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愛へのお手紙~その2

2021年1月29日


 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。いかがお過ごしでしょうか。

昨日は東京板橋にも雪がうっすらと積もりました。春が待ち遠しいですね。日本海側はこれから暴風雪とのことです。くれぐれもお気を付けください。

 

今回も引き続き、当会のフランス代表が書いた『愛へのお手紙』の紹介をさせていただきます。前回をまだ呼んでいない方は、できれば下記を先にお読みください。

参考記事:「愛へのお手紙」(その1)

 

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記事:「愛へのお手紙」(その2)

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

 

では、人間に働いている「引き寄せの法則」とはどのようなものでしょうか。生理学的にいえば、人間は発達した動物にあたるので、生殖の必要と欲求にはこの法則が物質的な愛(エロス:Eros)として表れています。

しかし人間は感情面での愛(フィリア:Philia)も感じ、必要とし、愛し愛されること誰もが望んでいます。人種や文化や国籍や、人の表面上の差異を作り出している他のあらゆる要素とは無関係に、男性にも女性にも子供にも大人にも、この2つの種類の愛を見てとることができます。

人類の歴史の始まりから地球の人口が70億人以上に達した現在まで、このことに変わりはありません。本能的で生まれたときから持っている性的な愛と感情的な愛への欲求がもし存在しなければ、人類は存続することなく滅びていたことでしょう。

 

しかし人間のことを、体と脳だけから生じる一連の働きによって単に活動させられている生きものであると見なすことはできません。人間には魂(soul:魂)という要素が備わっており、その主な働きは最も高度な愛(agape:アガペー)を発揮することです。

性的な愛や感情的な愛をはるかに超えた愛を他の人に感じることは、人に宿る魂の作用に他なりません。人間は魂の働きによって、同情、共感、思いやりを心の底から感じることができます。

友情についても同じです。有名な人に対しても無名な人に対しても分け隔てなく常に友情を示す人を私たちの誰もが知っています。あなた自身も友情を日々感じていることでしょうし、そのときは必ず心地良い幸せを一緒に感じ、自分の心の深いところにある性質が表れていると感じるのではないでしょうか。

なぜならそのときあなたは、神聖という言葉を使わないとしても、自身の貴い、最良の部分を表現しているからです。

 

もしすべての人が共通に愛し愛されることを望んでいるのだとしたら、なぜ人類はあらゆる時代に、互いに殺し合ったり戦ったり、搾取したりしてきたのかという疑問が生じることでしょう。また、人間が互いにひどく憎しんだり、他の仲間に残酷な仕打ちをしたりすることができることは、どのように説明できるのでしょうか。

その答えは自由意志にあります。動物の中で最も発達した人間だけが自由意志を持ち、そのため人間は愛という法則に反して、最も原始的な本能を解き放つことができます。そのとき、人間の性質の中の最も否定的な部分が表され、他の人に敵対する思考と発言と行動が生じます。

このことが意味しているのは、一人一人の人の心の奥には愛という長所が必ず備わっているけれども、人間はそれを目覚めさせて、判断と行動を通して外に表さなければならないということです。そうしなければ、愛し愛されることを必要としているという人間本来の性質も、愛し愛されたいというという欲求も結局は隠れたままになってしまいます。

 

さまざまな哲学者と同じようにバラ十字会員の多くも、人間は本来、善良な存在だと考えています。その理由はまさに、人間は魂を持ち魂の本質は愛だからです。

子供を育てた経験のある方でしたら、子供たちが何も教えられなくても、苦しんでいる人や困っている人に自然に思いやりを示すのをご存知のことでしょう。また子供たちは、苦しんでいる動物に同情を感じて自発的に助けようとします。

しかし成長するにつれて、発達するエゴの影響によって、時として他の子供とけんかをしたり意地悪をしたりするようになります。そのようなことが起ったとき、私たちは子供をなだめ仲裁して、彼らの心が調和を取り戻す手助けをすることができます。

