カバラとは
一言でいえばカバラとは、ユダヤ教の秘伝的な部分です。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は、いずれも公開されている部分と秘伝的な部分とに分かれています。ユダヤ教の秘伝的部分がカバラであるのと同じように、イスラム教の秘伝的部分はスーフィズムと呼ばれますが、キリスト教の秘伝的部分は、単にキリスト教神秘主義と呼ばれることが多いようです。
公開されている部分に属する一般の信者には、創始者の生涯と残した言葉が教えられ、それが信仰の基礎になります。しかし、創始者がどのようにして啓示に達したかは説明されません。一方で秘伝的な部分(内陣とも呼ばれます)に属する人には、それだけでなく、創始者がその宗教を創設した背景や哲学、啓示に達するのに用いた技法が伝えられ、信じるだけでなく、哲学の研究や、啓示に近づこうとする実践が行われます。
カバラの基本的な文書には、これからご紹介する「セーフェル・イェツィラー」、「トーラー」などがあります。「トーラー」とは旧約聖書の最初の5書のことです。
数の象徴学と数秘術
「セーフェル・イェツィラー」や「トーラー」の原典はヘブライ語で書かれています。ヘブライ語の文字には、発音のほかに、特定の数値と対応しているという興味深い特徴があります(下図をご覧ください)。後に例を挙げますが、この数値を検討することによって、「セーフェル・イェツィラー」や「トーラー」の隠された意味を明らかにすることができると、カバラの研究家の多くは考えています。
「数の象徴学」という言葉と「数秘術」という言葉の間に、一部混乱が生じているようです。ピタゴラス学派が代表的ですが、古代哲学では自然数、特に1から10までの数が宇宙と自然界の設計図のようなものであると考え、これらの数の象徴的な意味を検討しました。この学問は「数の象徴学」(Science of Numbers)と呼ばれています。ヘブライ文字の数値からカバラの文書の隠された意味を検討する際には、数の象徴学が活用されます。
一方で英語の「ヌーメロロジー」(Numerology)という言葉は多くの場合「数秘術」と翻訳され、数を用いた占いを意味します。その一部にはカバラと手法が共通するものもありますが、本来のカバラは占いではありません。
アダムとイブの逸話と「生命の樹」
さて、私はキリスト教徒でもユダヤ教徒でもありませんが、旧約聖書のいくつかの部分を読むと、物語として面白いだけでなく、解くべきいくつもの謎が秘められているように感じます。
たとえば、ほとんどの方が知っている有名な話だと思いますが、アダムとイブは蛇にそそのかされて、楽園の中央にある禁じられた木の実を食べます。その結果、恥ずかしさと善悪を知るようになります。
そして神は、二人がさらに、楽園に生えている「生命の樹」の実を食べて、永遠に生きるものになるおそれがあると考え、アダムとイブを楽園から追放します。
表面的に見ると、ヘビが地面を這い、女性が出産のときに苦しみ、食物を得るために人は働かなければならないということを説明した神話的物語です。
しかし、皆さんも、この物語の背後には何か重大な謎が隠されていると、直観的に感じるのではないでしょうか。
聖書に書かれている話を文字通りの事実と考える立場を根本主義(fundamentalism:ファンダメンタリズム)と呼びます。一方で、聖書の逸話の多くは象徴的な意味のものだと考える人もいます。
私は、人類の祖先がアダムとイブという一組のカップルだとは考えていません。そして、いったいこの話は、何の比喩なのだろうか。作者は何を伝えようとしているのだろうかと、強い興味を感じます。
皆さんは、どうでしょうか。特に、「生命の樹」とはいったい何だとお考えになるでしょうか。
モーセ五書とカバラ
アダムとイブの話が出てくるのは、旧約聖書の最初の書『創世記』です。旧約聖書の最初の5つの書には、古代イスラエルの指導者モーセが書いたという言い伝えがあり、「モーセ五書」と呼ばれています。
モーセ五書は、別名では「トーラー」、「律法」もしくは「法」(Law)と呼ばれ、ユダヤ教を信仰している人の多くは、まさに神の声にあたると考えています。一方で興味深いことに、ユダヤ教には伝統的に根本主義とは反対の立場があります。
「〈法〉と〈法の魂〉と〈法の魂の魂〉がユダヤ教には伝えられている」という言葉にこの立場のことがよく表されています。
つまり、ユダヤ教には、トーラーという神話と行動規範(法)があるだけでなく、その背後には哲学(法の魂)と、秘伝思想(法の魂の魂)があると考えられているわけです。
