資料室

ピカソの創作の錬金術と『アヴィニョンの娘たち』

Picasso's Allegory of Creative Alchemy: Les Demoiselles d'Avignon

リック・コバン

By Rick Cobban

老年のパブロ・ピカソの写真

 パブロ・ピカソは、20世紀の著名な芸術家の中でも、きわめて卓越した存在です。彼は、創作の錬金術師でした。他に例がないほど長期間にわたって独創的で革新的で多作でありつづけた彼は、ざっと見積もっただけでも、3万点から5万点にもおよぶ作品を創作しました。その中には、少なくとも13,885点の絵画、1,228点の彫刻、2,880点の陶芸品、12,000点の素描、数千点の、版画や本の挿絵やタペストリー(絵画風の織物)や絨毯やその他の芸術作品があります。美術史家や美術評論家は、ピカソの芸術作品を、美学的側面や女性解放論(フェミニズム論)からの視点、彼の経歴に焦点を当てた見方など、さまざまな角度から捉えてきました。しかしこの記事では、彼自身が意図していたかどうかは別として、彼が創作の錬金術師であったという特別な観点から、ピカソの人生と作品の一部を探っていきたいと考えています。

 この見方は、ある興味深い歴史的な事実によって裏付けられています。それは、20世紀初頭のパリに存在していたいくつかの秘伝哲学の団体が、ピカソの作品と人生にかなりの影響を密かに与えていたという情報です。マリヨ・アリエン・ヴォルカー(Marijo Ariens-Volker)の調査が正確であるとすれば、ピカソの人生と作品は、これらの秘伝哲学の団体に属していた人たちから影響を受けています。彼女の著書『ピカソとパリの神秘主義-“アヴィニョンの娘たち”の起源』(Picasso et l’occultisme à Paris: Aux origines des Demoiselles d’Avignon)によれば、ピカソがパリに住み始めた頃に、彼はリカルド・ビニェス(Ricardo Vines)という友人と同居しており、ビニェスは頻繁にリブレリー・ド・メルヴェイユ(Librairie du Merveilleux)に出入りしていました。リブレリー・ド・メルヴェイユは、パピュス(訳注)が創設した秘伝哲学研究のための独立した団体の本部でした。また、当時ピカソと親しくしていた人の中に、フランスの詩人で小説家であったアンドレ・サルモン(André Salmon)がいます。サルモンは、自身の作品のいくつかで、パピュスやマルティニスト会(訳注)の会員、フリーメーソンの会員について述べています。これらの人の中には、極めて熱心なフリーメーソンの会員であった画家のフアン・グリス(Juan Gris)や、カバラを自身の“人生哲学”であると考え、しばしば雑誌「文学」(Littérature)に寄稿していた詩人で小説家のマックス・ジャコブ(Max Jacob)や、ヘルメス・トリスメギストスについてたびたび語っていた詩人のギョーム・アポリネール(Guillaume Apollinaire)などがいます。アポリネールの書庫には、パピュスや他のマルティニスト会の会員の著書、マルティニスト会の公式の雑誌、1908年に開催されたスピリチュアリティに関する協議会の文書さえ所蔵されていました。ピカソの孫のオリヴィエ・ヴィドマイエール(Olivier Widmaier)によると、ピカソはカバラに精通し、ゾハール(Zohar)を読み、その当時から神秘哲学を信奉していました。偉大な写真家ブラッサイ(Brassai)との対話で、ピカソは「キュビスム(訳注)の時代に、ある同人組織の会員だったことがある」と認めています。この組織がマルティニスト会であるのはほぼ確実なことです。ちなみに、当時彼が創作したコラージュのいくつかには、マルティニスト会の、未知の上級の段位を表している象徴が盛り込まれているとアリエン・ヴォルカーは考えています。このように、ピカソは錬金術や他の神秘学の伝統思想に触れたことがあり、それに関する知識を持っていました。これらが、彼の作品に影響を与えていたことはほぼ確実です。

訳注:パピュス(Papus):フランスの医師ジェラール・アンコース博士(Dr. Gerard Encausse、1868-1916)のペンネーム。マルティニスト会(下記)とバラ十字カバラ団の共同創始者。

