投稿日: 2023/07/07

こんにちは、バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

今日は七夕ですね。皆さんの願いは何でしょうか。東京板橋は暑い一日になっています。

いかがお過ごしでしょうか。

さて、見慣れた状況から脱出して、新しいどこかに達するためには、何か門のようなものを通過しなければならないという考え方があります。この考え方はごく自然なものに思われますし、実際に、新しいものではなく古代からあります。

ご存じの通りギリシャ神話のヘラクレスは、あらゆる乱暴者の中でも最も乱暴な勇者でした。彼はあるとき、西の海のかなた、落日の光の中にある島にいる牛を、ミュケーナイ(現在のギリシャにあった超古代国家)の王のもとに連れてくるように命じられます。

西の海に出るためにはアトラス山を超えなければなりません。そこでヘラクレスは山に登る代わりに、こん棒によってこの山を打ち砕きます。消えてなくなった山の両側には2つの柱が残ったとされ、ヘラクレスの柱と呼ばれています。

ヘラクレスの柱

アトラスは元々巨人族タイタンのリーダーだったのですが、神々の間の争いに負けて山に変えられ、天空を支える役割を果たすようになりました。乱暴者ヘラクレスのせいで、なぜ天空が落ちてこなかったのかは、神話では説明されていません。

古代ギリシャの哲学者プラトンは、2つの対話篇「ティマイオス」と「クリティアス」で、失われた理想郷アトランティスについて書いており、アトランティスはヘラクレスの柱の向こう側、つまりオーケアノス(大西洋)にあるとされています。アトランティスはアトラスの女性形が語源で、アトラスの娘を意味するとされます。

この絵を見てください。これは、フランシス・ベーコンが書いた「ノヴム・オルガヌム」(1620年)という本の挿絵です。両側に見えているのがヘラクレスの柱で、その間には、帆に風を受けている美しい帆船が二隻描かれています。ちなみにフランシス・ベーコンは、当時の英国のバラ十字会(薔薇十字団)の代表だったという説があります。

「ノヴム・オルガヌム」の表紙、John P. McCaskey cropped by Smartse, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons
「ノヴム・オルガヌム」の表紙、John P. McCaskey cropped by Smartse, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons

「ノヴム・オルガヌム」とは、「新しい(考えるための)道具」を意味します。古代ギリシャの哲学者アリストテレスの唱えた古いオルガヌム(論理学)はもう捨てて、新しい考え方によって新しい学問を築こうというのがこの本の趣旨で、近代科学や産業革命が生じるために役割を果たしたと言われています。

フランシス・ベーコンが書いた「ニュー・アトランティス」という別の有名な本があります。彼の絶筆で未完原稿ですが、死後に発表されました。この本で語られているのは、ペルーを出発して、中国と日本を目指し大西洋を航海していた人たちが、漂流してベンサム島という平和なユートピア(理想郷)にたどり着き、その地の極めて優れた科学、社会制度、慣習について聞くという逸話です。

参考記事:

フランシス・ベーコンの肖像画(当会の保管文書より)
フランシス・ベーコンの肖像画(当会の保管文書より)

17世紀の後半に、ヨーロッパから多くの人がアメリカ大陸に渡りました。移住者の多くは、これらの本に触発されて、新しい土地で、新しい考え方によって平和な理想郷を築くことを夢見ていました。

当時のヨーロッパは、17世紀の前半に起こった「三十年戦争」でひどく荒廃していました。この戦争のきっかけはドイツで起こったプロテスタントとカトリックの争いです。そこにヨーロッパの国々が介入した結果、ヨーロッパ全体を巻き込む大戦争になってしまったのです。特に被害が大きかったのはドイツとモラビア(現在のチェコ共和国)で、ドイツでは全人口の3割の人が亡くなり、モラビアでは何と、300万人の人口が80万人に減ったと言われています。

ドイツからアメリカに渡った人のひとりにヨハネス・ケルピウスがいます。ケルピウスは当時のプロテスタントの一派で、ドイツ敬虔派と呼ばれる集団に属していた人物ですが、同時にバラ十字会員であったと多くの人が推測しています。

現代では、バラ十字会はいかなる宗教からも独立した団体ですが、当時のドイツでは、プロテスタントとの関係が深かったようです。

ケルピウスは1693年にオランダのロッテルダム港を船で出発し、ロンドンを経由して、数ヵ月後に現在の米国のフィラデルフィアに到着しています。

ケルピウスが率いた人物の多くは、バラ十字思想から深い影響を受けていたと考えられています。またヤコブ・ベーメの思想、ヘルメス思想、錬金術、カバラも研究していたと考えられています。これらテーマのすべてはバラ十字思想の形成に寄与した重要な要素であり、現在でも当会の学習課程に含まれています。