このように、保護者の教育には欠くことのできない役割があります。自分と他の人たちを愛する心、動物と、より広く言えば自然を愛する心を子供の中に育むことは保護者の責任です。このことは、子供を愛しその愛を子供に伝えている場合にだけなし遂げることができます。

ゴールデンレッドリバーを抱擁している女の子

 

先ほど「自分を愛する心」と述べましたが、それは具体的には何を意味するのでしょうか。明らかなことですが、自分の姿に恋をしたナルキッソス(訳注)のように、自己中心的に自分だけを愛することを意味してはいません。必要なのは自分を知ることであり、長所と短所、強さと弱点、知識と無知など、あるがままの自分の姿に向き合うことです。自分を愛さないとしても、少なくとも私たちは、実際の自分を受け入れなくてはなりません。

訳注:ナルキッソス(Narcissus):ギリシャ神話に登場する美青年。あまりにも美しかったため、失恋したニンフのひとりであるエコーが憔悴して声だけの存在になってしまい、神々の怒りを買った。その罰として泉に映った自分の姿に恋をし、その場を離れられなくなって死に、水仙に変わった。

水仙

 

実際の自分を受け入れることは、いつも簡単なわけではありません。とりわけ現代のように、社会があらゆる場面で、身体や顔の美しさを称賛することを重視している状況では、ありのままの自分を受け入れることが困難になりがちです。現代社会ではファッションという現象とともに、身体や顔の美しさが特に強調されていますが、実際のところそこには主観的な基準しかありません。

もし人類が望ましい成熟を遂げたならば、身体や顔は、内面的な美しさのためのショーケースと見なされる日が訪れることでしょう。内面的な美しさは、魂そのものから発しているので失われることがありません。「美しい人」のことが語られるのではなく「美しい魂」、つまり善意、不執着、寛容、正直などの意味での徳の高い人のことが語られる時代が訪れることになるでしょう。

女性を撮影するカメラマンたち

 

次に「他の人たちを愛する」ということについて考えてみましょう。ひとつにはそれは、仲間と一緒にいる時間を楽しむことです。多くの場合、一緒に過ごすのは親類や家族や親密なパートナーであることでしょう。相手に欠点、弱さ、弱点があったとしても、これら親しい人への愛情が妨げられることはありません。そして、彼らの長所、強さ、知識などが、その人を尊敬する理由になります。

親しい人は人生の一部だと言われることがありますが、それだけでなく自分の一部だとさえ感じられます。ですから長いこと会えなければ寂しさを感じますし、その人が病気になったり事故に遭ったり、心身をすり減らすような困難に直面したりしているときには、自分のことのように心が痛みます。もしその人が亡くなったときには、もう会えないという思いから、満たすことが困難な空しさが生じます。

 

しかし、他の人を愛するということは人間にとって自然で普通のことであり、愛する対象は親しい人に限られる訳ではなく、家族ではなく同郷でもなく、宗教や住む国や肌の色や、好みや興味や政治的立場が異なる人たちなど、本来愛する理由が特にない人たちにまで広がっていきます。

このような場合に私たちは世界の住人として、ハリール・ジブラーンの次の美しい言葉に沿うようにふるまっています。「地球は私の故郷であり、人類は私の家族です」。

手短に言えば、それは心の底からヒューマニスト(humanist:人間を尊重する人)であることであり、バラ十字会員や他の神秘家が「普遍的な愛」と呼んでいるものを育むことにあたります。しかし認めなければなりませんが、普遍的な愛を育むのは簡単なことではありません。

(その3に続く)

地球儀と先生と子供

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

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ふたたび本庄です。

 

文中に紹介されていたレバノンの詩人ハリール・ジブラーンですが、彼の書いた『預言者』という本があります。心が洗われるような美しい内容で、何度も読み返したことがあります。

今回初めて知ったのですが、『預言者』はアニメーション映画にもなっていました。原作の書籍があまりにも素晴らしいのでイメージが壊されないか少し不安なのですが、今週末に見てみようかとも思っています。

ご参考まで。

 

では、今日はこのあたりで。

また、よろしくお付き合いください。

 

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