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シャドウとひとつになる

2020年2月7日


 

【免責事項】以下の内容は執筆者個人の感想であり、すべての方に同様の効果を保証するものではありません。

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

今まで暖冬でしたが、冬の後半にとうとう強い寒波が来たようです。東京も、昨日は強い風が吹きました。ずいぶんと寒くなっています。

いかがお過ごしでしょうか。

 

さて、次のような言葉があります。

「ある人間を憎むとすると、そのときのわたしたちは、自分自身の中に巣くっている何かを、その人間の像の中で憎んでいるわけだ。自分自身の中にないものなんか、わたしたちを興奮させないもの。」

これは、ドイツ生まれでスイスで活躍した作家ヘルマン・ヘッセの『デミアン』という小説の中のセリフです。

子供とその夢を表わす影絵

 

一体何のことを言っているのでしょうか。ピンとくるでしょうか。

今回はこのことをご説明させていただきたいと思います。

 

たとえばですが、あなたの知人に、何かにつけて他の人のことを批判する人がいたとします。

その人は、職場の同僚についてもこいつは駄目だとか、あいつは意気地なしだとか、テレビのニュースで見た政治家についても、何でこんな人間が高い地位に就いているのかとか、常にネガティブな意見ばかりを口にしているとします。

多くの人がこのような人のことを、親しくなるのが難しい、付き合いづらい人だと感じることでしょう。このような感想はごく普通の正常なことです。

 

しかし、その人と親しいわけでもなく、仕事でも深い関わりがなく、無視していれば特に何の実害もないのに、その人の声をちょっと聞いただけで鳥肌が立つとか、極端な場合には思わず殴りたくなってしまうというように、感じ方がかなり過激だったとします。

 

スイスの心理学者ユングの説によれば、このような場合の多くにはシャドウ(影)ということが関係しています。

聞き慣れない言葉でしょうが、シャドウとは、ある人が向き合うことを拒絶した自分自身の否定的な側面です。

禅寺の庭、黒い石と白い石

 

一例ですが、ある人が勇敢さを極端に尊重するような、たとえば、開拓時代のアメリカの西部(私は映画でしか知りませんが)のような社会で育ったとします。そして自分には、身の危険にさらされるととたんにおびえて何もできなくなってしまうような臆病な傾向があると感じたとします。

このような感情と向き合うことがとても苦しい場合、その人は自分の臆病である部分を否定して、心の奥にしまい込んでしまうことがあります。心のこの働きは「抑圧」と言われます。

 

すると、不思議なことが起こります。その人は、自分の周囲にいる人たちの臆病さがとても気に触るようになり、ひどい場合には、それらの人たちをひどく見くだすようになります。これは、存在を認めることを拒んだ自身の一部の代わりに、他の人の似た部分を否定的に感じることによって起ります。心理学でこの現象は「投影」と呼ばれています。

 

心の奥にしまい込んで存在しないことにした自己の一部は、シャドウ(影)と呼ばれます。そして抑圧の段階が進むと、シャドウは完全に無意識に押し込まれて、勇敢さが気になっていたということさえ忘れ去られます。しかしシャドウは無くなるわけではなく、たとえば夢の中に象徴的な形で現れたりします。

 

シャドウには、この例とは対照的な影響を及ぼすもの、つまり他の人に対する好意につながるものもあります。米国の心理学者ケン・ウィルバーは、『Integral Life Practice』という本の中で、とても勉強好きだった女性の例を紹介しています。

現在の日本の状況では想像することがやや難しいかもしれませんが、彼女は、知識が豊かで知性的である自分が女性として魅力的ではないと感じ、それを抑圧してしまします。

そして、ある大学の物理学の教授と知り合い、恋に落ちます。そして、自分に対しては拒絶した誇りを彼に“投影”します。彼女の教授に対する崇拝は度を超えたものになり、とうとう彼女には、彼の近くにいるときにだけ緊張のあまりまったく声が出なくなるということが起きます。

 

シャドウとの心の中での戦いのことを、ケン・ウィルバーは冗談めかして「シャドー・ボクシング」と呼んでいます。結局のところ、自分が自分と戦っているということと、シャドウを無意識の中に押し込み続けていることにはエネルギーが必要であり、本来使えるはずの心のエネルギーが消費されて足りなくなってしまうことを表した比喩です。