ケルピウスの唯一残っている肖像画
ケルピウスの唯一残っている肖像画

何世紀も前のある人物がバラ十字会員であったかどうかを確定するのは、名簿のようなものが残されているわけではないので常に難しいことです。ケルピウスがバラ十字会の指導者であったという推測の根拠は、船にバラ十字会の文書を持参していたことと、17世紀の有名な3冊のバラ十字宣言書が作られた中心地であるチュービンゲン大学で学んだ時期があったことなどです。

当会バラ十字会AMORCは、フランスのツールーズで活動していた薔薇十字団を受け継ぎ、1915年に米国で創設されたのですが、そのときの代表であったスペンサー・ルイスはヨハネス・ケルピウスのことを、アメリカ大陸で最初にバラ十字会の活動を始めた人物として深く尊敬していました。

ケルピウスが瞑想したと伝えられる洞窟(フィラデルフィア州フェアモント公園内)
ケルピウスが瞑想したと伝えられる洞窟(フィラデルフィア州フェアモント公園内)

ケルピウスの集団の活動が下火になってから10年ほどがたった1720年には、パン職人であったコンラッド・バイセル(Conrad Beissel)が率いるドイツ敬虔派の人々がペンシルバニア州に移住し、エフラタ・コミュニティと呼ばれる、神秘学(mysticism:神秘思想)の傾向の強い共同体を構成しています。

彼らは極めて実際的な人たちであり、製粉所や製材所や製紙工場、印刷機などの諸施設を建設し、教育にも力を注ぎ、ペンシルバニア州の文化の発展に大きく貢献しました。彼らが作曲した合唱曲は、独特の和音と旋律を持ち、今でも研究が続けられています。

参考サイト:https://ephratacloister.org/visit/virtual-tour/

1732年に建設されたエフラタ・コミュニティの集会所(左)と住居(右)
1732年に建設されたエフラタ・コミュニティの集会所(左)と住居(右)

これらの人たちは、ヨーロッパで荒れ狂った宗教戦争を反面教師にして、平和と友愛精神によって統治される社会をアメリカに建設しようとしました。エフラタ・コミュニティの人々は、アメリカ独立戦争中も戦うことを拒否し、負傷した兵士を助け、その治療の技術で賞賛されていました。

スペンサー・ルイスによれば、エフラタ・コミュニティの人たちは当時のクエーカー運動の人たちと親しく交流し、影響を与え合っていました。また、ケルピウスの集団の人たちの一部もクエーカー運動に加わったことが知られています。クエーカー運動とは、ヤコブ・ベーメの著作などをもとにウィリアム・ペン(ペンシルバニア州の名前の由来になった人です)によって始められた、神秘学的な傾向の強い、キリスト教の改革運動です。

クエーカーの人たちは、アメリカ先住民の人たちを決して迫害せず尊重していました。平和に関する奉仕や世界中の教育への支援を理由に1949年にノーベル平和賞を受賞しています。

ユネスコ(UNESCO:国際連合教育科学文化機関)の精神の生みの親とされているコメニウスを、このブログでも何度か話題にしたことがあります。彼は三十年戦争の直後の荒廃したモラビアで、妻と二人の子供を疫病で亡くし、長い苦悩と思索の果てに、真の教育こそが、戦争という愚行を終わらせる手段だと考えるようになります。

コメニウスの肖像画
コメニウスの肖像画

参考記事:

参考記事:

今回取り上げた、フランシス・ベーコン、ヨハネス・ケルピウス、コメニウスがその実例ですが、バラ十字思想からの強い影響を受けた著名人の多くが、教育と平和のために力を尽くす生涯を送っています。

しかし日々のニュースを見て、分かる通り、平和を世界全体に行き渡らせるというバラ十字会の昔からの目標は、まだまだ達成にほど遠い状態にあります。

21世紀に入り、おおむね四半世紀が過ぎた今、科学と資本主義の経済システムだけでは、多くの人の道徳心を支えるためには役に立たないことが分かってきたのではないでしょうか。

宗教ではない道徳心を支える手段は、コメニウスが理想だと考えた「真の教育」しかないように思われます。

そして、真の教育という名に値するとまでは行かなくても、それにできるだけ近いものを多くの皆さんに提供するということは、当会の活動の重要な目標になっています。

今回の話は長文でした。結末がやや固くなりましたが、最後までお読みいただき、ありがとうございます。 またお付き合いください。

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