マルティニスト会(Martinist Order):1891年にジェラール・アンコースとオギュスタン・シャボソー(Augustin Chaboseau)が創設したルイ・クロード・ド・サン=マルタン(Louis Claude de Saint-Martin)の秘伝哲学を継承する団体。

キュビスム(cubism):20世紀の初めにフランスで起った美術運動。物体や人体を立方体、球形、円錐などの基本的な形に分解して、それを点や線や面で再構成した。立体派。ピカソがキュビスムの作品を創作した時期(キュビスムの時代)は1907年~1916年とされる。

パブロ・ピカソの最晩年の自画像、1972年6月30日 鉛筆、クレヨン、紙、65.7 センチ x 50.5 センチ、フジテレビ・ギャラリー、東京

 パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・チプリアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソは、1881年に産声を上げ、芸術家だった父親のもとで、芸術を学び創作を始めました。早熟なピカソやモーツァルトなどの実例からは、なぜそのような創造的能力が幼いころから発揮されるのかという疑問が生じます。遺伝的に持って生まれたものに加えて、幼い頃から注意深く大事に育てられると、そのようなことが起こるのでしょうか。あるいは、一見して分かるこのような驚くべき才能は、以前の人生から引き継がれたものが、今回の新しい人生で発揮されたのでしょうか。それとも、このような天才の出現は、それらのことすべてが合わさった結果なのでしょうか。

 現代のポストモダニズムの芸術家マウリツィオ・カテラン(Maurizio Cattelan)は、現代芸術で最も重要だとされる要素は、独創性、写実性、独自性であると考えています。大衆の心を捕らえた現代の他の多くの芸術家以上に、パブロ・ピカソは、これらの要素のすべてを、彼の芸術と人生に具体的に表しています。ピカソは芸術の歴史を変えました。そして、彼以降の芸術家は誰もが、何らかの形で必ずピカソの影響を受けています。ピカソは、視覚芸術(訳注)において、技術的にも創造性という面でも、若い頃から高度なレベルに達していたため、知覚の新しい方法、新しい生き方、世界を描く新しい方法を探究することができました。「青の時代」と「バラ色の時代」(訳注)に、ピカソは彼独自のスタイルの創造的かつ美しい感動的な作品を数多く創作しました。彼は、若い頃に自分に施された芸術家としての訓練から芸術の技法を吸収し自分のものにしました。そして芸術と文化という面で受けた数多くの影響によって、彼の人生のこの時期の作品が形作られました。そしてついに1907年に、ピカソは『アヴィニョンの娘たち』という油彩画によって、芸術界だけでなく世界に決定的に新しい視点をもたらしたのでした。

訳注:視覚芸術(visual arts):絵画、彫刻、工芸、建築など、視覚のみによって鑑賞される芸術のこと。これに対して、音楽などは聴覚芸術と呼ばれる。

「青の時代」と「バラ色の時代」:1901年に親友のカサジェマスが自殺してからピカソの絵画は青い色調で主に描かれるようになり、この時期が「青の時代」と呼ばれている。1904年にモンマルトルのアトリエに移住してから1907年までは、次第に暖かい色調の作品を創作するようになり、この時期が「バラ色の時代」と呼ばれている。

パブロ・ピカソ作『眠っている女の頭部』、1907年、油彩、ニューヨーク近代美術館

 マウリツィオ・カテランは、次のように述べています。「何もないところから何かを創りだすのは、神のなす業だ。しかし、ひとりの人間として、自分の思考が何ひとつオリジナルではないということを私は知っている。私とは、私以前に存在したものを組み合わせた結果にすぎない。それはミケランジェロでさえも同じなのだ」。カテランがここで示唆していることは、魂と遺伝的要素と文化的要素が、偉大な創造的錬金術によって組み合わされた結果が、私たち人間であるということです。しかしピカソは、他の芸術作品や文化が、自身の創作という創造的な錬金術に果たしている役割を誠実に理解していました。彼はかつて正直にユーモアを交えて、次のような皮肉を言っています。「二流の芸術家はまねをし、一流の芸術家は盗む!」

 ピカソの代弁をするなどという、うぬぼれた行いを私はしようと思っているわけではありませんが、芸術と錬金術は「欠けたところのない完璧な存在に人間が近づこうとする」ための2つの関連する手段であると述べたとしたら、ピカソはきっと同意してくれることでしょう。

