以下の記事は、バラ十字会日本本部の季刊雑誌『バラのこころ』の記事を、インターネット上に再掲載したものです。

※ バラ十字会は、宗教や政治のいかなる組織からも独立した歴史ある会員制の哲学団体です。

区切り

ウィリアム・ブレイク
William Blake

ウィリアム・マッケグ
By William McKegg

ウィリアム・ブレイク作『オベロン、タイタニア、パックと踊る妖精たち』(部分)
ウィリアム・ブレイク作『オベロン、タイタニア、パックと踊る妖精たち』(部分)

18世紀末から19世紀にかけて芸術と文学の地平に明るく輝いた、バラ十字会の系譜に属する多くの有名な画家や詩人の中でも、ウィリアム・ブレイクは、非凡な知恵にあふれる啓発された精神の持ち主として傑出しています。大いなる真実を芸術の中で象徴的に表現する能力において、ブレイクに匹敵する人はいません。ヤコブ・ベーメの秘伝哲学によって17世紀のヨーロッパに明かされたものが、ブレイクの絵画と詩によって、当時の人々に示されました。しきたりと固定観念という退屈なわだちから抜け出ようともがく人たちを支援するために、インスピレーションに溢れる著作を残した他の偉大な神秘家と同じように、ブレイクも生前はほとんど理解されず、彼にふさわしい名声を得ることはありませんでした。しかし死後すぐに天才として認められ、今日では、不滅の名声を持つ英国人の中でも、ひときわ高い評価を受けています。

1757年、彼は5人兄弟の2番目の子供としてロンドンで生まれました。彼の父は靴下やメリヤス類の製造業者で、とても裕福でした。8才のとき、幼いウィリアムは美しく奇妙なビジョン(vision:幻視)を体験しました。自然がいつもの姿ではなく、自然それ自体の輝きとともに彼の前に現れました。周りの大人や他の人たちに見たものを語ると、彼はひどく嘲笑されました。母親のところに駆け寄り、預言者エゼキエルが木の下に立っている姿を見たと話したときには、彼がそのような栄誉を得たことを母親は認めるのではなく、あまりにも空想にふけっているとひどく打ちすえました。しかし、創作に対してブレイクが熱烈な意欲を示すと、ついに両親は絵のレッスンを受けることを彼に許しました。

その後彼は、ロンドン考古協会の彫刻家のジェームズ・バザイア(James Basire)に弟子入りしました。バザイアは若いウィリアムをウェストミンスター寺院に行かせ、スケッチをさせました。彼は、ウェストミンスター寺院の最も神聖な場所であるエドワード懺悔王の礼拝室で、亡くなった昔の王や女王の頭部を模写しました。彼が最初の重要な絵画『アルビオンの岩の間のアリマタヤのヨセフ』を描いたのもこの場所でした。

『アルビオンの岩の間のアリマタヤのヨセフ』
『アルビオンの岩の間のアリマタヤのヨセフ』

ブレイクは、『聖杯物語』、『魔術師マーリン』、『アーサー王と円卓の騎士』などの物語に強く惹かれていました。12歳から20歳までの間に、彼はそれらに関する初期の詩を書いています。やがて芸術家としての領域を広げ、油絵を熱心に描くようになりました。彼はしばらくの間、油絵を描くことに努力していましたが、すぐに自分のスタイルには合わないと考え放棄しました。ブレイクは、自分が求めている輝きや色彩を油絵は「沈めてしまう」、つまり取り去ってしまうと語っています。ブレイクはこう述べています。

「彩色の良し悪しは、それぞれの色がどこに配置されるかではなく、光と影がどこに配置されるかで決まる。そしてすべては、形や輪郭と、それが配置される場所に左右される。それが間違っていると、色彩は決して適切にならない。」

彼の大胆な主張と奇妙な見解は、さまざまな有名な芸術家の反感を招きました。しかし彼らもブレイクの作品が、色彩と象徴的なビジョンの深みのある美しさを持っていることを認めざるを得ませんでした。彼の晩年の友人で伝記作家のフレデリック・テイサム(Frederick Tatham)はこう述べています。

24才の時に、ブレイクは若い女性に恋をしましたが、その女性は彼の愛情に応えてはくれませんでした。彼は病気になり、健康を回復するために田舎に行き、ブーシェ(Boucher)家に滞在しました。そこで娘のキャサリンに出会い、彼女の思いやりと優しさに惹かれるようになりました。一年後に二人は結婚し、理想的な美に捧げられた関係は、ブレイクが70歳で亡くなるまで続きました。彼が亡くなった4年後に彼の妻もこの世を去りました。

