以下の記事は、バラ十字会日本本部の季刊雑誌『バラのこころ』の記事を、インターネット上に再掲載したものです。
※ バラ十字会は、宗教や政治のいかなる組織からも独立した歴史ある会員制の哲学団体です。

宇宙のクウィンテセンスを求めて-中世とルネッサンスの錬金術師はどのように瞑想したか(後編)
Searching for the Cosmic Quintessence: How Alchemists Meditated in the Middle Ages and Renaissance
デニス・ウィリアム・ハウク博士
By Dennis William Hauck, PhD

哲学者のアゾートというマンダラ
Azoth of the Philosophers Mandala
「哲学者のアゾート」(Azoth of the Philosophers)は、ドイツの錬金術師バシリウス・ヴァレンティヌス(Basil Valentine)が描いたとされる、瞑想のための象徴画です(脚注10)。原画が描かれたのは1400年代の初頭ですが、その後200年間はキリスト教会の目から隠され、錬金術師たちの間だけで密かに共有されていました。この象徴画を多くの人が知るようになったのは、ルネッサンスの最盛期である1659年に『哲学者のアゾート』という本がパリで出版されてからのことでした。この書物の本文は、1626年にすでに出版されていた、挿絵のない版をベースにしています。ヴァレンティヌス作とされるこの本の題名は『アゾート、すなわち哲学者たちの隠された黄金への道』(Azoth, ou le Moyen de faire l’Or cache des Philosophes)でした。
アゾートの原画が秘密にされていたのは驚くべきことではありません。この絵は、実は錬金術のマンダラ(訳注)と呼ぶべきものであり、錬金術の作業によって意識を変容させるために用いられました。意識を変容させる目的は、神聖な完全性を獲得し〈創造者〉との合一を達成することでした。こうした精神的な実践は教会の外では許されず、錬金術師の中には処刑された者もおり、その最も良く知られた例はジョルダーノ・ブルーノ(Giordano Bruno)です。私室で祈りと瞑想を行うことによって神を体験できるということを話題にしただけでも火刑に処される可能性がありました。
(訳注:マンダラ(Mandara):元々は「円板」、「円輪」を意味するサンスクリット語。調和と秩序のある体系(Cosmos)を表す図。仏教では悟りの世界を象徴するものとして修法に用いられる。)
「アゾート」という錬金術の用語が最初に用いられたのは、ゾシモス(Zosimos)、ユダヤ婦人マリア(Mary the Jewess)やジャービル・イブン・ハイヤーン(別名ゲーベル)(Jābir ibn Hayyān or Geber)が書いた古代の書物でした(脚注12)。この語は、あらゆるものを原初の状態まで戻し、そこからそれを完成した状態にする万能の変性薬を意味し、その語源は、アラビア語の水銀(al-zā’būq)です。
「アゾート」(Azoth)という言葉の最初の2文字は、当時の学者が使っていた3つの言語の最初と最後の文字に合致します。それは、ラテン語の「A」と「Z」、ギリシャ語の「アルファ」(Α)と「オメガ」(Ω)、ヘブライ語の「アレフ」(א)と「タヴ」(מ)です。つまり、「アゾート」が意味しているのは、「大いなる作業」(訳注)の始まりと終わりの両方、すなわち「作業」の始まりにある混沌とした「原初の物質」と、終わりにある完成されたエッセンス(賢者の石)の2つを同時に含み、そのどちらもコンロトールするということです。
(訳注:大いなる作業(the Great Work):錬金術の別名。)
「哲学者のアゾート」(Azoth of the Philosophers)の中央の円には、髭を生やした錬金術師の顔が描かれていますが、「作業」はここから始まります(アルファ地点)。鏡をのぞき込むように、ここに錬金術師は意識を集中し、瞑想を始めます。錬金術師は、この内省を終えると内的な作業を始め、7までの番号が割り当てられた円の中に描かれた内的な操作を、マンダラを一周するように次々と行います。瞑想の終わり(オメガ地点)で中央の円に戻ると、今度は顔の、頂点が下を向いた三角形の中の部分に意識を集中します。
錬金術師の顔に重ねられた下向きの三角形は四大元素の「水」を表す記号であり、天から降り注ぐ〈創造者〉の恵みを象徴しています。