創造性・発明・革新と創作の錬金術

Creativity, Invention, Innovation and Creative Alchemy

 ピカソの創作の錬金術についてより良く理解するために、芸術の創造性、発明、革新という性質に注目してみましょう。ちなみに、このうちの創造性と革新という言葉は、今日ではその真の意味が正しく理解されずに、しばしば区別なく用いられています。この3つの言葉それぞれの一般に認められている実際的な定義は、次のようなものです。創造性とは、それまではなかったもの、もしくは普通ではないものを考え出す能力や、考え出す行為のことです。発明とは、それまでに一度も作られたことのないものを作り、それが独自の洞察の産物であると人々から認められることです。そして革新とは、何か新しいものを作り出すための手段を完成させることです。創造性は数多く見られますが、発明と革新はほとんどありません。ピカソは、彼の創作の錬金術において、創造的であっただけでなく、発明と革新を行いました

 創作の錬金術という概念について検討する準備として、錬金術という概念を理解しておきましょう。バラ十字会に伝えられている情報によると、錬金術は古代エジプトで始まりました。「アルケミー」(alchemy:錬金術)という言葉は、古代エジプトを意味する「アル・ケム」(al-Kem)という言葉に由来しているという説があります。また錬金術とは、物質を変化させるプロセスを指すだけでなく、人間の精神や心の深奥を変容させるプロセスも意味すると、バラ十字会では伝統的に考えられています

 錬金術の変化・変容のプロセスには、7つの段階があると通常考えられています。それは、1.焼成(Calcination)、2.溶解(Dissolution)、3.分離(Separation)、4.結合(Conjunction)、5.発酵(Fermentation)、6.蒸留(Distillation)、7.凝結(Coagulation)です。錬金術は、情報が錯綜としている話題です。たとえば他のある説明では、錬金術の変容には3つの段階があるとされ、あるいは9、10、12の段階があるとされる場合もあります。ですから、錬金術の過程のさまざまな解釈について、この記事では詳細な説明は行いません。もし錬金術という話題の細部を扱えば、何回もの連載記事になってしまうことでしょう。読者の皆さんは、以前に発行された雑誌に掲載されている錬金術に関する優れた記事をどうぞご参照ください(訳注)。

訳注:たとえば下記のページでは、秘伝哲学分野の有名な歴史家セルジュ・ユタンが書いた『錬金術とは何か』という記事を読むことができる。

『錬金術とは何か』

 錬金術や、芸術と他の創作活動は、いずれも心の深奥に関わる活動ですが、この記事では、芸術的な目的と内面を向上させるという目的を持つ、変容の創造的なプロセスとして、錬金術を検討します。芸術という創作の錬金術には、着想と創造の過程の両方が含まれます。そして、そこでは、その芸術家のすべての側面が、相乗作用を起こして統合されます。

ファン(Fang)族の呪術師を取り調べるンギル(ngil)と呼ばれる儀式で用いられる仮面、創造の場:ガボン・コレクション、アンドレ・ルフェーブル寄託、ルーブル美術館

 プラトンは、あらゆる種類の芸術において、インスピレーションが創作活動に果たす役割について次のように述べています。「詩人の場合、インスピレーションは光であり翼であり神聖なものである。詩人がインスピレーションを受けとり、自分の五感を離れるまでは、詩人の中に詩は創作されない。そして詩が創作されれば、その詩の精神は、もはや詩人の中には存在しない。この状態に達していないときには、詩人は無力で、受け取った神の言葉を口にすることができない」。画家、詩人、音楽家、建築家、作曲家など、あらゆる種類の芸術家が創作を行うときに経ていくのがこのような錬金術の過程であり、この過程によって芸術家は、日常の感覚や知性を重んじる意識から抜け出すことができます。そして、インスピレーションと芸術作品を創造するプロセスと自分が“一つになった”高度な状態に入ります。そして、時間や自己の概念などの日常的な意識から離れ、さまざまな関心事も心を占めることがなくなります。このような錬金術的な瞑想状態に入ると、真の創造、発明、革新が起こります。しかしこのような発明と革新は、熟練の技巧と手段によって、芸術作品として実現されなくてはなりません。

