こんにちは。バラ十字会の本庄です。
東京板橋はこの数日、アスファルトの道路が、まるでサウナ風呂のようです。
皆さんどうか、熱中症にお気をつけください。
札幌で当会のインストラクターを務めている私の友人から、奇妙な題の推理小説についての文章が届きましたので、ご紹介します。
『5A73』- 詠坂 雄二 著
文芸作品を神秘学的に読み解く39
ある文字のタトゥーシールを体のどこかに貼られた事故死体が複数あると判ったのです。当初は全て自殺であるとされましたが、この文字のタトゥーシールを貼られているということで、共通性、つまり殺人ということも含む事件性が疑われ、警察の捜査員も動き出した次第です。
この作品は「ミステリー小説」というジャンル分けをされていますので、「事件性」を軸にストーリーは展開していきます。
しかし、その文字たちはフォントもサイズも貼られた場所も違いますし、それぞれの自殺とみられる方法も年齢も職業も違い、共通性が何もないのです。作者はミステリー小説の定石をことごとく否定していきます。ある種偏執狂的にです。残ったのはこの文字が死体に残されていたという事実だけです。
捜査員は、偶然この文字を貼った人が前後して死んだだけではないかと疑います。例えばこの文字が、ある分野やグループで流行っているとか、ある種のおまじないか暗号の類いではないかと提起されます。
しかしこの文字は幽霊文字なのです。幽霊文字とは、主に、JIS基本漢字に含まれているのに典拠不明の漢字(文字)の総称です。この作品のタイトル『5A73』とはこの文字『暃』を表すJISコードなのです(図1)。つまり「音は不明。意味も不明。ただ形だけがある。」文字というわけです。
そこで捜査員たちは、この暃が持つ意味を説き明かそうとします。たとえば、その見た目から、6本の腕を持つ古代インドを起源とするアシュラではないだろうか。見た目の似ている「罪」という字の異体ではないだろうか。天の川を模したものではないだろうか。川と堤防に見立てたものではないだろうか。それとも川に架かる橋ではないだろうか。といった具合です。
神秘家には興味深い説として、古代エジプトの太陽の運行を司る神を示すスカラベの姿というものなど、数多くの意見が出されますが、いずれも決め手に欠く案とされます。
さらにこの暃を文字たらしめているのは、パソコンのプリンターで印刷された貼られる前のシートをよく見ると左右対称と思われながらゴシック体で印刷されており、タトゥーシールとして貼るには裏返しになってしまうということです。
さてこの『暃』が(幽霊)文字とされ、音や意味を持つだろうと推測されるのは、私たちが表意文字の「漢字」を日常的に使っているからに他なりません。
紀元前3,000年頃に古代シュメール人が作り出した楔形文字、それから派生した古代バビロニア文字、そしてセム系フェニキア文字、さらにそこから発展したギリシア文字、改良されたラテン文字(ローマン・アルファベット)が、英語をはじめとして、現在は多くの地域で使われています。
これらは表音文字です。これらを使っている人々が『暃』を目にしても文字とは思わず、何かの象徴かマークと考えるでしょう。もちろん或る文字をマークや称号にしている企業などは多くあります。では文字との違いは何なのでしょう。
それは、文字は読むことが出来、1つの言語全体としてのセットの一部を成すということです。文字の連なりの一部として文章を構成し、その言語を成す一部として存在します。そしてそれは長い年月をかけ、創り上げられ、使われ続け、常に変化していく体系の一部分なのです。
では、『暃』に立ち返ってみましょう。暃は何らかの不手際か不具合でJISコードを与えられてしまい(幽霊)文字となってしまいました。これにより暃は『広辞苑』や『大辞泉』、『学研漢和大字典』には載っています。これはおそらくJIS漢字を完全収録するというこれらの辞書の姿勢故ではないかと思います。
ただし、白川静が編纂した『字通』や『字統』には載っていませんし、諸橋轍次が中心となって編纂した『大漢和辭典』(諸橋大漢和辞典)にも載っていません。しかしながら『諸橋大漢和辞典』には「日」偏(へん)に「非」を旁(つくり)とする漢字が載っています(図2)。
読みは「ヒ・ビ」で、意味は「はなれる」とあります。出典は宋代に作られた『集韻』によるようです。「峯」と「峰」や「晄」と「晃」が同じ字の異体字であるように「暃」と「日+非」も同じ字なのかも知れません。ただし「日+非」にはJISコードは割り当てられていません。
神秘家に求められる特性として、何事たりとも鵜呑みにせず、自ら調査研究し、是非を確認するということがあげられます。探求する人です。この作品で取られる手法もそれに準じているように思えます。
本作品の事件解決への進捗状況は迷宮に入り込み、迷路に迷い込んだのではないかと思われていきます。複雑に錯綜していきます。ストーリーの顛末がいかように収斂するのか、きっとページを繰る手にも力が入るでしょう。
これはホラー小説なのかと思ってしまう場面に直面します。でもミステリー小説ではあるので、結末は各自皆さんでお読みいただければと思います。兎にも角にも知的好奇心をわき起こしてくれるはずです。
蛇足ながら付け加えさせていただければ、以前取り上げた、中島敦の『文字禍』の対極にある作品とも言えると思います。
参考記事:
再び本庄です。
表意文字である漢字には、中国の王朝名の「漢」が入っていますが、その起源は王朝「殷」にまでさかのぼり、古代中国の占術・呪術と密接な関連があります。
たとえば、「口」という字は人の口の形を表しているのではなく、祝詞(のりと)を入れる祭器だという、漢文学者の白川静さんの説があります。
参考記事:
下記は森さんの前回の文章です。
記事:
では、今日はこのあたりで。 また、お付き合いください。
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