三角形の内側は〈創造者〉の顔だと見なすことができ、この絵がはっきりと示しているのは、〈創造者〉の顔と錬金術師の顔とが、「作業」をやり遂げた時点で一つになるということです。
不幸にして、このような考え方は神への冒涜と見なされ、中世では死罪にされることもありました。ルネッサンス後期に入り、神の崇高な性質が人間にも宿っているという考え方が社会に浸透してきたときに初めて、アゾートの絵が公開されました。
アゾートの象徴記号
Symbols of the Azoth
アゾートを使った瞑想はいたって明快なものですが、前もって、そこで使われる象徴記号の複雑な配置と意味を理解しておく必要があります。上の図案に描かれているマンダラ(円形の部分)は錬金術師の身体を図式化したもので、そこから伸びた四肢は、四大元素のバランスが完璧にとれていることを意味します。両足が中央のマンダラの背後から突き出し、片方を「地」に、もう片足を「水」に着けています。そして、右手には「火」を表す松明を持ち、左手には「空気」を象徴する羽が握られています。
また錬金術師は、背景に描かれている男性的な力と女性的な力との間で、バランスを保って立っています。彼は、右手側(図の左下)の丘の上でライオンに座っている太陽の王ソル(Sol)と、左手側(図の右下)の大きな魚に座った月の女王ルナ(Luna)との神聖な結婚によって生まれた子供なのです。エメラルド・タブレットには、「その父は太陽、その母は月」と書かれています(脚注13)。
陽気で外向的な太陽の王は笏と盾を持っていますが、それは理性が支配する目に見える世界に及ぼされる権力と強さを象徴しています。しかし、彼の足下の洞窟には、王に拒絶され無意識へと追いやられた心の内容を象徴する火を吹くドラゴンが、王が傲慢になりすぎたら襲いかかってやろうと待ち構えています。
物憂げで内向的な月の女王は、大きな魚を結わえた手綱を握っていますが、これは、王を脅かしているのと同じ無意識の影響力を彼女が受け入れており、この力と女王が結びついていることを象徴しています。彼女の背後にある麦の籾殻は、彼女が豊饒と生育に関連していることを表しています。左腕に抱え持った弓と矢は、彼女が自分の存在の一部として受け入れている、心と体の傷の象徴です。なぜなら意識の女性面は、あらゆる痛みや苦しみとともに、世界をありのままに受け入れるからです。
単純な意味としては、王と女王は、人間の経験の素材となる思考と感情を表しています。錬金術師が作業で扱うのもこの2つです。太陽の王は、スピリット(訳注)の特徴である思考と意志の力を象徴しています。月の女王は、ソウル(訳注)の混沌としたエネルギーを構成する、気分や感情の影響を表します。この両者がひとつに溶け合う(結婚する)ことによって、エジプトの錬金術師たちが「心の聡明さ」と呼んだ直観が豊かに働く、意識の新たな状態が生じます。
(訳注:スピリット(spirit):スピリットは極めて多義的な語であり、バラ十字思想では通常、物質を成立させているエネルギーを指すが、この場合は、魂の男性的な面を意味する。)
(訳注:ソウル(soul):通常はソウルという語は魂そのものをさすが、この場合は魂の女性的な面を意味する。)
錬金術師の両脚の間で、ルートチャクラ(第一チャクラ:全身を支える要である尾てい骨周辺)の高さには、正方形が描かれています。またその下方にはコルプス(Corpus:「身体」を意味する)と書かれた立方体の石があります。この石を囲む5つの星は、クウィンテセンス(Quintessence)つまり第5の元素(Fifth Element)が肉体に隠されていることを表しています。エメラルド・タブレットには、「(クウィンテセンスに)備わっている本来の力は、土に変わることで完成する」と記されています。錬金術師の頭があるべき場所には、翼のついた太陽の円盤が描かれています。これは、心の錬金術(訳注)の作業を通して現れる、高められた本質(ascended essence)、つまりその人のクウィンテセンスを象徴しています。
(訳注:心の錬金術(spiritual alchemy):卑金属を貴金属にすることを目標にした錬金術が「物質の錬金術」と呼ばれたのに対して、心の卑しい性質を貴い性質に変えることを目標にした錬金術は、「心の錬金術」、「精神の錬金術」、「スピリチュアル錬金術」などと呼ばれる。)