ブレイクの友人の何人かは、当時の極めて有名な人物でした。ブレイクは、自分の想像したものを心の目の前に明確に表わす能力が自分にはあるので、デザインを間違うことは決してないと友人たちに主張していました。彼はまた、精霊と友だちになることがしょっちゅうあり、精霊たちは自分に教えたりアドバイスをくれたりすると語っています。優雅で、忘れがたいほど美しい彼の絵画『ヤコブの梯子の夢』を見れば、真の神秘家は、ブレイクが何を語っていたのかが即座に理解できます。彼はまた、過去から故人を呼び寄せ、その故人の絵画の手法について対話する能力があると主張していました。彼自身の作品は、とても奇妙なことに、チンクエチェント時代(イタリアの16世紀)の美術作品と極めて類似しているとされます。彼はラファエロとミケランジェロの作品に深い崇敬の念をいだいていました。

ブレイクは神秘家として、伝記作家のテイサムに、宇宙の神聖な驚異と自然の秘密について打ち明けています。ある時、その後パトロンとなった人物が、彼のデザインは少しばかり非現実的すぎると述べたとき、彼はこう答えました。

「ある人には喜びの涙を誘う木も、他の人たちの目には邪魔な緑色の物体に過ぎない。自然のことを馬鹿にし、歪んだものだと考えている人もいるが、私はその意見によって、自分の絵のバランスを調整しようとは思わない。また、自然をほとんど見ていない人もいる。しかし想像力を持つ人たちの目には、自然は想像そのものである。人は自分の姿を、自然に映し出して見ている。私にとってこの世界はすべて、空想や想像の一続きの光景であり、私の絵がそのようだと言われたときには喜びを感じる。」

ブレイクは後にこう述べています。

「なぜ聖書は、他のいかなる書物よりも面白く、教訓に富んでいるのだろうか。それは、聖書が判断力や理性に直接向けられているからではなく、心の奥の感覚である想像力に向けられているからではないのか。ベーコン卿が述べたことを考えてみよう。『感覚は、理性が判断する前に想像力に送られる。そして理性は、命令が実行されるより前に想像力に送られる』。私は、大多数の人が、私のビジョンを理解してくれるのを見て嬉しく思っている。特に子供たちは、私が期待した以上に私の絵について深く考え、深く喜び、それを理解してくれる。」

ブレイクが描いた「ヤコブの梯子の夢」は、『創世記』(28:11-19)に記された族長ヤコブが兄エサウから逃れている間に見た夢である
ブレイクが描いた「ヤコブの梯子の夢」は、『創世記』(28:11-19)に記された族長ヤコブが兄エサウから逃れている間に見た夢である

ブレイクが人生において恐れたものが一つありました。それは富であり、彼は常々、富は「創造的な芸術を破壊する」と語っていました。彼は金持ちでもなければ、貧しくもありませんでしたし、彼が普通の暮らしをしていて、自分と妻が幸せで満足であるのに十分なものを、いつも持っているように見えたと、彼と特に親しい人たちは語っていました。彼らは二人とも慈善心が篤く、常に親切で、常にいくらかのお金を持っていて、お金をとても必要としている人にあげられるように用意していることで知られていました。

ブレイクは、彼以前と以後の数多くの神秘家と同じように、物質的な富の輝きに無関心でした。しかし彼は決して理解されることがなく、実際のところ、多くの人が彼は狂人だと思っていました。無用な好奇心に駆られた人が問いかけると、どんな質問をしても困惑するような答えが返ってくるので、ブレイクは正気でないのではという疑いは確信に変わるのでした。しかし、知識や啓発を求める魂を持つ人に対しては、ブレイクは、自身が深遠な英知の泉であることを示しました。彼は確かにこの世界で人生を送りましたが、この世の人ではなかったのです。ブレイクは、彼が存命中であるときから彼が偉大な神秘家であることを知っていた少数の人たちと、絵画のキャンバスや詩や文章によって、天使のようなビジョンを分かち合いました。

一番下の弟が亡くなった後のある晩、ブレイクは、弟が自分の前に現れてある技法を明かしたと主張しました。それによって彼は「彩色版画印刷」と後に呼ばれるようになる技法を発明し、用いるようになりました。ブレイクはある友人への手紙にこう書いています。

「私は次の伝えるべきことを、あなたに話すことを恥じていないし、恐れていないし、厭いもしません。それは、私が昼も夜も天国からの使者の指示を受けているということです。」

