こんにちは。バラ十字会の本庄です。今回は、当会の公認インストラクターであり私の友人の森さんが、なかなか「議論のある」本についての文書を寄稿してくださいました。
それは『スローターハウス5』という題のSF小説です。1969年の初版の発行以来、現在に至るまで、米国で生徒に悪影響を与えるという理由で図書館や学校からの排除を求める訴訟が何度も起こされています。
1972年には映画化がされ、カンヌ国際映画賞やヒューゴ賞など、数々の賞を取っています。
『スローターハウス5』
(Slaughterhouse-Five, or The Children’s Crusade: A Duty-Dance With Death) -カート・ヴォネガット・ジュニア著
文芸作品を神秘学的に読み解く42
検眼医ビリー・ピルグリムとドレスデンの爆撃
これはビリー・ピルグリムの一生を述べた小説です。彼は1922年に理容師の一人息子としてニューヨーク州イリアム(という架空の町)で生まれ、子供たちが成人してからは退屈で何の問題もない結婚生活を送っている検眼医です。
彼は上の下の成績でイリアム高校を卒業し、検眼医になるための学生でしたが、第二次世界大戦中に徴兵され、「バルジの戦い」の時にサウスカロライナの基地からルクセンブルクの最前線に移送されました。彼は従軍牧師助手でした。
そして周りに迷惑をかけながらなんとなく生き残って捕虜になった彼は、ドイツのドレスデンに送られ、「Schlachthof Fünf」(シュラハトホーフ=フュンフ)と呼ばれる古い屠殺場に監禁されます。ここにいたおかげで彼は「ドレスデンの爆撃」から生き延びることができました。ここの英語名が作品のタイトルになりました。
戦争からの帰還、PTSDと暗殺
帰還した彼は今で言うPTSDの症状により入院し治療を受けます。退院後、新たに検眼医の学校に入り、校長の娘と結婚し、ビジネスで成功し裕福な家庭を築きます。
有名になった彼が野球場で演説中、戦争中のいざこざを根に持ち続けた元兵隊仲間のポール・ラザーロから依頼された暗殺者によって射殺されます。ラザーロは、復讐は「人生で最も甘美なこと」であると言い募(つの)ります。
タイムスリップとトラルファマドール星人
しかしながらビリー・ピルグリムには2つの特異なことがあります。1つは、彼は時空をランダムに行き来するのです。それも彼の意思とは関係なしに。
ですから彼は自分が死ぬ状況も、瀕死の事故に遭っても助かることも知っています。彼が何度も戦時中にタイムスリップすることで、彼がいかに戦闘において役立たずか、いかに兵隊仲間の足を引っ張ったかを読者は知ることになります。
彼の特異なことの2つめは、彼は娘バーバラの結婚式の夜に、トラルファマドール星人に拉致され、空飛ぶ円盤に乗せられ何光年も離れたトラルファマドール星に連れて行かれ、その星の動物園で、ドーム型になった檻にポルノ女優のモンタナ・ワイルドハックと入れられ見世物にされるのです。
トラルファマドール星人は時空連続体のすべての点を同時に観察し、四次元を見ることができると説明されます。彼らは普遍的に運命論的な世界観を採用しています。つまり、彼らにとって死は何の意味も持たず、死について聞いたときの共通の反応は“So it goes”(まあそういうことだ)というものです。そのため作中で生き物の死や物質の崩壊が述べられると必ず「まあそういうことだ」と付け加えられます。
時空の超越、全知とニヒリズム
「トラルファマドールで私が学んだ最も重要なことは、人は死ぬように見えるだけです。その人はまだ過去にも生きています。 過去、現在、未来のすべての瞬間は、これまでも存在し、これからも存在します。トラルファマドール星人はすべてを見ることができます。」とビリー・ピルグリムは述べています。
また、彼はトラルファマドール星人に戦争のない世界を実現する方法をたずねます。「このトラルファマドール星も今日は平和だ。だがお前がこれまで見たり読んだりした戦争と同じくらい恐ろしい戦争が行われる日々もある。 私たちにはそれに対してできることは何もないので、ただ見ないだけだ。私たちはそれを無視する。私たちは楽しい瞬間を永遠に眺めながら過ごすんだ。素敵な瞬間じゃないか?」というのが答えです。