この秘伝思想がカバラと呼ばれています。
セーフェル・イェツィラーと流出(emanation)
カバラとは、文字通りには「受け取られたもの」を意味します。カバラは最初、ほんの一部の人に口伝で伝えられるだけだったのですが、後に文書として書き表されるようになりました。
そのうちでも、最も古く基本的であると考えられている文書に、『セーフェル・イェツィラー』(形成の書)があります。この書は西暦2~3世紀ごろに成立したと考えられており、この世界がどのように創造されたかということが凝縮された形で表されています。
参考記事:『カバラ・ハンドブック』
セーフェル・イェツィラーによれば、世界の元になったのは、神の思考(アイン)と神の言葉(アイン・ソフ)と神の行為(アイン・ソフ・オウル)です。
そして、“流出”というできごとが10回起こり、最も精妙な「ケテル」(Kether:王冠)から始まり、最も物質的な「マルクト」(Malkuth:王国)までの10個のセフィロトと呼ばれるものが、そこから出現したとされています。
「セフィロト」(sephiroth)という語は、「数の流出」を意味しています。
“流出”は、やや分かりにくい考え方なので、その説明には、建築がたとえとしてよく使われます。
建物には、その設計図があります。そしてその設計図は、建築家の心の中にある構想を元にして書かれたものです。ですから、建物が造られるときには、構想、設計図、建物という流出が起きて、抽象的で精神的な原因から、具体的で物質的な結果が生じると考えられます。
これと同じように、世界の創造では、神の思考と言葉と行為から流出が起き、抽象的な精神的な世界がいくつも形成され、段階的な具体化が起こり、最後にやっと物質の世界にあたるマルクトができたと古代ヘブライの伝統思想は考えているわけです。
生命の樹とセフィロト
さて、ここからはできれば図を見ながらお読みください。この図は生命の樹を表しています。10個の丸で示されているのがセフィロトです。
セフィロトは、厳しさ、慈悲、仲裁、もしくは女性原理、男性原理、シェキーナーと呼ばれる3本の柱の上に配置されています。
セフィロトに書かれている数字が流出の順番であり、それをたどっていくと、稲妻のような道筋が描かれます。
このブログでは、世界中の古代思想にある不思議な共通点にときどき触れていますが、ここにもその一例があります。
「神」という文字は、古代中国で、もともとは右側の「申」だけだったのですが、「申」は、まさに稲妻の形を表している象形文字です。そのため、「申」という文字と、生命の樹全体の形が似ています。
セフィロトと他のセフィロトは線で結ばれています。この線は全部で22本あり、10のセフィロトと合わせて「32の神秘の英知の道」と呼ばれています。
ヘブライ語の文字の形と数値と発音
さて、言霊(ことだま)という考え方は、日本人になじみの深いものですが、古代ヘブライ思想でも、言葉や文字に含まれているエネルギー、パワーがとても重視されていました。
「数と観念」、「発声された言葉」、「文字を用いて書かれた言葉」と事物は、神においては同一であり、”流出”によって、物質の世界では別々になっていると、カバラでは考えられています。
冒頭でご紹介したように、「トーラー」も「セーフェル・イェツィラー」も、もともとはヘブライ語で書かれています。そして、ヘブライ語のアルファベットには、文字としての形が意味するもの、数値、発音そのものの象徴的意味が対応していて、トーラーやセーフェル・イェツィラーを解釈するときには、そのすべてを考慮しなければならないとされています。
たとえば、トーラーの最初の書『創世記』は、「最初に」を意味する単語「ベレシト」で始まり、その最初の文字ベートの数値は2です。トーラーの最後の書『申命記』の最後の単語は「イスラエル」で、その最後の文字ラメッドの数値は30です。
この2つの合計の32という数は、先ほどの「32の神秘の英知の道」を示していると考える研究家がいます。
このように、トーラーやセーフェル・イェツィラーは、ヘブライ文字の象徴的意味を通して、何重もの解釈をすることができます。
ヘブライ語の母字と複字と単字
ヘブライ語のアルファベットの22文字のうちの3文字(アレフ、メム、シン)は、他のすべての文字の元になる字であるとされ、母字と呼ばれています。