 ディヴィッド・ホックニー(David Hockney)は、1960年代前半にポップアート(訳注)に革新をもたらし名声を博したイギリスの偉大な画家です。彼は、当時の自分のデジタルアートの作品のひとつに、ひたむきな集中と努力がどのような役割を果したかについて、鋭い洞察とユーモアとともにこう述べています。「インスピレーションは、怠け者のところは、まれにしか訪れない」。彼はまた、彼特有の洗練されたやり方で、広く知られている使い古された言葉を言い換えて、こう述べています。「創作とは、1パーセントのインスピレーションと99パーセントの汗である。」(訳注)。偉大な芸術家は、自分の選んだ分野の芸術に生涯を捧げ、その芸術の歴史とスタイルを熟知し、その技術に熟練し、懸命に働き、自身に与えられた才能を作品に注ぎ込み、それらのすべてを他の人たちと分かち合います。あらゆる芸術の巨匠たちの、いずれの伝記によっても知ることができますが、ひたすら仕事に打ち込むことで、インスピレーションという贈り物が、その人の魂に明かされます。ピカソ自身もこう言っています。「行動は、すべての成功の基礎となる鍵である」。

訳注:ポップアート(Pop Art):商品・広告・漫画などをそのまま用いる絵画と彫刻。1950年代初めに生じアメリカを中心に広まった。

デジタルアート(Digital Art):コンピュータで作る芸術作品。完全にコンピュータで生成するものや、写真などを取り込んで素材として用いるもの、マウスやペンタブレットで描いた素材を用いるものなどがある。

「創作とは…」:「天才とは、1パーセントのインスピレーション(inspiration)と99パーセントの汗(perspiration)である」という発明家エジソンの言葉の言い換え。

 次のような禅の逸話があります。ある禅師がほんの数秒で水墨画を描くのを見て、弟子の僧がこう尋ねました。「水墨画で風景を描くのは、こんなに簡単なことなのですね」。年老いた聡明な禅師は答えました。「その通りじゃ、ほんの数秒しかかからん。しかし、ほんの数秒で描けるようになるには90年かかる」。

 巨匠と呼ばれる芸術家の技能や“天才的な”能力には逆説的な面があります。創作のプロセスが、単純であると同時に複雑であるように見えるという逆説です。錬金術の言葉を使うならば、意識というプリマ・マテリア(prima materia:原初の物質)をピカソは用いて、それを変成し、革新的な作品へと具体化しました。

『アヴィニョンの娘たち』と創作の錬金術

Les Demoiselles d'Avignon and the Alchemy of Creation

パブロ・ピカソ作『アヴィニョンの娘たち』、パリ市、1907 年6 月~ 7 月

 ピカソは、この絵のタイトルを最初は『アヴィニョンの売春宿』としていました。しかし彼の絵を扱っていた画商が、『アヴィニョンの娘たち』の方が世間に受け入れられやすく、売買に有利であると考え、極めて革新的なこの絵の題名にしたのでした。ピカソは、創造的錬金術の象徴とすることを主な意図として、『アヴィニョンの娘たち』を描いたのではありませんが、この絵画は結果的に、変容のプロセスを表す極めて優れた模範作になりました。『アヴィニョンの娘たち』の創作に錬金術の変容の7つの段階を当てはめると、ヨーロッパ絵画の伝統や遠近法や描き方の技法などを、ピカソがどれほど完全に吸収し自分のものにしていたかが分かります。ピカソは、写真や映画という現代的な視覚表現の時代においては、これらの知識が、熱せられて灰のようになっていることを理解していました。これが、錬金術の最初の段階である〈焼成〉にあたります。第2の段階である〈溶解〉でピカソは、以前の時代の固定化したヨーロッパの芸術と、まさに彼自身の芸術を、文字通り溶け合わせるようにしたのでした。第3の段階である〈分離〉で、ピカソは遠近法という伝統や写実的な画風、完璧に外観が仕上げられた絵画に見られる高度な技法といったものを分離、つまりばらばらにしました。

 錬金術の第4の段階である〈結合〉でピカソは、まったく異質のイメージと技法をまとめあげて、新しい結びつきと配置を構成しました。彼は、古代イベリアの彫刻とアフリカの仮面と、ピカソ自身が初期キュビスムの作品で取り入れたセザンヌとマティスの作品の要素をまとめて、『アヴィニョンの娘たち』の中の女性たちの姿として並べたのでした。第5の〈発酵〉の段階でピカソは、自身の創作プロセスを発酵させて、製作中の作品と自身が「意思を通じ合って」、絵画の制作に次に何が起こるのかを見ていました。

