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アカデミーについて

2016年3月11日


 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。いかがお過ごしでしょうか。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

今日はちょうど、東日本大震災から5年目ですね。ニュースでさまざまな報道特集が組まれていました。この機会に、当時のいろいろなことを思い出しました。津波の映像やその後に伝えられた惨状に、ただただ何もできない無力感がつのるばかりでした。

日本本部は東京にあり、直接被災をしたわけではありませんでしたが、原発がどうなるのかがとても不安でしたし、トイレットペーパーやガソリンや電池が手に入らなくなったり、計画停電もありました。

私は震災の3日前にも、今書いているのと同じように、多くの皆さんに読んでもらうための、ある文章を書いていました。それを昨日読み返してみて、思わず、ある深い感慨がわいてきました。

もしあなたが、日記をつけられておられるとしたら、震災直前に書いた部分を読み返すと、きっと私と似た思いをお持ちになるのではないでしょうか。

 

ほんとうに、未来どころか明日のことさえ、私たち人間には分からないのですね。

ですから、わずかであっても何か意義あることをする努力をして、明日に何があっても後悔しないように、この一日を大切に生きていかなければならないと感じます。

 

話は変わりますが、映画はお好きでしょうか。私ごとですが、ちょっと前に『スターウォーズ』の最新作を見ました。

以前、映画『アバター』を3D(立体画像)で見たときに、舞台になっている空想上の惑星の森のシーンが、あまりにも素晴らしかったのです。そこで今回は立体画像に加えて、椅子が動いたり、そこから空気が出たりする4D上映を見ました。迫力はすごかったのですが、戦闘シーンで、ちょっと車酔いのようになりました。

 

アメリカには、この一年間に上映された映画を表彰するアカデミー賞があります。先々週の2月29日にこの賞が発表になりました。作品賞は「スポットライト 世紀のスクープ」、主演男優賞はディカプリオでした。

これらの賞は、映画芸術科学アカデミーという団体の投票で決められるので、「アカデミー賞」と呼びます。

 

辞書で調べると「アカデミー」とは、学問や芸術や技術を指導する立場にある団体のこと指すのだそうです。

その起源は、古代ギリシャの哲学者プラトンが開いた、神秘学を研究する学園で、この学園があったのは、アテネのアカデメイアという土地でした。そして、ギリシャ神話の英雄アカデモスにちなんでいるこの土地の名前が、学園の名前としてそのまま付けられました。

この学園には、数多くの名だたる哲学者が集まり、最高レベルの教育機関として有名になります。そこで、その後も学問の研究に指導的な役割を果たす団体のことを「アカデミー」と呼ぶようになったようです。

アテナイの学堂(ラファエロ作)

アテナイの学堂(ラファエロ作)

 

 

ルネッサンス期(14~16世紀)には、北イタリアの貴族によってさまざまなアカデミーが作られましたが、それは主にラテン語でギリシャとローマの文化を学ぶものでした。そして17世紀になるとフランスやドイツで、当時の言葉で研究を行なうアカデミーが作られるようになります。その中でも「花合戦のアカデミー」(Accademie des Jeux Floraux)は、ヨーロッパ最古の文芸アカデミーとされています。

 

「花合戦」は、耳慣れない言葉だと思いますが、要するに詩のコンテストです。審査員によって勝者が選ばれると、その栄誉をたたえるために花が授与されたので、花合戦という名前が付けられています。

この花合戦アカデミーの前身は、「悦ばしき知識団」(Compagnie du Gai Savoir)と呼ばれる吟遊詩人たちの集まりでした。この団体には奇妙な言い伝えがあります。「悦ばしき知識団」の女性創始者とされるクレマンス・イゾールの墓が、南フランスのトゥールーズで発見され、その発見者に、過去の「悦ばしき知識団」を復活させる権限が与えられたとされているのです。

そして、1323年に「悦ばしき知識団」が再開し、翌年の5月にオック語(Oc)と呼ばれる南フランスの言語で書かれた詩の第一回のコンテストが行なわれます。勝者が数名選ばれ、神秘学の最高位を象徴するスミレの花、哲学を究めたことを意味するマリーゴールド、そして野バラが授与されたそうです。

第1回『花合戦』、すなわち1324年5月3日の7人のトルバドゥールによる極めて悦ばしき集い」、ジャン・ポール・ローレンス作(1912年)

「第1回『花合戦』、すなわち1324年5月3日の7人のトルバドゥールによる極めて悦ばしき集い」、ジャン・ポール・ローレンス作(1912年)。トゥールーズ市庁舎内「著名人の広間」に通じる大階段の壁面に展示。

 

ワインがお好きな人は、「ラングドック」という産地名をお聞きになったことがあるのではないかと思います。「Langue de Oc」(オック語)が縮まってできた語で、南フランスのオック語を話す地方のことです。

関連記事:「南フランスの不思議な風土」

http://www.amorc.jp/blog/?p=884

 

19世紀の後半には、バラ十字会が主催する美術展覧会「バラ十字サロン」がパリで開かれました。そして、この展覧会のイベントでは、バラ十字会員であったエリック・サティーが音楽を担当しています。ちなみにフランスの有名な作曲家クロード・ドビュッシーも、エリック・サティーの友人でありバラ十字会員でした。

1892年開催の第1回バラ十字サロンのポスター

1892年開催の第1回バラ十字サロンのポスター

 

この展覧会の開催を指揮したのはジョセフ・ペラダンという人ですが、この人は、トゥールーズのバラ十字会と「花合戦文芸アカデミー」の両方に深く関わっていました。

その他にも、バラ十字会と「花合戦アカデミー」には、下記の記事に説明されているように、何重もの深い縁があります。

関連記事:「クレマンス・イゾールとバラ十字の黄金のイシス」

http://www.amorc.jp/reference/material_015.html

 

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、クリスチャン・ローゼンクロイツという伝説上の人物が、バラ十字会(薔薇十字団)の創始者だとされることがあります。

中世のバラ十字会が、ある国で休止していた活動を再開する場合には、伝説の人物クリスチャン・ローゼンクロイツの墓が発見されたという話が流布され、その墓に秘められた文書によって、それを発掘した人に、過去のバラ十字会の秘密の知識と、休止していた活動を復活する権限が与えられたとされたのです。

 

ちなみに、クリスチャン・ローゼンクロイツの名前は、1616年に当時のバラ十字会が発表した文書『クリスチャン・ローゼンクロイツの化学の結婚』によって有名になりました。今年2016年は、ちょうどその400周年にあたります。このことを記念してバラ十字会は、宣言書(マニフェスト)『新クリスチャン・ローゼンクロイツの化学の結婚』を発表しました。

おととい、この文書の翻訳が終わりましたので、近いうちに、この奇怪な文書のことをご紹介できると思います。ほんの少しだけ予告しておきますと、錬金術にまつわる象徴的な物語にご興味のある方、人類と地球全体の未来について憂慮していて、そのことについて深く考えてみたいと考えている方には、必見の文書です。

今すぐ英語で読んでみたいという方は、こちらをご覧ください。

関連記事:「The New Chymical Wedding of Christian Rosenkreutz」(英語)

https://www.rosicrucian.org/the-new-chymical-wedding

 

今回は、さまざまなご紹介だけになってしまいましたが、少しでもお楽しみいただけていれば、嬉しく思います。次回もよろしくお付き合いください。

それでは、また。

 

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