気づかれなくなったシャドウを意識化して自身に統合することが、自己実現のためにも人間的な成長のためにも極めて重要であると、スイスの心理学者ユングは述べています。

クエスチョンマークの形の鍵穴と人の手が持つ鍵

 

シャドウを作り出して抱え込んでしまったり、他の人に自分の欠点を投影したりしてしまうことは珍しいことなのでしょうか。

どうやらそうではないようなのです。瞑想を習慣にしたり夢日記を付けたりするなどして、自分の心を常に観察している人の多くは、心の中にシャドウという破片がたくさん散らかっていることを実感しています。

 

シャドウを意識化して自身に統合するというと、とてもおおごとに聞こえるのですが、実は簡単になし遂げられる場合も多くあります。

私がある専門家から教えてもらった方法をご紹介します。

(この方法は、心理的にかなりの負担になることが時としてあるので、車の運転や、高所作業などの危険を伴う可能性のある仕事の前には行わないでください。また、心に不安定な傾向を抱えている方は、専門家の指導のもとに行ってください。)

1.椅子を二脚用意し、2メートルほど離して向かい合わせに置き、その一方に自分が座ります。あるいはそのようにしたところを心の中で思い浮かべます。

2.実生活で自分の心をひどくかき乱す人、もしくは自分の心を異常に惹きつける人、もしくは夢の中に出てきて、“意味深長”に感じられる人や物を選びます。

3.心の中でまず、その人や物を詳しく観察します。

4.空いているもうひとつの椅子に、選んだ人が座っているところか、選んだ物が置かれているところを思い浮かべます。

5.心の中で、その人や物に話しかけます。「あなたは誰ですか」。「何で**をしているのですか」などです。そして、どのような答えが返ってくるかを想像します。

6.最後に、椅子から立ち上がって、選んだ人や物に重なるようにもうひとつの椅子に座って(あるいはそのように思い浮かべて)、その人や物に自分がなりきります。

 

たとえば一例ですが、私は夢の中で「金色に輝くホルンを持ったタヌキ」を見たことがあります。目が覚めたとき、これは何を意味するのだろうと実にいぶかしく感じました。

そこで、そのタヌキの姿をはっきりと思い出した後に、向かい合わせになった椅子に座った想像上のタヌキに尋ねました。

あなたは誰ですか。

「タヌキです」

なぜホルンを持っているのですか。

「吹くためです」

なぜホルンを吹くのですか。

「誇らしいからです」

 

すると、あることをはっと思い出しました。

大学生のときに私はサクソフォンを練習して、軽音楽同好会の合宿に参加したことがあります。その合宿の最後の発表会で同期の友人がトランペットを吹いたのです。

それはハーブ・アルパートの『ライズ』という曲でした。聴いたことのある皆さんもいらっしゃることでしょう。トランペットの生の音は常に感動的ですが、それは実に素晴らしい演奏で、終わったときに周囲を見回すと、その場にいた多くの女性が涙を流していました。

今まで気づいていなかったのですが、私はその友人に嫉妬していたのでしょう。

トランペットを演奏する青年

 

なぜ楽器がホルンなのかなど、分からないこともまだあるのですが、このタヌキはおそらく、友人への嫉妬を抑圧した結果生じたシャドウの象徴だったわけです。

 

私は最後に、心の中でこのタヌキになりきって、誇らかにホルンを吹きました。

それは、奇妙ですが爽やかな体験でしたし、何か少しだけ心が自由になった気がしました。

 

以上、個人的なちょっとした経験ですが、皆さんのご参考になればと思います。

 

さて、多くの人が、幸せで充実した生活を過ごすだけでなく内面的に成長することを望んでいます。

このような場合に、漠然と望んでいるだけではなく、今回ご紹介した方法はその一例ですが、それを実現するためのテクニックを知って実践するのは有意義なことです。

バラ十字会の通信講座では、それらのテクニックのことを心の錬金術(mental alchemy)と呼んでいます。なぜならこのようなテクニックは、広い意味で言えば、心の卑しい短所を貴い長所に変容させるための方法にあたるからです。

 

では、今日はこのあたりで。

また、よろしくお付き合いください。

 

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