資料室

宇宙の力と3という数

The Trinity of Power

ウォルター・アルベルスハイム

By Walter Albersheim

 本稿の目的は、表面上は大きく異なっているように思われる世界観の間に共通するつながりを見いだすことです。以下の項目について検討します。

1.「三位一体」という宗教の概念
2.エネルギー保存の法則という物理学の概念
3.宇宙は振動であり、三角形の法則に従って顕在化しているというバラ十字会の概念

 初めに、三位一体(Trinity)という概念に関して、キリスト教の解釈とヒンズー教の解釈という異なるバージョンの間で基本的に一致する考え方を探ってみましょう。キリスト教の神学によると、神の性質は三位格と呼ばれる〈父〉と〈子〉と〈聖霊〉で構成されます。〈父〉は、あらゆる力の至高の源です。大部分の福音書の記述によると、〈父〉は通常自体で活動することはなく、実質的に〈父〉の下位と考えられている他の2つの位格を通して活動します。

 イエスは弟子たちに対し、自分は自分の意志で活動しているのではなく〈父〉の意志を実行しているのであり、〈父〉の意志は〈慰め主〉(Comforter)、別名〈助け主〉(Paraclete)、〈聖霊〉(Holy Spirit)に送られると繰り返し述べています。福音書の中で、大工の子イエスと同一視されている〈子〉は、神の愛を擬人化したものであり、神の王国のために働く意志と力で私たちを満たす、駆り立てる力です。最後の〈聖霊〉は、活動している神の力です。〈聖霊〉は、神がたてる風の音である「神の息吹」にたとえられますが、人を熱狂と忘我で満たす火の力にもたとえられます。火の力に満たされた人は預言者として語ること、すなわち「新しい舌で語ること」ができるようになり、人類の指導者としての役割を果たします。

 ヒンズー教の神学で三神一体と呼ばれるトリムルティ(Trimurti)の3神格は、創造神ブラフマー、保護神ビシュヌ、破壊神シバです。3神格の中で最初のブラフマーが最高神です。このことは、ブラフマー(Brahma)もしくは「ブラフマン」(the Brahman)がそれ自体で、完全に単独で、唯一の普遍的な存在であると考えられていることにも示されています。そのためブラフマーのことを、キリスト教の〈父〉の概念に類似するものだと見なし、この2つを同一のものだと考えることができます。ビシュヌ神が〈子〉に相当すると考えるのは、同様に自然なことです。ビシュヌ神の中に宿る、万物を存続させあらゆる生き物の生命を保つ力は、福音書に記された「キリストの霊」(Christ spirit)のように、力強さと生命力を与える愛の力に違いありません。

キリスト教の三位一体の図

 しかし、荒々しい破壊者であり殺す者でもあるシバ神はどうでしょうか。神性という不滅の領界では、死と破壊が持つ意味は、地上での意味と同じではありません。死と破壊は活動と変化を表します。あらゆる変化、あらゆる新しい形態は、以前の現われの終わり、つまりある種の死を意味するからです。変化と活動を表すという点で、シバ神はキリスト教の三位一体の聖霊に類似しています。さらにこのことは、シバ神が舞踊と芸術と詩の神であり、宗教的な熱意と恍惚の神であることからも裏付けられます。このようにいずれの三位一体でも、創造的な至高の精神の力が、愛と活動として現れているのを見ることができます。

 現代物理学では、宇宙に与えられているのは、巨大であるけれども一定不変な力の蓄積であり、それが物質質量もしくはエネルギーとして現れていると考えられています。エネルギーは、光、熱、音、電気、化学的親和力、水や空気の流れ、生物の活動など、多くの形態を取ります。バラ十字会の見解は科学的な見解に類似しています。バラ十字会のカリキュラムの多くの面が科学的であるため、それは当然のことですが、正直なところ、このカリキュラムではさらに、科学が今後扱うかもしれない知識の領域も扱われています。

 バラ十字会の見解では、すべての存在はエネルギーであり、すべてのエネルギーは振動です。最近では、振動という言葉が乱用されて陳腐化していますので、この言葉の本来の意味に戻ってみましょう。ラテン語の語根である「ヴィブラ」(vibra)は、細長い鞭のような小枝を意味します。ですから、振動とは鞭のようにしなる、行ったり来たりする運動を意味します。糸の先やばねの先に重りをつけた、古典的な振り子の振動から、その性質を学ぶことができます。振り子は、最初にエネルギーが与えられることによって動き始めます。たとえば、重りを最大の高さまで持ち上げたり、バネを最大の長さまで引き延ばしたりすることで動き始めます。このエネルギーは長時間保たれ、振り子の運動が続きます。さらにいえば、摩擦によってエネルギーは失われるように思われますが、そうではなく、エネルギーは他の種類に変わっているだけです。

 ここで、糸の先に重りをつけた振り子の一周期を見てみましょう。それぞれの動きの最初には動く方向が逆転しますが、その瞬間、すべての動きが止まります。このとき、すべてのエネルギーは、重力によって引っ張られる力に逆らう緊張になります。次に、左右への揺れの中間点で、重りが最も低い地点に達すると、振り子は緊張のエネルギー(位置エネルギー)をすべて、運動(運動エネルギー、推進力、活動)に変換します。

 この2種類のまったく異なるエネルギーの種類と三位一体の下位の2つの位格には、類似したところがあるとあなたも思われることでしょう。位置エネルギーを地球の引力に応える愛と熱望のことだと考えると、それは〈子〉の熱烈な愛に似ています。運動エネルギーは〈聖霊〉の絶え間なく移動する活動にあたります。この2つは動的に釣り合っています。緊張は必ず活動として現れ、運動は中間点という目標を通り越して、新しい緊張を作り出します。この2つの種類のエネルギーの総和だけが不変に保たれ、活動のさなかであっても一定です。それは、〈父〉の永遠の存在と精神の力に似ています。

 エネルギーが変換されるこの過程もまた、バラ十字会の三角形の法則によって象徴的に表されることに留意してください。振り子の揺れの極限にある高く上げられた重りの緊張と重力は、三角形の反対の極性を持つ2つの頂点を表します。運動中の緊張の開放によって、三角形の3番目の頂点が現れます。これらの3点は三位一体の三位格のように、存在しているものの全体的な性質、つまり見かけ上変化しているあらゆるものの根底には永遠なるものがあることを表しています。

 これらの象徴的な法則から、人はどのような教訓を学ぶことができるのでしょうか。私たち人間は外面的にも物理的にも、巨大な山や強力なハリケーンに比べれば取るに足らない存在です。しかし内面的には、宇宙の普遍的精神の全体とその無限の力とひとつになれるという特権が与えられています。私たちは瞑想を用いて位置エネルギー、つまり宇宙との調和を作り出すように行動するための強さと意志を蓄えることができます。そして行動しているときに、私たち人間は宇宙の力の通路になることができます。この通路には、打ち負かすことのできない〈宇宙の聖霊〉(Cosmic Spirit)が流れ、それは治癒力、芸術的なインスピレーション、あるいは、闇に光を投じる知識として表れます。

 宇宙の振動エネルギーが顕現する三角形の、第3の頂点になるように努力しましょう。三位一体の用語でこの目標を表すとすれば、〈聖霊〉の力によって満たされるように努力すると言うことができます。そうすることで、〈父〉の英知と平安を備えた〈子〉であることができ、〈父〉と一体であることができます。

 ※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラのこころ」の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。

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