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ヒューマニズムについて

2016年5月20日


 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

東京板橋はもう初夏の陽気です。晴れた日は、早足で歩くと汗ばむほどです。

そちらはいかがでしょうか。

 

さて、ヒューマニズム、ヒューマニスト(ヒューマニズムを実践する人)という言葉を聞いたときに、あなたはどのような意味を思い浮かべるでしょうか。事典を調べると、この言葉には多くの哲学者が関わっていて、それぞれの立場から、多くの考えが書いてあります。

しかし、すべての人には、幸せで尊厳のある生き方をする権利があるという考えととらえれば、あまり間違ってはいないように思います。

 

ですから、発展途上国では餓死する子供たちが今でもたくさんいるにもかかわらず、先進諸国で食べ物が大量に無駄にされていることがおかしいと考える人は、きっとヒューマニストです。

世界の紛争地域で、幸せな生活どころか、多くの人の身の安全が確保されていないことに我慢がならないと感じる人は、きっとヒューマニストです。

 

こう考えると、ヒューマニストであるということは、とても自然なことで、他の人の思いを生き生きと想像できるレベルにまで心理学的な発達が進んだ人は、誰もがヒューマニストになるように思えます。

しかし、世界のさまざまなニュースを見ると、人間が尊重される状況が全体的になし遂げられているとは、とても感じられません。私たち人間は、まだまだ精神面での進歩が十分ではない証拠かもしれません。

 

当会のフランス代表が、自身の人気のブログでヒューマニズムについて書いています。その記事を翻訳しましたので、ご紹介させていただきたいと思います。

 

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バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサンのブログ

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

Serge Toussaint

 

記事「ヒューマニズムについて」

バラ十字会では、人の心の深奥にある崇高さ(スピリチュアリティ)を重視することに加えて、人間の尊厳を尊重すること(ヒューマニズム)を多くの方々に訴え続けています。2001年に当会が発行したマニフェストには次のように書かれています。「ひとりひとりの人は、全人類という身体を構成する、欠かすことのできない細胞にあたると私たちは考えています。この原則に基づいて、生まれた国や住んでいる国家に関係なく、すべての人が同じ権利を持つべきであり、同じ敬意が払われるべきであり、同じ自由を享受するべきであると私たちは考えています」。このようなヒューマニズムは、私たちの会自体に具体的な形で表れています。当会には、あらゆる人種、あらゆる国籍、あらゆる社会的地位、あらゆる宗教の男女が属しているからです。

すべての人は兄弟姉妹です。私たちすべての血管には、ほぼ同じ血液が流れており、遺伝子の構造も同じであり、人類という同じ生物種に属しています。すべての人の体はほとんど同じです。それに加えてバラ十字思想の見地からいうと、私たちは誰もがソウルメイトなのです。なぜなら、すべての人の魂は同じ源から発しているからです。より明確に言えば、個々の人に宿っている魂は、「普遍的ソウル」(Universal Soul:宇宙の魂)という樹木から分かれ出た枝にあたります。この普遍的ソウルは、知性であり意識であり、エネルギーでもあり影響力でもあり、オーバーソウルとか、神とか創造主と呼ばれることもあります。以上が意味しているのは、人類は本質的には一体であり、宇宙という崇高な源に由来しているということです。

緑の地球を囲んで見つめる人々

 

もちろん多くの人は、自分と同じ国、同じ宗教、同じ政治思想、同じ考え方の傾向、同じ文化習慣、同じ美的感覚の人に親近感を覚えます。すべての人には、同類の人と集まって群れを作る生物学的な本能があるからです。このような傾向は無理もないことで、それ自体が否定的されるべき事柄ではありません。しかし、自分と異なった考え方や生き方をしている人を認めなかったり、さらに悪いことに、憎んだりするとしたら、それは異常なことであり、間違っているとさえ言うことができます。他人に対してそのように振る舞うことは、人間尊重と寛容の精神が欠けていることを明らかに意味します。

イエス・キリストや、過去の他の偉大な人たちは、すべての他人を愛しなさいと命じました。キリスト教の信者であろうとなかろうと、ヒューマニズムがこの言葉に強く表われているのを否定することはできません。しかし、この理想にほんとうに沿った生き方をすることは、誰にとっても容易なことではありません。ですから、無条件で絶対的な愛をすべての人に注ごうと努力して、かえって、独りよがりや偽善に陥ってしまうよりは、どのような人も憎まないというところからスタートする方が良いように思います。一見矛盾しているように聞こえるかも知れませんが、憎しみを一掃するということは、普遍的な愛へと向かう大きな一歩であると考えられます。

交流する世界中の人々

 

スピリチュアリティ、つまり心の深奥にある崇高さを追求することは、私の人生にとって不可欠なことですが、スピリチュアリティの追求とヒューマニストであることのどちらかを選ばなければならないとしたら、私はヒューマニストであることを選びます。すべての人にとって、最も優先して学ぶべきことは、自分の近くにいる人を愛すること、もしくは、愛するとまではいかなくても、少なくとも、すべての違いを乗り越えて尊重することではないでしょうか。このような愛や尊重がなければ、人類が平和と調和に満ちた世界を築くことは決してできないでしょう。一方で、スピリチュアリティという指針のもとで、人間尊重の精神が発揮されることが真の理想だとも私は考えています。なぜなら、心の深奥にある崇高さを追求することによって、物質を超越した気高さがヒューマニズムに加えられるからです。このような気高さは、無神論や、ましては物質主義からは、決して生じることがない要素です。

バラ十字会AMORCフランス本部代表
セルジュ・ツーサン

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。本稿はそのブログからの一記事。

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上の記事でも紹介されていた「普遍的ソウル」について書いたブログ記事があります。下記のページをご覧ください。

関連記事:『宇宙の魂』:

http://www.amorc.jp/blog/?p=575

 

それではまた、次回もお付き合いください。

 

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