クウィンテセンスの翼の先に触れるようにして、左側には炎に包まれた大トカゲ(salamander)がおり、右側には止まっている鳥の姿が描かれています。大トカゲの下には「アニマ」(Anima:魂の女性面)、鳥の下には「スピリタス」(Spiritus:魂の男性面)と記されています。魂の女性面の象徴である大トカゲは太陽の灼熱に引き寄せられ、魂の男性面の象徴である白い鳥は月の冷気に引き寄せられています。これは、宇宙を動かしているエネルギーが持つ根本的な二元性を図示しており、女性的な「陰」と男性的な「陽」のエネルギーの相互作用を表す陰陽思想のシンボル(大極図)と同じ意味を持っています。魂の男性面(Spiritus)と魂の女性面(Anima)と肉体(Corpus)が大きな逆三角形を形作って、中央の錬金術師の図案の背後に配置されています。これらは一体となって、創造されたあらゆる生きものの内部に秘められている三つ組の根本要素を象徴しています。錬金術師たちは、この根本要素を硫黄(Sulfur)、水銀(Mercury)、塩(Salt)と表現しました。

天体の梯子を上って
Climbing the Ladder of the Planets
アゾートのマンダラに示されている錬金術の作業をひとつひとつ進めることによって、準備作業が進行します。錬金術師の体を形作っている星形の模様は、すべての魂の中で進行している「内なるクウィンテセンス」という錬金術の秘密の過程を表しています。パラケルススは、これを「人間の中の星」(Star in Man)と呼びました。それは、「アニマ・ムンディ」(Anima Mundi)すなわち宇宙の魂の進化の過程と同じです。
土星
Saturn
「人間の中の星」からは「1」と書かれた黒色の放射が伸びており、その先端は肉体を表す石(Corpus Stone)を指しています。これは「天体の梯子」の1段目を表しており、そこに書かれている記号は鉛と土星の2つを意味します。これは「大いなる作業」を開始するときの、典型的な状態です。1本目の放射には塩を表す四角い記号も描かれていますが、これは、不完全な状態でこの世に出現した救済されていない物質から「作業」が始まることを示しています。それは、いかなる物質も完成へと導かれなければならないということさえ示している可能性があります。アゾートを巡る動きは時計回りで、天体の梯子の各段の間には一連の円が描かれ、次の段階へ進む方法、つまり現在の状況を変える方法が示されています。
これらは、錬金術の作業を示しています。
最初の円(第一の放射と第二放射の間)の中には、頭蓋骨に止まった黒いカラスが描かれており、円の外側には、「訪問する」や「旅立つ」という意味のラテン語「Visita」という語が記されています。黒いカラスは、錬金術の最初の「黒の段階」(Nigredo)の象徴であり、この段階では、変容させられる対象が、本来の成分に戻るまで分解されて浄化されます。
円の中の光景は、「焼成」(Calcination)という最初の作業を示しています。「焼成」とは、火という元素を用いて無価値なもの(dross:かす)を焼き払い、隠れている本質を露わにする作業です。「焼成」やその関連語である「石灰化する」(calcify)、「カルシウム」(calcium)などの単語は、石灰岩または骨を意味するラテン語の「calx」に由来しています。何かを焼成するとは、チョークのような灰白色になるまで燃やす、灰にする、焼き尽くすことです。第一の円に見られる頭蓋骨は、「焼成」を象徴する古典的なシンボルです。
この最初の作業が意味するのは、利己心と物質的な富への執着を打ち砕くことです。通常であれば、人は年齢を重ねるにつれて謙虚で質素になっていくのが自然な成り行きです。しかし、心の錬金術に携わる人たちは、自身に内在する傲慢さを、すぐに意図的に放棄します。この作業を進めるために、厳しい内省と自己評価という火を燃え立たせ、偽りのものすべてが排除されます。
木星
Jupiter
アゾートの星の第2の放射は王に向けられており、この作業の対象が男性的な意識であることが示されています。これは「天体の梯子」の2段目にあたり、放射に書かれている記号は、金属のスズと木星の両方を表します。
2つ目の円の中の絵は「溶解」を表しており、黒いカラスが、自分が溶け出すのをじっと見つめており、より純粋で白い部分が自身の目の前に現れます。溶けた液溜まりに反射しているのは、「魂の鳥」(Soul Bird)の白い姿であり、この作業でこの姿が露わにされます。これはまだ錬金術の「黒の段階」であり、浄化の過程が続いています。溶解の円の外側の輪には、「内部」(Interiora)と書かれており、この作業が心の最も深い部分で行われることを表しています。
