こんにちは。バラ十字会の本庄です。
湿度が下がって、すっかり過ごしやすくなりました。東京板橋ではヒガンバナも咲き始めました。
いかがお過ごしでしょうか。
さて、先月ローマに出張したのですが、そのときに少しだけ市内観光ができました。特に目を惹いたのは、壮麗な教会の多さでした。私はキリスト教徒ではないのですが、教会見学をして、その歴史を感じるのが好きです。
今回も何ヵ所か訪れることができたのですが、その中でも特に興味深かったトラステヴェレ地区のサンタ・チェチリア教会を、撮影した写真と一緒に紹介させていただきたいと思います。
ご存じの方も多いと思いますが、ローマにはテヴェレという名の川が、おおむね北から南に蛇行しながら流れ、最後には地中海(ティレニア海)に注いでいます。この川がバチカン市国の横を通り過ぎて、ほんの1キロほど先の西側にトラステヴェレがあります。
ローマの中心地はこの川の東側にあたり、トラステヴェレは「テヴェレ川の向こう側」を意味します。
この事情は、浅草で隅田川の東側が「川向こう」と言われるのとまったく同じで、ローマの下町を指しています。
ここにはパラティーノという大きな橋がかかっていて、トラステヴェレの対岸には、映画『ローマの休日』で有名になった、「真実の口」があります。嘘つきが手を入れると噛(か)み切られるという言い伝えのある、口を開けた怖い顔の石の彫刻です。また、やはり対岸には、マルタ騎士団の団長の館があります(写真1)。(記事中の画像はいずれもクリックで拡大できます)
トラステヴェレを訪れた最大の理由は、サンタ・チェチリア教会を見学することでした。この教会のあるあたりは、最寄りの駅からも大通りからも少し離れていて静かです。着いたのは平日のお昼前頃で、観光客も少なく、ゆっくりと見ることができました。
現地に着くとまず、落ち着いた統一感のあるデザインの中庭が目に飛び込んできました。芝生が美しく手入れされ、薄紫色のブーゲンビリアと、やはり紫色のムクゲの花が咲いていました。教会の正面は改装され現代的ですが、右手にそびえている鐘楼は12世紀に建てられたものとのことです(写真2)。
しかし、12世紀どころか、この教会にはとても古い歴史があります…
サンタ・チェチリア教会は、その名の通り、聖チェチリアという聖人を称える教会です。聖チェチリア(イタリア語ではSanta Cecilia、ラテン語ではSancta Caecilia)は、英語読みでは聖セシリア(Saint Cecilia)となります。彼女は自身の婚礼で、楽器を奏でながらイエス・キリストへの思いを歌ったという言い伝えがあり、音楽の守護聖人とされています。世界的に有名な聖人で、この名の付けられた学校がイタリア、米国、日本などにあります。彼女の祝日(11月22日)のミサのための音楽や彼女を讃える音楽を、ヘンデルやリストなどの名だたる音楽家が作っています。
チェチリアの聖人伝によれば、彼女は西暦2世紀ごろのローマ帝国の貴族でしたが、キリスト教を信仰していました。キリスト教がローマ帝国に公認されるのは、西暦4世紀の初めなので、この当時は異端の宗教でした。
ですからもちろん、当時教会のような表立った建物はなく、信者は、仲間の中でも裕福な人の家に集まり、通常はその家の地下の一室で密かにキリストと神を崇拝していました。
このサンタ・チェチリア教会の地下にあるローマ時代の遺構は、そのような初期キリスト教徒の家のひとつです。一説には、ここにチェチリアが住んでいたのだとされています。
教会に入ってすぐ左手には売店があり、そこの脇にある入り口から、地下にあるローマ時代の遺構とクリプト(納体堂)に入ることができます。
まず遺構に入ってみました。かび臭い土の臭いが少ししますが、1700年も前の初期キリスト教の人たちの家の遺構だと思うと、神妙な気分になります。(写真3)
銘板が展示されていて、その下部にギリシャ文字で「ΙΘ」と刻まれていました(写真4)。初期キリスト教は、「魚」を意味するギリシャ語の「イクトュス」(ΙΧΘΥΣ)を、秘密のシンボルとして用いていたそうです。この語の中の「Ι」は「イエス」(ΙΗΣΟΥΣ)、「Θ」は神(ΘΕΟΣ)を意味しています。イタリア語の解説が読めなかったので確実ではないのですが、銘板の2文字は「イエス」と「神」を表し、キリスト教の信仰を示す暗号だったようです。
もうひとつの板には、太陽のような図形と、草花のような文様が描かれていました(写真5)。
クリプトは、教会の地上部分にある祭壇の真下に位置しており、聖チェチリア(聖セシリア)と夫である聖ワレリアヌスの聖遺物が納められている場所です。また、聖チェチリアと聖アガタと聖アグネスの美しいモザイク画があります(写真6)。
写真を見ていただければお分かりになることと思いますが、この場所の柱とアーチと床はモザイクで装飾された大理石で、息を呑むほど素晴らしいものです(写真7)。この装飾はコスマーティ様式(cosmatesque)と呼ばれる、ビザンチン様式から派生した、主に中世ローマで用いられた室内装飾です。このクリプトは20世紀の初めに造り直されたものだとのことです。
そのときクリプトを見学していたのは、私たちの他には研究家だと思われる2人だけで(ルーペで熱心にモザイクを調査していました)、静かにこの場所の雰囲気を味わうことができました。
この教会の玄関の上には、13世紀末に作られたという、古いフレスコ画『最後の審判』が残されています。このフレスコ画は残念ながら撮影禁止だったので写真をお見せすることはできないのですが、見学していると幸運なことに、ミサの準備でしょうか、本堂のパイプオルガンの試し弾きが始まりました。
運良く録音することができました。音質はそれほど良くなく、機械音が混じってしまっているのですが、何と言っても、音楽の守護聖人の教会のパイプオルガンです! ご興味のある方は聴いてみてください。
この教会の名前は、イタリア語では『Basilica di Santa Cecilia in Trastevere』となります。最初のバシリカ(Basilica:聖堂)という語は、今でこそ教会の格付けを表しますが、もともとは古代ローマの集会所のことでした。
バシリカには興味深い話があるのですが、少し長くなりましたので、今回はこの辺りにして、次回はこのバシリカの話と、サンタ・チェチリア教会の本堂の様子を、やはり写真を交えながらお伝えしたいと思います。
私にはキリスト教の信仰はありませんが、ローマの町はずれにある、歴史と多くの人々の思いが積み重なったこの場所には、不思議な安らぎと静けさを感じました。
その雰囲気を、皆さんにも少しでもお感じいただけたなら、嬉しく思います。
また、お付き合いください。
(この記事の後半は、『古代ローマのバシリカと音楽の聖人』で読むことができます。)
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