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握手-文芸作品を神秘学的に読み解く10

2018年5月11日


 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

東京板橋では、昨日まで冷たい雨が続いていましたが、今日は初夏を思わせる晴天です。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

札幌で当会のインストラクターをされている私の友人から、井上ひさしさんの小説についての文章を寄稿いただきましたので、ご紹介させていただきます。

 

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文芸作品を神秘学的に読み解く(10)

森和久のポートレート

森 和久

 

『握手』 - 井上ひさし

主人公の「わたし」は、桜の花は散ってしまったが葉桜にはなっていない季節に、天使園の園長であるルロイ修道士に会ったのでした。場所は上野動物園近くの古い西洋料理店。動物園は休みで店内は、「気の毒になるほど空(す)いている」というまったく盛り上がりに欠ける情況下です。

 

天使園というのは児童養護施設で「わたし」は10代の3年半をそこで過ごしたのです。ルロイ修道士は故郷のカナダに帰ることになったのでかつての収容児童たちにこうやって会っているのだということです。

 

会話の中で、「わたし」の現状を案じたルロイ修道士は「『困難は分割せよ』。焦ってはなりません。問題を細かく割って一つ一つ地道に片付けていくのです」と諭します。これは普遍的な金言ですね。是非参考にしたいものです。

 

ルロイ修道士はこんなことも言います。彼は戦争中、日本人監督官に左手の人差し指を木槌で叩き潰され、この時も潰れたままです。「わたし」は、「日本人は先生に対して、ずいぶんひどいことをしましたね。申しわけありません」と謝ります。それに対して、「だいたい日本人を代表してものを言ったりするのは傲慢です。一人一人の人間がいる、それだけのことですから」とルロイ修道士は「わたし」に注意します。まったくそのとおりですね。

 

 

さて、『握手』という題ですが、この作品には握手をする場面が3回出てきます。まず、少年の「わたし」を天使園の園長室でルロイ修道士が迎えてくれた時。この時、ルロイ修道士の握力は、万力よりも強く、しかも勢いよく上下させたため机の上の本にぶつかり腕がしびれたほどだったのです。

 

そして、再会した西洋料理店での握手。「わたし」はまたあのしびれるほどの握手をされるかと顔をしかめたのですが、この時は打って変わって、病人の手でも握るようにそっと握手をしたのです。昔は手が2・3日痛くなるほど強い握手をしたルロイ修道士が、年数を経て、まったく穏やかな握手をするようになっていました。何か心身の変化があったと伺い知れます。

握手するシニア

 

握手とは人間関係の絆を表し、結合の印とも言えます。そして握手のやり方で感情や意思も伝えることが出来ますし、受け取ることになります。

 

 

この作品には握手の他にもルロイ修道士による手や指にまつわる話が盛り込まれています。一つは「平手打ち」。「わたし」が天使園にいた時に平手打ちされたことを告げると、ルロイ修道士は悲しい表情をします。同じように手を使いますが、握手とは対極の破壊的行為です。

 

次に「掌をすりあわせる」行為。オムレツを前にしてルロイ修道士は「おいしそうですね」とこの動作を行います。でもこれも昔は、農作業を熱心にやっていたため掌が樫の板でも張ったように堅く、ぎちぎちと音が鳴ったのに、この時には音はしませんでした。

洋食屋さんのオムレツ

 

それから「右の人差し指を立てる」。怒ったり、注意したりする時にルロイ修道士はこの動作を行います。それに「右の親指を立てる」。これは良いとかOKということを意味する時に行います。対して、「両手の人差し指をせわしく交差させ、打ち付ける」。こう指を動かすことでルロイ修道士は、ダメだ、怒っているんだということを表現します。

 

また、「右の人差し指に中指を絡めて掲げる」。これは、幸運を祈る、しっかりおやりという意味です。日本では「えんがちょ」とか「カギかけた」と言われる指言葉です。古くは平安時代の絵画にもすでに見られ、忌み嫌うものを避ける仕草として行われてきました。それに対して、欧米では、ルロイ修道士のような使い方が一般的で、多くの映画やドラマ、写真などでも目にします。

 

 

当会では、このしぐさにある種の効力があることが知られています。手、特に指、その中でも親指、人差し指、中指は、ある種の生命力のエネルギーの通り道になっていることがこの効力に関係しています。

 

具体的な作用と使用法のテクニックについては、バラ十字会出版の書籍『ビジネス錬金術:幸福のためのバラ十字会の技法』を参照ください。またこのエネルギーの他の活用法は、当会の通信講座の主要なテーマのひとつになっています。

 

(付記:電子書籍版『ビジネス錬金術』は、下記のURLで購入することができます。)

https://www.amazon.co.jp/dp/B01KJ7K602/

 

 

話を戻します。ルロイ修道士と「わたし」の3回目の握手は、上野駅の中央改札口で別れる時です。「わたし」はルロイ修道士の手をしっかりと握り、それでも足りずに腕を上下に激しく振りました。「痛いですよ」とルロイ修道士は、顔をしかめて見せたのです。そして、上野公園の葉桜が終わる頃、ルロイ修道士の知らせが届きました。「わたし」は両手の人差し指を交差させ、せわしく打ち付けていました。

 

△ △ △

 

ふたたび本庄です。

 

この寄稿文をいただいて、短編小説『握手』を読んでみました。優れた小説の多くが共通してそうであるように思いますが、世の無常をつきつけられ、人の誠実さについて考えさせられます。

 

では、今日はこのあたりで。

 

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