「溶解」とは、意識の拒絶された部分である潜在意識に完全に没入することによって、心の中のまがいものにあたる構造を破壊することを意味します。溶解に必要な心のエネルギーは「王水」(Waters of Dissolution)と呼ばれています。それは、錬金術師の内部に夢や声、光景、奇妙な感情といった形で現れ、日常生活と並行して存在する無秩序で不合理な世界を浮き彫りにします。溶解の間、意識はコントロールを手放し、埋もれていた物質的で束縛されたエネルギーが表面化します。
Mars
火星
アゾートの第3の放射は「火」を表す松明に向けられ、鉄と火星を表す記号が書かれています。この放射にはまた、硫黄を示す小さな記号が書かれていますが、鉄は硫酸(Vitriol)の中で、硫黄と化学的に結合します。反応性の高い腐食性の液体である硫酸のことを、錬金術師たちは液体の火と呼んでいました。
3番目の円は「分離」(Separation)の作業を表しています。地に縛りつけられた黒い「魂の鳥」が2羽の白い鳥に分裂し、最初の2つの作業で取っておいた残りの部分を回収しています。これは魂の女性面と男性面の最初の結合であり、新たに獲得した高められた意識によって、取っておく価値があるものとそうでないものを識別できるようになります。この円の上には、「大地の」という意味の「Terra」という語が書かれていますが、これは、日常生活で形作られた性格の堕落したかすから抽出された、崇高な心のエッセンス(essence:精髄)を意味しています。
太陽
The Sun
アゾートの第4の放射は、図面の上部にある、炎に包まれた大トカゲに「クウィンテセンス」の右の翼が触れている部分に向いています。この放射には、黄金と太陽の両方を表す記号が書かれています。
第4の円の中には、魂の女性面と男性面を表す鳥のつがいが描かれています。この2羽は、5本の突起のついた王冠(前の作業で取り戻した第5の元素すなわちクウィンテセンス)を掲げながら地上を飛び去ろうとしています。「作業」のこの段階では、変質させようとしている物質の、最も純粋で最も真正な部分だけが容器に残っています。「結合」(Conjunction)の目的は、取っておいたこれらの要素を物質界での全く新しい姿へと組み合わせることです。エメラルド・タブレットには、この段階に関して「それを育むものは大地である」と書かれています(脚注14)。この円の上には、「修正によって」あるいは「物事を正すこと」を意味する「Rectificando」という文字が記されており、この作業を祝福するように「クウィンテセンス」(Quintessence)の翼が広がっています。
錬金術師たちはしばしば「結合」の段階のことを「太陽と月の結婚」と呼んで、世界を知り経験するための2つの正反対の方法を象徴的に表しました。この「心の中の結婚」の後に、熟練した錬金術師は、直観的な洞察力が生じることを経験します。この洞察力からは、思考や感情だけによって得られる経験よりも優れた現実の感覚が生じます。アゾートの絵に見られるように「結合」は、物質を扱う前半の3つの低位の作業から、精神を扱う後半の3つの高位の作業への転換点に相当します。

金星
Venus
アゾートの第5の放射は、クウィンテセンスの左の翼が、精神を表す止まっている鳥に触れている位置に向いています。この放射には、銅と金星を表す記号が書かれています。
5番目の円は、「あなたは発見する」を意味する「Invenies」という表題の内側にあります。ここでは「発酵」(Fermentation)という作業が行われますが、この作業からは予期せぬ謎の物質が作られます。それはアンブロシア(訳注)であり、魂の女性面と男性面の「結合」によって生じる最初の永続する固形物を表しています。円の中に描かれているのは、魂の女性面と男性面を表す2羽の鳥が木に巣を作り、卵を抱きながら神秘的な誕生が起こるのを待っている様子です。
(訳注:アンブロシア(ambrosia):ギリシャ神話に登場する神々の食べ物で、食べると不老不死が得られ、傷に塗ればたちまち治るとされる。)
「発酵」とは、「結合の子供」に新たな命を吹き込むことでその性質を完全に変化させ、まったく新しいレベルの存在へと高めることを意味します。想像力という「火」によって地上の領域を離れ、「穏やかに、絶妙な巧みさ」で、高位の情熱によってソウルを燃え立たせよと、エメラルド・タブレットは語っています。
