こんにちは。バラ十字会の本庄です。
東京板橋は、今日も良い天気に恵まれています。職場へ向かう道では、さまざまな木が実を付けていて、秋を実感させてくれます。
いかがお過ごしでしょうか。
さて、私たち日本人が使っている文字に、漢字とひらがなとカタカナがあります。このうちの漢字が、潜在意識に与えている影響について、今日はご紹介させていただきたいと思います。
亀の甲羅や動物の骨に、占いのために刻まれた甲骨文字が漢字の起源だということを、あなたもご存じのことと思います。甲骨文字が使われていたのは、紀元前17~11世紀という、古代中国の「殷」(いん)という王朝でのことですが、この文字が発見されたのは、今から約100年前と比較的最近のことです。
そして、古代中国の文字研究の第一人者として世界的に知られているのが、故白川静博士(1910-2006)です。白川氏は、甲骨文字と金文を東洋文化との関連から広く研究し、漢字の成り立ちについてのそれまでの説の多くをくつがえしました。ちなみに金文とは、青銅器に刻まれた文字のことです。「殷」と次の王朝「周」の時代に作られた青銅器に主に刻まれており、甲骨文字に次いで古い漢字の起源とされます。
漢字の成り立ちについての研究には慎重さが必要とされます。ともすれば、「抜け始めて分かる、髪は長い友だち」風のこじつけになってしまうからです。一方、白川氏の漢字の起源についての説は多くの本で紹介され、『字統』という辞書にもまとめられていますが、さまざまな漢字についての解説を読み比べていくと、古代中国の政治や生活の様子が目の前に再現されてくるかのような、興味の尽きない調べものになります。
少しだけ例を挙げてみましょう。多くの漢字の部品として使われている「口」ですが、以前の説では、人の顔にある口の形をかたどった象形文字だと、おおむね考えられていました。ところが白川氏の説によれば、この字は、古代中国で呪術的な儀式に使われていた「サイ」という道具を表わす文字なのだそうです。古代の文字では「口」の左右の縦線が上に伸びていて、アルファベットの「U」の中に横線が一本入ったような形をしています。この道具は、祝詞(のりと)や呪文のような重要な言葉を書いた紙や木片を、中に入れるために使われる容器だとされます。
この容器は右手で持つことになっていたため、「右」という漢字には「口」が付けられています。「右」の「ナ」の部分は、手の形を表わしています。
では、「左」という漢字には、なぜ「工」が付けられているのでしょうか。「工」は、シャーマン(呪術師)が神を呼ぶために使った道具で、この道具は左手で持つことになっていたのだそうです。
「言」という漢字にも「口」が含まれています。この文字の「口」の上にある部分は、甲骨文字で「辛」と同じ形をしており、鋭い針を意味しています。「サイ」の中に誓いを書いた紙か木片を入れ、誓いの儀式を行ないます。もし誓いを破ったときには、この針によって、罪人であることを示す入れ墨が入れられます。きっと辛かったことでしょう。
内モンゴル自治区オロチョン族のシャーマン(By Richard Noll at en.wikipedia [Public domain], from Wikimedia Commons)
神に何かを尋ねるときには、この2つの道具の両方を用いて儀式を行なったようです。「尋」という漢字の上下の「ヨ」と「寸」は手の形を示しています。そして、その中間には「工」と「口」が含まれています。つまり、この文字は、「右」と「左」という文字が上下に重ねて作られています。
「右」と「左」という漢字の成り立ちからは、バラ十字会に伝えられているある事柄が思い起こされます。それは、根源的生命力(Vital Life Force)と呼ばれるエネルギーのことです。以前の記事「陰陽とプラスマイナス」でご紹介させていただいたことがありますが、体温などの体の状態を一定にコントロールしているのは自律神経系であり、この自律神経系は、根源的生命力というエネルギーによって作動しています。そしてこのエネルギーには、プラスとマイナスの2種類があります。
そして、右腕には主にプラスのエネルギーが流れており、このエネルギーは右手の指先から放射されています。一方、左腕には主にマイナスのエネルギーが流れており、左手の指先から放射されています。プラスとマイナスといっても、良いとか悪いとかの問題ではなく、電気のプラスとマイナスのようなものだと考えてください。そしてこのエネルギーは、人のサイキック能力に深く関連しています。
ですから、呪術的な儀式に使われていた道具が、右手で持つとか、左手で持つとか規定されていたということには、根源的生命力のプラスとマイナスが関係しているのではないかと思われます。
さて、白川氏の漢字についての学説から、漢字の成り立ちが呪術と深く関わっていることが分かります。それどころか、当時の漢字のひとつひとつは、それぞれが強い呪力を持つと考えられ、当時の王は漢字を独占して用いて儀式を行い、権力を維持していたのです。
たとえば、日照りが続いて、農作物に被害が及びそうになったとします。王は占いを行なうことを決断します。用意された亀の腹側の甲羅に、貞人と呼ばれる聖職者が、甲骨文字で占うべき質問を刻みます。たとえば、「癸の日に問う、この十日間に雨は降るか。」のようにです。そして、亀の甲羅に熱した棒を当てると、そこからひび割れができます。このひび割れのパターンを貞人の長である王が読み取り、占いの結果が出ます。
もし雨が降らないという結果が出ると、雨が降るという結果が出るまで、占いが繰り返されました。現代人の私たちから見るといい加減に思えますね。そして望ましい結果が出ると、王の読み取った判断が、ひび割れの横に刻まれます。「丙の日に雨が降る。」というようにです。