ビリー・ピルグリムが除隊後入院した病室の隣のベッドには、エリオット・ローズウォーターという元大尉がおり、ビリー・ピルグリムにギルゴア・トラウトというSF作家の諸作品を紹介しました。ビリー・ピルグリムはその作品群を夢中になって読みあさりました。それらの作品にはトラルファマドール星人にそっくりの宇宙人が登場します。
ビリー・ピルグリムは、なぜ宗教が戦争を止められないのかもギルゴア・トラウトの作品によって諭されます。カート・ヴォネガット・ジュニアが本作の主人公を「巡礼者」を意味する「ピルグリム」という名前にしたのもさもありなんでしょう。そして副題は子供を奴隷扱いしたという『子供十字軍』:『死との義務的ダンス』と付けられました。
「この物語には明確な性格を持つ登場人物はほとんどいませんし、劇的な対決もほとんどありません。なぜなら、この物語に登場する人々の大部分は非常に病んでいて、巨大な力に弄ばれる無気力な遊び道具だからです。結局のところ、戦争の主な影響の1つは、人々から人間らしい性格を奪い取ってしまうことです。」と文中のナレーター、つまり作者は述べています。
そうです、この作品にヒーローはいないのです。主人公のビリー・ピルグリムは戦争映画の英雄とは真逆の存在です。いかなる反戦思想家よりもアンチ戦争者です。ですからお為ごかしの正義漢は隅に追いやられます。独裁者や暴君、安っぽいヒロイズムも出る幕はありません。パロディにされるだけです。個人崇拝も否定されます。これらはトラルファマドール星人からビリー・ピルグリムが教えられた思想に基づいています。トラルファマドール的哲学を広めることで彼はアメリカで有名になります。
トラルファマドールの哲学とタイムズスクエアの電光掲示板
ビリー・ピルグリムが逃げ出してニューヨークのタイムズスクエアで見る電光掲示板に映し出されるニュースは、「どれも権力とスポーツと怒りと死に関するものばかり」でした。まあそういうことです。
BGMには作中よりJSバッハ編曲『われらが神は堅き砦』。それとThe Stranglersの“No More Heroes”を。この曲はヒーローたちの末路を憂いています。さらに“David Bowie”のHeroesも。この曲は「僕たちなら一日だけヒーローになれる」と歌われます、僕たちが恋人同士ならと。
再び本庄です。
補足ですが、この小説の一部は、作者ボネガットの実体験が元になっています。主人公のビリー・ピルグリムではなく彼自身がドイツ軍の捕虜として、1945年にドレスデンで行われた連合国の爆撃に遭遇しています。
この爆撃は凄惨なもので、東京大空襲と同じように火災旋風が生じています。しかしボネガットは、臨時の捕虜収容所として使われていた屠畜場(スローターハウス)の地下にあった生肉貯蔵所に監禁されていたために助かったということです。
作者が、主人公に「ピルグリム」(巡礼者)という名前を付けていることからは、ユネスコ精神の生みの親と呼ばれるチェコの作家コメニウス(ヤン・アーモス・コメンスキー)の小説『地上の迷宮』(Labyrinth of the world)が思い起こされます。
『地上の迷宮』はチェコ文学の最高傑作の一つとされていますが、この小説にはコメニウスがバラ十字思想に深い関心を抱いていたことがよく表れています。
記事:『マララ・ユスフザイさんとコメニウス』
冒頭でご紹介した『スローターハウス5』の禁書問題ですが、生徒が本を読む権利を明確に認めた画期的な判決を、1982年に米国連邦最高裁判所が出しているとのことです。
下記は前回の森さんの記事です。
記事:『仁和寺の老僧の失策』(「徒然草」52段より)-文芸作品を神秘学的に読み解く41
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第2号:人間にある2つの性質とバラ十字の象徴、あなたに伝えられる知識はどのように蓄積されたか
第3号:学習の4つの課程とその詳細な内容、古代の神秘学派、当会の研究陣について
執筆者プロフィール
森 和久
1958年4月15日生まれ。札幌市在住。バラ十字会日本本部AMORC理事、公認インストラクター。 国内、国外の文学作品の解釈を通して、神秘学(mysticism:神秘哲学)の実践について紹介している。
本庄 敦
1960年6月17日生まれ。バラ十字会AMORC日本本部代表。東京大学教養学部卒。
スピリチュアリティに関する科学的な情報の発信と神秘学の普及に尽力している。
詳しいプロフィールはこちら↓
https://www.amorc.jp/profile/