精神的な発酵は、自然界で起こる物質的な発酵と同様に、腐敗(Putrefaction)から始まる2段階のプロセスを経ます。物質が腐ると分解が起こり、次に発酵が始まります。精神もまず腐敗すなわち堕落し、次に再生がもたらされます。錬金術師のダニエル・ストルキウス(Daniel Stolcius)は、『化学の楽園』(Chemisches Lustgaertlein、1625年)の中で、この不快な段階の重要性をこう述べています。「破壊は物質に死をもたらす。しかし魂は、生命を以前のように再生する。ただしそれは、種子が相応しい土壌で腐敗する場合に限られる。さもなければ、努力も作業も技法もすべて水泡に帰すであろう」。
この作業の流れが如実に現れているのが、ワインの醸造です。まず、ブドウを“犠牲”にして、つまり圧搾して、そのエッセンスを果汁として抽出します。やがて腐敗(一次発酵)が始まり、果汁の成分が分解されます。続いて、発酵作用を促す消化細菌の白い層が発生します。この段階では、錬金術師が「酵素」(Ferment)と呼んだ蝋状の物質や、「孔雀の尾」と呼ばれる油の膜が現れることがあります。最後に、ブドウ果汁が元々持っていた性質を新しい生命力が“征服”し、より高位の新しい存在、すなわち新しい命に置き換えられます。
こうした生じた高位の存在は、次の操作(蒸留)で解放され、正真正銘のワインのスピリット(アルコール成分)が生じます。そこには、純粋にされたブドウのエッセンス(essence:精髄)が含まれています。
このプロセスは、「結合の子」の死です。その結果、新たなレベルの存在への復活が起こります。錬金術師の絶望の闇(腐敗)からは、鮮やかな色彩の出現と意義のあるビジョン(孔雀の尾)が生じます。発酵は、熱心な祈り、神秘的な合一への欲求、トランスパーソナル・セラピー、深い瞑想など、さまざまな行為を通して達成することができます。人格の発酵は、自身を完全に超えた何かから届く、生き生きとした創造的刺激なのです。
水星
Mercury
アゾートの第6の放射は羽を指しています。羽は「空気」の象徴であり、非物質化(spiritualization)の過程を示しています。この放射は、通常は青藍色をしていますが、白色や灰白色で表わされることもあります。ここには、水銀と水星とを表す記号と、天空の原理(元素)である水銀を表す同じ記号が小さく記されています。
「蒸留」は錬金術の作業を大きく分類したときの6番目にあたります。「蒸留」を表す6番目の円の中には、バラの茂みの前の地面に横たわるユニコーンが描かれています。伝説によれば、ユニコーンは追われると息も切らさず逃げ続けるのですが、処女が近づくとおとなしく地面に横たわるとされています。処女とは、手元に残った不純物が除かれた物質のことで、罪のない可能性にあふれた状態に戻ったことを表します。円の外側には「Occultum」と書かれていますが、これは「秘密」もしくは「隠されたもの」を意味します。この段階の初期には、抽出すべきエッセンス(essence:精髄)は目に見えないからです。
「蒸留」は、錬金術全体の鍵を握る重要な段階で、揮発性のエッセンスを物質という「牢獄」から解き放ち、精製された形に凝縮させる作業です。蒸留を繰り返すと、錬金術師が「石の母」と呼んだ、極めて高濃度の溶液が生成されます。蒸留法の一種である「昇華」では、蒸気が蒸留器の上部で一気に粉末状の固体に凝縮し、そこに「固定された」まま残ります。エメラルド・タブレットには蒸留についてこう書かれています。「それは、地上から天に昇り、再び地上に降りる」(脚注16)。
人間の心に関して言えば、蒸留とは、肥大化したエゴや奥深く隠れたイド(訳注)から生じた不純な要素を、サイキックな力によって揺り動かして純粋な要素に変質させることにあたります。蒸留が必要とされるのは、不純な要素が次の最終段階に混入しないようにするためです。個人が行う心の蒸留の作業には、感傷や感情から自分を解き放ち、自分自身を規定している特徴さえそぎ落として、心の内容を可能な限り最高のレベルに引き上げるさまざまな内省のテクニックからなります。蒸留は、これから出現する〈自己〉(Self)、すなわち人間の真の姿、あるいは人間がそうあるべき姿から不純な要素を取り除く作業です。社会における蒸留は、科学的で客観的な実験作業という形で現われます。
(訳注:イド(id):フロイドが提唱した精神分析の用語。本能的衝動(リビドー)の貯蔵庫で、快楽原則に従って働く。)
月
The Moon
アゾートの第7の放射は女王の領域を指しており、銀と月の両方を表す記号が書かれています。男性的な意識の変容は、ソウルの女性的な面において起こるのです。