また7文字(ベート、ギメル、ダレット、カフ、ペー、レーシュ、タヴ)は複字と呼ばれています。複字には日本語のひらがなやカタカナの濁点のように、ダゲッシュという点を加えることができ、それによって別の発音、別の意味になります。
残りの12文字は単字と呼ばれています。
7文字の複字には、創造の7日間や、曜日(太陽、月と五惑星)が対応しています。12文字の単字は、一年の12か月、十二宮の星座に対応しています。
もう一度、生命の樹を眺めてみてください。セフィロトとセフィロトを結んでいる線には、横の線が3本と、縦の線が7本と、斜めの線が12本あります。このそれぞれが、母字、複字、単字に対応しています。
タロット・カードの大アルカナは22枚であり、セフィロトを結んでいるこの線と、一対一に対応していると考える研究家がいます。
マクロコズムとミクロコズムの周期
古代哲学では、宇宙のことをマクロコズム、人間のことをミクロコズムと呼んでいました。そして、マクロコズムの周期(cycle)は12の位相(phase)からなり、ミクロコズムの周期は7の位相からなるとされています。
古代の神秘家は、これらの知識をもとに一年を12か月、一週間を7日に定めたわけです。
そして、古代のこれらの知識が、ヘブライ思想としてモーセを通して後の時代に伝えられていきました。
では、モーセはこのような知識をどこから得たのでしょうか。モーセはもともと、古代エジプトの都市ヘリオポリス生まれの神官であったという伝承があります。また、モーセが啓示を得たとされているシナイ山には、エッセネ派の前身であった共同体の神殿があったという伝承があります。
古代ギリシャの哲学者ピュタゴラスは、エジプトの神秘学派で22年間学んだとされていますが、彼は宇宙が数を基礎に設計されていると考え、10を神聖な数と考えていました。
これらとセーフェル・イェツィラーには多くの共通点があることなどから考えると、カバラの元になったのは、古代エジプトの宇宙論ではないかという推測をすることができます。
セフィロトと意識の状態
話を戻しますが、最後のセフィロトであるマルクトは、私たちが住んでいる物質の世界を表します。それでは、他のセフィロトは何を表すのでしょう。
先ほどご説明した”流出”のことを考え合わせるならば、物質ではない世界、つまり、物質の世界の基礎となっている精神の世界のことを表すということがご理解いただけることと思います。
しかし、宇宙の創造は時の初めにだけ起こったことではなく、時間を超越したことであり、生命の樹が象徴しているご説明したような宇宙の構造は、私たち人間の心の発達の過程を表すモデルであるとも考えることができます。
このように考えると、セフィロトは意識の状態を表わすことになります。
カバラの研究家の一部は、この意識の状態の象徴として、それぞれのセフィロトに天使を対応させています。
物質の世界に肉体を持つ人間は、宇宙の秩序に最も良く同調したときに、第6のセフィロトであるティファレト(美)にまで、意識のレベルを上昇させることができます。
セーフェル・イェツィラーは、このような高度な意識の状態を達成するための瞑想の道案内であると解釈することもできます。
バラ十字会の学習課程とカバラ
バラ十字会AMORCではカバラを学ぶことができるのですかという質問をいただくことがあります。
バラ十字思想には、いつの時代も欠かすことのできない要素としてカバラが含まれていました。それは現代でも例外ではなく、当会の学習によって、カバラの多くの要素を身に着けることができます。
そして基礎を固めた後に、セーフェル・イェツィラー、セフィロトや生命の樹について本格的に学習することになります。
通信講座の実際のカリキュラム、期間について知りたい方は、こちらのページをご覧ください。
「教材の内容」:www.amorc.jp/teaching-materials
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第1号:内面の進歩を加速する神秘学とは、人生の神秘を実感する5つの実習
第2号:人間にある2つの性質とバラ十字の象徴、あなたに伝えられる知識はどのように蓄積されたか
第3号:学習の4つの課程とその詳細な内容、古代の神秘学派、当会の研究陣について
執筆者プロフィール
本庄 敦
1960年6月17日生まれ。バラ十字会AMORC日本本部代表。東京大学教養学部卒。
スピリチュアリティに関する科学的な情報の発信と神秘学(mysticism:神秘哲学)の普及に尽力している。
詳しいプロフィールはこちら:https://www.amorc.jp/profile/