甲骨文字で刻まれたこの文は、占いの結果であると同時に、それが現実となることを要求する呪術でした。漢字の起源である甲骨文字には、書かれた内容を現実化する呪力があるとされていたのです。そして、もし要求通りに雨が降った場合は、さらにそのことが亀の甲羅に記録として刻まれ、王の権力を維持する役割を果たしていました。
このような起源を持つ漢字を使うことによって、私たちの意識は知らず知らずのうちに、古代中国の呪術のシステムから影響を受けています。具体的に言えば、日本人は漢字を使用することによって、言霊(ことだま)についての信仰が、知らず知らずのうちに強められています。
言霊信仰とは、文字や言葉そのものに呪術的な力が備わっているという考えを指します。このような考え方は、中国やその周辺の国々に特有のものではなく、世界のさまざまな古代文化でも見られます。また、古代の呪術の信仰に、現代人が知らず知らずのうちに影響されているということも、程度の差はありますが、世界中に共通する現象です。
日本人は、漢字の影響で、このような言霊信仰に強く影響されていることが知られています。そして、このことには、欠点も長所もあります。
欠点のひとつとしては、言霊信仰が強すぎると、さまざまな災害や事故や犯罪への備えが、不十分になりがちだということが挙げられます。
たとえば、あるマンションの自治会が、住んでいる人たちの安全をより確かなものにすることを検討しているとしましょう。一階で火事が起きたときに避難路が確保されるか、地震が起きたときに窓ガラスはどのように飛び散るか。泥棒がこのマンションを狙うときには、どのように進入するだろうかなど、さまざまな想定をして、その対策を練ることが考えられます。
ところが、言霊信仰が影響すると、このようなことを十分に行なうことが妨げられてしまいます。なぜなら、このような議論のために、起こりうる事態を文字を使って書いたり、それについて発言したりすることが、言霊を発動しようとすることと見なされてしまうからです。つまり、善意で、ある可能性を指摘したとしても、それを実現させようとしているかのように、無意識のうちに感じられてしまうのです。
そんな馬鹿なと、お感じになるかも知れません。しかし、ときおり使われる、「縁起でもない」というような言葉が私たちのこの傾向を表わしていることがあります。そして、そのように他人に感じられてしまうということをそこはかとなく恐れ、悪い事態が生じる可能性については、言葉を差し控えるということが、よく見られます。
過去や現在の日本で起きたさまざまなニュースについて、胸に手を当てて考えてみると、言霊信仰についてのこのような傾向に、いろいろと思いあたるのではないでしょうか。
言霊信仰の影響の、日常のたわいのない例を挙げるとすれば、結婚式で「きれる」という言葉を使うのが避けられたり、受験生の前で「すべる」という言葉が避けられたりすることがあります。理性的に考えれば、何の害もないことが明らかなのにです。先ほども述べましたが、古代の呪術の影響が、現代人の心の片隅に残っているということは、程度の差はあれ、世界中に共通していることです。しかし、そのようなことがあるということを心得ていれば、理性的に自分たちの行いを少し修正して、それに対処することができます。
一方、言霊信仰には長所もあります。前回の記事「心の構造について」では、「宇宙意識」(集合的無意識)と呼ばれる優れた知性が、誰の心の奥にも存在していて、その働きは下意識(個人的無意識)を通して日常意識に届くということをご説明しました。神秘学では、この宇宙意識が、いわゆる「真・善・美」の源であるとされています。
そして、英語のアルファベットのように抽象化が進んでしまった文字よりも、ヒエログリフや漢字のように象徴的な性質を強く残している記号によって、下意識の働きが刺激されやすいことが知られています。
ですから、漢字のような象徴記号を日常的に使うことは、真理の直感や道徳的な意識、芸術的な感性を高度なレベルに保つことに有利です。
現代物理学の研究は、過去の理論から飛躍した理論を作るために、直感が特に必要とされる分野ですが、日本人はこの分野のノーベル賞を多く受賞しています。また、国民全体の平均レベルで言うと、日本人の道徳意識は、世界的に高いレベルにあることが知られています。さらに、とても古い時代から、日本では感性の豊かな優れた文学作品が多く生み出されています。これらのことは、日本人が、象徴的に意味の豊かな漢字を使い続けてきたことが、要因のひとつであるように思われます。
世界中で漢字にはたいへんな人気があります。それは、象徴的な性質の記号に、人の心が直感的に魅了されるためです。外国の方が漢字のTシャツを着たり、漢字の入れ墨をしたりしているのを、よくご覧になるのではないでしょうか。
外国のホテルに泊まるときには、アルファベットでなく漢字で、書いているところが係の人に見えるように名前をサインしましょう。それだけで、ずいぶんと感心されることがあります。
以上、とりとめのない話になってしまいましたが、興味深いとお感じになっていただける点がひとつでもあれば、とても嬉しく思います。
それでは、また。
追伸:
今回は、不測の事態への備えということを話題にしましたが、たとえば、明日地震が起こったとしたら、あなたの地震への備えはいかがでしょうか。家具は倒れてこないでしょうか。部屋中にガラスが飛び散ったときに使えるスリッパを身近なところに用意しているでしょうか。懐中電灯やロウソクはありますか。家族とどのように連絡を取り、どこで落ち合うかを決めているでしょうか。災害情報サービスへ登録はされているでしょうか。差し出がましいようですが、一日も早く、たとえば今晩、備えを始めてはいかがでしょうか。