7つ目の円には、開いた墓から顔を出す両性具有の若者が描かれており、その隣の外輪にラテン語で「石」を意味する「Lapidem」という文字が記されています。この語が表しているのは凝結(Coagulation)の作業であり、この作業では「結合」の過程から生じた「子供」が発酵したものと、「蒸留」の過程で放出された「非物質的なもの」が一体になります。魂の再生は、肉体と魂の最も純粋なエッセンスを、瞑想の光の中で一緒にすることによってだけなし遂げることができます。つまり凝結とは、魂の「究極の物質」(Ultima Materia)に姿を与え放出することであり、エメラルド・タブレットでは「全宇宙の栄光」と描写されています。この段階で、錬金術師たちは自分たちが「新しい」、すなわち再生された「塩」(Salt)を扱っていることを感じ取りました。
心の錬金術では、凝結はまず、すべてを超えた新たな自信として感じられます。また、人によっては、黄金と混じり合った光でできた第二の体として体験する人もいます。この体は、最も高貴な願望と進化を遂げた心を具体的に表現する意識の永遠の乗り物にあたります。
「凝結」は、魂の「究極の物質」(Ultima mateira)に姿を与えて放出することです。パラケルススはこの物質を「アストラル体」(Astral Body)と名付け、錬金術師たちは、「賢者の石」(Philosopher’s Stone)と呼びました。錬金術師は、この魔法の石を使えば、実在のすべてのレベルで活動できると考えました。
アゾートの絵には、この図柄についての深い思索を通してでなければ解明できない、より深い秘密が含まれています。このマンダラには7つの作業しか描かれていませんが、そこにはさらに8番目の段階が隠されているのです。その秘密は、作業に対応する円が8つあるにもかかわらず、放射が7本しか描かれていないという点に示されています。
また、この絵には1つ問題点があります。それは「天体の梯子」における天体の順序です。金星と太陽の位置が入れ替わっているため、錬金術師の絵の左側にある惑星の正しい順序が乱れ、そこまでの段階との論理的な整合性を欠いています。この点については、以下の瞑想で詳しく説明します。
アゾートの瞑想
The Azoth Meditation
マンダラの中心に描かれた顔をまっすぐ見つめながら、リラックスして意識を開放的な状態にすることから瞑想を始めます。錬金術師の多くは、この内省のプロセスを容易にするために、中央の錬金術師の顔を小さな円い鏡に置き換えました。次に、マンダラの中心を見つめたまま、王と女王や魂の男性面と女性面などが含まれている、周りに描かれている錬金術のイメージのすべてにも注意を払います。ゆっくりと直観を働かせながら、意味を把握する力とインスピレーションを得る力が高まっていく感覚を味わってください。こうして錬金術の作業を巡るあなたの旅が始まります。
最初に、ひとつひとつの放射を順番に見て行きます。「焼成」を表す黒い放射から始めます。この放射の上にある記号と、放射が「人間の内なる星」(Star in Man)のどこに位置しているかをよく観察してください。次に時計回りに、そこで行われる作業を説明した円に注意を移して行きます。描かれている光景を見ながら、あなたがその場にいて、描かれている光景を実際に見ている感覚を味わってください。こうしてマンダラを一周し、最後の操作である「凝結」に達すると、そこには両性具有の若者が墓場から出現する様子が描かれています。以上が、マンダラを使った瞑想で、あなたが錬金術師たちと同じことを行うためのヒントです。
ではここで、背筋を少し伸ばして、やや傍観者の立場になってください。つまり、この絵の全体をじっと見て、先ほどまであなたがなりきっていた「塩漬けの人間」の状態から抜け出してください。言葉を変えると、あなたがこの瞑想で、自身の意識をうずめていた平らな四角い絵という死の墓場から自分を解放するのです。あなたの注意に自由を与え、それが勝手に働くようにすると、視点はどこに向かうでしょうか。ほとんどの場合、視線は立方体の石を指している1の位置にある黒い矢印に引き寄せられることでしょう。これは、作業の開始時にある「塩」すなわち純化されていない物質であり、同時に作業の終わりにある新しい「塩」すなわち「石」でもあります。
