投稿日: 2023/11/09
最終更新日: 2023/11/10

人間、歳を重ねて来ると自分の人生を見直し、やり残したことはないだろうかと思ったりするものです。

兼好法師が鎌倉時代末期(1330年代初め)に著した『徒然草』には、彼が見聞きしたり、思い巡らしたりしたことが収められています。

「つれづれ」とはすることがなくて、退屈な様と言うことですが、「とぜん」と呼んで、特に近現代では、伝わった東北地方に定着し、方言として淋しい様をも表します。

そのようなタイトルを付けられた『徒然草』全243段の中から、前記のテーマに合った第52段「仁和寺にある法師」を取り上げてみたいと思います。

仁和寺(京都市)の五重塔と紅葉
仁和寺(京都市)の五重塔と紅葉

第52段のあらすじを見てみましょう。

「仁和寺のある法師が石清水八幡宮に参詣しないまま歳を取ってしまったのを情けなく思い、ある時、思い立って、たった一人徒歩で参拝したと言うことだ。」

「(麓の)極楽寺や高良神社などを拝み、これで済んだと思い込み帰って来たのだった。」

「その後、同輩に向かって、『長年気に掛けていたことをやっと果たすことが出来ました。聞きしに勝る尊さでおいでなさった。それにしても、参詣の人たちの誰もが皆、山へ登って行ったのは何があったのでしょうか? 知りたいとは思いましたが、石清水の神社参拝という本来の目的を損なってはいけないので、山までは見ずに帰って来ました。』と言ったそうである。」というストーリーです。

全くの見当違いの言動です。このようなわけでこの法師は嘲笑にさらされたという落ちになっているのです。

この後、兼好は『すこしのことにも、先達(せんだち)はあらまほしき事なり。』と述べて、この段を締めくくっています。この部分は後に言及することにしまして、まずこの仁和寺の法師の人となりを見てみましょう。

つれづれなるままに、ひぐらしすずりにむかひて、こころにうつりゆく、よしなしごとを(色紙)
『徒然草』の冒頭(序)

仁和寺は京都にある真言宗の大本山で、光孝天皇により888年に建立され、皇室出身者が代々住職となり、最高の格式ある寺でした。

我らが法師は、その寺で信仰一筋に長年修行を積み、仏門に生涯を捧げて老齢に達しました。

それが彼の一途な生き方なのですが、反面、頑固でもあります。

そんな彼ですから、当時一般的には乗り合い舟を利用するところをたった一人で、徒歩で一心に石清水を目指したわけです。

彼にとって石清水行きは、観光や物見遊山では無く、信仰の一環だったのです。ですから当然一人で脇目も振らず徒歩で向かって、同じように徒歩ですぐさま戻ったのです。

舟などを使って安易に楽をしてしまうなど、もっての外です。

この法師の人物像が浮かび上がったことでしょう。彼は自分の信心の深さを誇るように、『神へ参るこそ本意なれと思ひて、山までは見ず』と、関係ないと思った山に上るのは冒涜行為であるかのように自慢げに述べています。

それで同輩たちはあからさまに彼の失敗を指摘することなく、陰で揶揄(やゆ)して冷笑したのでしょう。

信仰の篤さは度を超すと、独善や盲信となってしまいます。さらには狂信となってしまうかも知れません。

吉田 兼好(菊池容斎画)
吉田 兼好(菊池容斎画)、Public domain, via Wikimedia Commons

では、本文最後を見てみましょう。「すこしのことにも、先達はあらまほしき事なり」。これについてよく見受ける説明は、「些細なことでも先達(先導者・案内役)はあった方が良い」となされています。

しかし、ストーリーを素直に読み取れば判るとおり、先導者も案内役も必要ではありません。道行く誰かに、「山の上に何があるのですか?」と尋ねるだけで、「山の上には本殿があるのですよ」と答えてくれるはずです。

つまり傲慢で狭量な彼はそれすら出来なかったのです。ですからこの最後の文は、「どのような小さいことにでも指導者が必要である」ということを翻って意味を見いだすことが出来ます。

つまり、「どんなに些細なことにでも教えられることがある、どんな時でも学ぼうとする謙虚な気持ちが大切である。」ということです。

年齢を重ねると自分のやり方を変えられない、自分の誤りや他人の考えを受け入れられない人間に陥りがちです。

従五位下まで出世しながら出家し清貧暮らしに徹した兼好は、仁和寺の老僧を取り上げて、偏狭になるな、謙虚であれと諭しているのです。

区切り

筆者紹介:

森和久のポートレート
森 和久

バラ十字会日本本部AMORC 理事、公認インストラクター

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