や観照に用いることができ、それこそが作成者の本来の意図です。錬金術の象徴絵図は、知識のある者、すなわちそれを解読するのに値する者に読まれることを意図して作成されていました。現代のバラ十字会員も、当時にならって、こうした絵図への取り組みが有益なのを発見することでしょう。その方法は、まず絵図を時間をかけてよく観察し、それを記憶に刻み込むことから始めます。それがある程度できたら、それぞれの旅の段階について熟考します。次に、通常用いている方法で「天上の聖所」に入り、入門儀式の山を登っているところを思い浮かべます。最初の城門の前で、「境界線の番人」に出会う心構えができている自分を想像することから始めてください。
後記
Postscript
今回取り上げたような絵図には、何世紀にもわたる秘伝哲学(esotericism)の英知が込められており、その価値が失われることはありません。それは時代を越えて、現代の入門志願者たちの注目にも値するものです。
参考文献
Adam McLean – The Hermetic Journal, Vol. 18, 1982.
Gareth Knight – Magic and the Western Mind, 1991.
※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラのこころ」の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。
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