この「8番目の」矢印の意味についてさらに瞑想を深めると、この矢印のまっすぐ上にある「結合」(Conjunction)を表す王冠が描かれた円にたどり着きます。これは、大地の力を借りて、新しい「塩」を目に見える物質として出現させるための作業です。同時にそれは、「下なるもの」(地)と「上なるもの」(天)の分岐点でもあります。つまり、隠された第8段階の作業とは、「結合」であり、それは「大いなる作業」の始まりであると同時に終わりです。このことを深く実感した錬金術師の中には、作業の手順全体を実際に変更して、変容の最終段階を7番ではなく黄金と太陽の記号が示す4番の放射で表す人もいました。バジル・ヴァレンタイン(Basil Valentine)が自著『哲学者のアゾート』(Azoth des Philosophes、1659年)に掲載した図版をもとに描かれたすべての図版では、「凝結」の矢印ではなく、「結合」の矢印の中に太陽と黄金が描かれています。
これは、「オクターブの法則」(Law of the Octaves)と呼ばれる、古代錬金術の原理の重要性を決定的に裏付けています。1音階に7つある音のうちの第1音が、より高い振動レベルで第8音として繰り返されるのと同じく、錬金術の7つの操作は、高い意識の周波数で物質の領域の操作を繰り返すのです。
別の言い方をすれば、錬金術の目標は、あらゆるアブラハム宗教のように精神の領域に留まるのではなく、仏教や道教の教義のように、その目標は、精神の領域で浄化され、次に、精神の領域の種子にあたる大地へと戻ることです。錬金術という「大いなる作業」は、エメラルド・タブレットに書かれているように、「宇宙全体を神聖なものにすること」に他なりません。それは、物質中に精神を凝結することであり、「宇宙のクウィンテセンス」(Cosmic Quintessence)の完全な目覚め、つまり物質に捕らえられている人類の真の人間らしさを担っている、隠された光と意識が放つ輝きの目覚めなのです。それが達成されるためには、2度目の「結合」という、魂の女性面と男性面の間の聖なる結婚による以外にはありません。この結婚は、現実の世界においては物質という十字の上で行われることになります。
本稿で検討した2つの瞑想法を含め、錬金術の瞑想の大部分では、第1段階として身近にある材料、つまり瞑想する人が抱え持っている古い自己やエゴを投げ捨てます。この作業は、錬金術師が「焼成」と「溶解」と呼んだ作業で、それぞれ、火と水の要素を用いて、日常的な思考や基本的な感情に働きかけることによってなし遂げられます。
第2段階では、五感から入ってくる感覚を減らし、日常的な関心事から意識を遠ざけるようにすることで、瞑想者が二元性を超越して男女両方の性質を備えた「自己」に目覚めるようにします。これは、「分離」と「結合」の作業において、高度な知性と洗練された感情(愛と慈悲)を働かせることでなし遂げられます。この2つの作業では、それぞれ、「空気」と「土」という元素が用いられ、内面に存在する正反対の要素が水平に(horizontal:対等に)一体化されます。この一体化(結婚)によって「小さな方の作業」(Lesser Work)が完了し、錬金術師個人の魂の女性面と男性面が一体になって、「哲学者の子」あるいは個人の「クウィンテセンス」という、高次の意識状態が誕生します。
第3段階は「大いなる作業」であり、この作業は浄化された意識という崇高な領域で行われ、「上なるもの」と「下なるもの」の垂直方向の一体化が追求されます。この作業では、錬金術師の統一された意識によって、エネルギーの微妙な変換が行われます。先ほど述べたように、この過程は「エメラルド・タブレット」に極めて的確に表現されています。
「ていねいに、極めて巧妙に「土」を「火」から切り離せ。土は地上から天上へと昇り、再び地上へと降り、それにより「上なるもの」の力と「下なるもの」の力が自らの中で結合する。そのようにして、あなたは全宇宙の栄光を手に入れ、すべてのあいまいなものが、あなたには明らかになる。これこそがあらゆる力の中で最も偉大な力である。なぜならそれは、すべての「精妙な」(Subtle)ものに打ち勝ち、すべての「堅固な」(Solid)ものを貫くからである。」
この段階の作業では、もはや四大元素ではなく、原初の創造の力、つまり哲学者の水銀、硫黄、塩という三原質(Tria Prima)が扱われることになります。それは「発酵」と「蒸留」という作業にあたり、それぞれには水銀と硫黄が用いられ、純粋にされた精神の光(真の想像力)と最高の「客観的意識」が出現します。