モディリアーニとピカソとアンドレ・サルモン、1917 年、ジャン・コクトー撮影

 第6の〈蒸留〉の段階では、彼は絵画の要素を洗練することを始めました。一部の要素を取り除き、再加工し、他のイメージを追加して、彼が“本質”であると考え、見る者に伝えたいと思っているイメージに、より近づくようにしました。錬金術の最後の第7の段階である〈凝結〉でピカソは、彼の才能とインスピレーションと創造的な本能と、この絵画と自分との間に起こっている相互作用を一緒にして、そこから最終的に生じてくるものに、自身の創造的エネルギーを集中させました。そして、創作の錬金術のこれまでのすべての過程が凝結した、『アヴィニョンの娘たち』の最終的なイメージを創りました。錬金術のこれらの過程を試みたことによって、芸術家仲間であるジョルジュ・ブラック(George Braque)とともにピカソは、キュビスムという革命をもたらしました。これが引き金となり、20世紀の最後までキュビスムという近代芸術運動が続きました。

 創作の錬金術はまた、冒険心と創意に富んだ「ゲーム」であると考えることもできます。このゲームにおいて、錬金術の過程や操作は、さまざまな芸術や私たちの生活の再構成に用いられます。1973年に偉大なオーストラリアの芸術家ブレット・ホワイトリー(Brett Whiteley)は、彼の傑作絵画「錬金術」の製作中に、このように書いています。「絵画の傑作は錬金術の私生児であり、これまでもずっと、そしてこれからもゲームなのだ。ゲームのルールは極めて単純だ。定められた競技場で、才能が許す限り、心理的な戦場のできるだけ多くの前線で、生きるということの意味の核心を目に見えるように描き出さなければならない」。さらにまた、次のようにも述べています。「錬金術とは、存在しないものを見る仕事だ」。この発言が示唆しているのは、人生というゲームから一歩踏み出すことであり、その手段は、創造力を使ってルールをより良いものに変えることです。そうすることによって、自身の人生の意味を自分で見いだしたり、創りだしたりすることができます

天才にして異才のピカソ

Picasso, Genius and the Different Types of Intelligence

パブロ・ピカソ作『椅子に座る裸婦』、1910 年、92 センチ x 73 センチ、英国ロンドン市テート美術館

 パブロ・ピカソは、誰もが認める世界的な天才芸術家ですが、彼の人生にはやっかいで矛盾した側面がありました。特に女性関係に関しては、かなりの問題があり、今でも多くの人が、その点については容認できないと感じています。しかし、彼は人生を勇敢に、大胆に、そして自分が思うように存分に生きました。もちろん、広く知られている天才たちの人生は、詮索され、分析され、その人について書かれた本や逸話などのお定まりの筋に沿って再構築されているということは念頭におかなければなりません。しかし、彼らが残した創造的な作品という贈り物に加えて、彼らは本物の人生とは何であるかというビジョンを示して、私たちの人生を豊かにしてくれます。私たちは天才芸術家たちの勇気を見習って、自分自身で、そのような人生を作り生きるようにしなくてはなりません。

 見方によっては、天才という概念は、時代遅れなのかもしれません。しかしそれは、並外れた能力を持っている人や、極めて高い知能指数(IQ)を持っているような人を言い表す言葉として、人間の意識と言語の中に依然として存在し続けています。知能についての理論は通常、4つの種類に大きく分類されます。(1)心理測定(psychometric)理論、(2)認知(cognitive)理論、(3)認知-文脈(cognitive-contextual)理論、(4)生物学的(biological)理論です。心理測定理論は、認知機能についてのテストの結果が個人で異なることを研究したことから導き出されました。しかし、知能とは何かという見方は、時代を経て大きく変化してきました。ハーバード大学のハワード・ガードナー(Howard Gardner)教授は、知性には、内省的知性(intra- personal)、空間的知性(spatial)、博物的知性(naturalist)、音楽的知性(musical)、論理=数学的知性(logical-mathematical)、存在論的知性(existential)、対人的知性(interpersonal)、身体=運動的知性(bodily-kinaesthetic)、言語的知性(linguistic)といったさまざまな種類があると提唱しています。現代の多くの哲学者や科学者たちは、発達したEQ(Emotional Quotient:情動指数または心の知能指数)とSQ(Spiritual Quotient:スピリチュアル指数)が、高い知能指数と同様に重要であると考えています。人のEQとSQが著しく低下したときに何が起きるかを、ピカソは絵画『ゲルニカ』に生き生きと描いています。