最終作業である「凝結」は、個人の「クウィンテセンス」と宇宙の「クウィンテセンス」との合一であり、それは〈至高なる者〉の恩恵だけによって果たされます。新たに生じた「塩」は、凝結した場合には、より高い周波数、すなわちより高いオクターブにおける第2の肉体であると見なされます。それは、バラ十字の中央という地点での黄金の再生であり、この地点では、水平方向と垂直方向の合一が起こり、すべてが一つになります。
「祈り、作業しろ」(Ora et Labora)という言葉は、錬金術師のためだけのモットーではありませんでした。それは、内面の世界と外側の世界を統合し、現代の文化や科学が発見できずにいる現実の新しい側面を開くための秘訣を表す言葉だったのです。錬金術師たちにとって、これは単なる精神面にとどまるものではなく、精神と物質との比類なき結婚であり、肉体的な変容と精神的な変容の源でした。
脚注
10. これらの文章と挿絵の作者は、バシリウス・ヴァレンティヌスという人物ではないと、現在では多くの人が考えている。真の作者は1400年代初頭の人物であり、おそらく教会からの迫害を避けるために自身の著作を匿名にしたのだと思われる。
歴史家ジョン・マクスン・スティルマン(John Maxson Stillman)によると、1600年以前の公的記録や教会の記録には「バシリウス・ヴァレンティヌス」という名前は存在せず、彼を描いたとされている肖像画でさえ17世紀に製作されものである。
18世紀の学者たちの研究によると、ドイツの錬金術師であるヨハン・トールデ(1565-1624)が、古い塩鉱山の中に隠された、5作の匿名の原稿を発見し、「バシリウス・ヴァレンティヌス」というペンネームで発表した。その後、他の著作家たちも、自分の作品を伝説のヴァレンティヌスの作として発表するようになった。
11. ジョルダーノ・ブルーノは、1600年2月17日に火刑に処された。1548年にイタリアで生まれた彼は、哲学、数学、自然科学について、大きな影響を及ぼした多くの本を書き、学者としての尊敬を集めた。彼は錬金術を実践し、ヘルメス学の教えを世界の唯一の真の哲学として信奉していた。
彼はヘルメス学の哲学者たちについてこう述べている。「かの賢者たちは知っていた、万物に神が宿っていることを。そして、神の性質が自然の中に潜んでおり、対象物に応じてそれぞれの働きと光を与え、多様な物理的形態を通して、神の命と精神のために役立てることに成功している」。ブルーノは、ヘルメス学とエメラルド・タブレットの原理について、ヨーロッパ各地で公開講義を行った。彼は、無限の「唯一の精神」が万物の源であり、したがって、「唯一の精神」は万物の中に存在していると考えた。この点が、彼の数々の異端とされた行動の中でも最も教会を恐れさせた点である。彼は、教会の権威に頼らずとも、祈りと瞑想を通して神の心と人間の心がひとつになれると考えていた。
ブルーノは、思想の自由を激しく主張し、他の人々の心を支配しようとする者には我慢がならなかった。彼はこう叫んだ。「世の愚か者たちが、宗教、式典、おきて、信仰、まがいものの生活規則を作ってきた。愚者の中でも最たるものは、まったく何も理解していないのに、空理空論の世界に永久に閉じこもっている学者どもである」。
12. Theodor Abt-Baechi, Corpus Alchemicum Arabicum II.2 The Book of Pictures-Mushaf as-suwar by Zosimos of Panopolis (Berlin: Daimon Verlag, 2012); Raphael Patai, The Jewish Alchemists: A History and Source Book (Princeton: Princeton University Press, 2012); Syed Normanul Haq, Names, Natures and Things: The Alchemists Jabir ibn Hayyan and his Kitab al-Ahjar (Dordrecht, Germany: Kluwer Academic Publishers, 1994).
13. Dennis William Hauck, The Emerald Tablet: Alchemy for Personal Transformation (New York: Penguin Arcana, 1999), 45.
14. Ibid.
15. Ibid.
16. Ibid.
17. Ibid.
参考文献
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