 科学的に立証されていることですが、さまざまな芸術活動に取り組んだり、優れた芸術作品や音楽、建築、ダンス、文学などを鑑賞したりすることによって、これらの指数が高まり、人生を豊かにすることができます。偉大な芸術作品によって、私たちはさまざまな水準の自身の能力を働かせることができますし、現在提唱されている多くの種類の知性を働かせることができます。そしてこれらの多様な知性はすべて、人類全体の進歩に寄与します。

 古代ギリシャや古代ローマの人々は、人間ひとりひとりには、その人の守護神(daimon)あるいは精霊(genii)と呼ばれるものがいて、それがその人の精神にジーニアスという特別な贈りものを与えると考えていました。才能や天才を意味する英語の「ジーニアス」(genius)という言葉は、それに由来しています。多くのバラ十字会員の考えでは、すべての人間には、肉体面、精神面、感情面、サイキック面、スピリチュアル面などの側面があり、その共同の作用として人間は存在していて、全体としての人間という存在は、それらの側面を単に足し合わせたものよりも偉大なものになっています。このことは、バラ十字会の神秘学の信条のひとつです。20世紀初頭のバラ十字会の指導者であったハーヴェイ・スペンサー・ルイス博士は、このことを理解し確信し、次のように書いています。「神秘家とは、かつて夢見たことのある人であるし、その多くは今でも夢見ている人である。しかし彼らは、物質の世界という厳しい試練の中で、また、精神の世界という厳しい試練の中で、自分の夢を試している夢想家である。彼らは自分の夢を実現しようとしているし、実際に活用しようとしている。神秘家のこのような努力からは多くの利益が得られるのであり、したがって、神秘家と神秘家の夢を非難するのは正当なことではない。」

 私たちは、自身に与えられた特別な贈り物である才能を見いださなくてはなりません。そして、ピカソが自分の創作の能力を信じたのと同じように、確信をもって夢を思い描き、その夢とともに生きるべきです。

スペインのゲルニカ市にある、絵画『ゲルニカ』を複製した実物大のタイル画(tichr / Shutterstock.com)

私たちの人生における創作の錬金術

Creative Alchemy in Our Lives

パブロ・ピカソ作『アヴィニョンの娘たち』のための習作

 私たちは現在、かつてなかったほど複雑で、相互につながりあった21世紀の変転の中で生きていますが、多くの人が、全体的なものとの絆を感じることや、本来の自己とつながることを求めていますし、さらには、他の人たちや自然とも真につながることを求めています。創作の錬金術の過程を使えば、日常を今よりも健全で、他の人たちとの強い絆が感じられる知的生活や精神生活に変えることができ、感情面でも心の真の満足という面でも、より豊かに生きることができます。このことから、詩人ボードレールの次の言葉を思い起こされます。「錬金術とは、蒸留によって、つかの間であるものを永遠であるものに変えることだ。」

 ピカソが人類に残した贈り物は、偉大な芸術作品だけでなく、創作の錬金術の人生を生き尽くした見習うべき実例です。1972年にピカソが、91歳の自分を描いた自画像を見ると、芸術家であり、創作の錬金術師であり、一人の人間であるピカソが、エジプトのスフィンクスのように永遠を見つめています。彼の揺るぎないまなざしは、彼の芸術と彼の人生そのものを調べなさいと私たちに挑みかけているかのようです。ピカソは、私たちひとりひとりに、あなたは自分の生活において、創作の錬金術師ですかと問いかけています。

参考文献
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Lewis, Harvey Spencer. “Modern Alchemy: the Dreams of the Ancient Mystics (1933) are Being Realised Today” Rosicrucian Digest. February. 1933.
Unger, Miles (2018) Picasso and the Painting that Shocked the World.

 ※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラのこころ」の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。

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