清らかで、神と親密な生活を望むすべての人は、少なくとも一度は絶望の時、つまり「第7の期間」もしくは「魂の暗黒の夜」と呼ばれる時期を経験します。ブレイクの神秘的な絵画と詩は、批評家や彼の能力に嫉妬した人たちからの嘲笑に遭いました。芸術的な自分の努力が認められなかったことによって、彼は深い闇の時期へと導かれ、彼には、自身の周囲の世界が崩れ去ったように思えました。彼はロンドンを去り、芸術への支援よりも金銭的な利益を重視する、要求の厳しい友人のもとで仕事をすることにしました。自分の意には反していましたが、ブレイクは細密画を製作しました。彼は、お金にはなるかもしれないが何の満足も価値も感じない「模倣」の芸術を選び、これまで常に自分が最高だと考えていた「想像」の芸術を捨てました。ブレイクは極めて親しい友人への手紙にこう書いています。

「私はあなたにこれだけは伝えておきたいのです。そして、あなたがそれを悪用することはないだろうと思っています。しかし、もし仮に私が、死を定めとしている者だけの声に耳を貸していたとしたら、私も妻もすでに失踪していたに違いないということは、まさに事実です。私は自分の忍耐と寛容によって、この国のすべての人を驚かせることにしましょう。傷の上に重ねられた傷に対する忍耐と寛容です。そして、この地に到着した一ヵ月後のあの時に、もしロンドンに戻ることができたのであれば、そのようにしていたであろうと、あなたに断言することができます。しかし私は、私の非物質的な友人たちから、すべてを我慢し沈黙し、一切不平を漏らさないでやり抜くよう命じられました。」

ブレイクがこの手紙の行間に込めている意味から、彼が大きな試練を乗り越えつつあったことがうかがえます。バラ十字会で学んでいる人は、「魂の暗黒の夜」と呼ばれるこの時期のことを知っています。ブレイクは、一時的に芸術活動を休止した後に、この時期を通り過ぎ、なお一層の輝きを放ち燃え上がる内面の光とともに、芸術界に再登場しました。すぐに彼はロンドンに戻り、かつての生活と活動を再開しました。

ブレイクは人間の心の中に存在するさまざまな驚異に気づいていました。いくつかの簡単な自然の法則を利用するだけで、自分自身の内面から得られる力を明らかにすることによって、他の人々を啓発に導きたいと彼は願っていました。ブレイクはこう書いています。

「おお、人間の子供たちは何と驚異であることか!子供たちが、普通の生活と呼ばれる意味がはっきりとしない影にとらわれることなく、内面を向上させる生活を検討するようになり、個々のレベルに応じて、互いに励まし合いながら精神的な努力を進められるように、神よ、そのようにしてください。(中略)もし知覚の扉が清められたならば、人間にはすべてのものがありのままに、無限に見えるようになることでしょう。なぜなら人間は、自身の洞窟という狭い牢獄を通してすべてのものを見るほどにまで、自分を閉ざしているからです。」

ブレイクが真の精神的な生活について語るときに用いた言葉が、想像(Imagination)です。

「体と心の両方が想像という神の技法を用いる自由こそが、キリスト教であり福音であると私は承知している。想像とは実在の永遠の世界であり、植物的なこの世界はそのおぼろげな影に過ぎない。そして、死を定めとする植物的な肉体がもはや存在しなくなったときには、永遠の体、すなわち想像の体で生きることになる。」

彼の神秘的な絵画は、一般の人々には奇妙に思えたかもしれませんが、精神の光を求める人々の心に確実に訴える力があり、当時の偉大な芸術家たちの中にも高く評価する人たちがいました。画家のロムニーとフュースリーはともに、ブレイクの絵画を熱烈に称賛し、また詩人のコールリッジとワーズワースもまた彼の詩の称賛者でした。彼は独学で学んだ原語で本を読みました。60歳を過ぎたときに、彼はダンテを読みましたが、それ以前はイタリア語を知りませんでした。

『地上の最初の円を描く、日の老いたる者』
『地上の最初の円を描く、日の老いたる者』

死の少し前、ブレイクはベッドの中で、彼の傑出した絵画『地上の最初の円を描く日の老いたる者』を仕上げました。「彼は黄金のコンパスを手に取り」で始まる『失楽園』の第7巻の文章から、ブレイクはこの絵の着想を得ました。

ブレイクは自分の死のことを、高次の領域に移行する時が近づいているのだと冷静に語り、死という名前が通常表している消滅だとは考えていませんでした。彼の人生で最も幸福で喜びに満ちた時期は、亡くなる直前の時間であったと言われています。彼はとても美しく歌ったので、それを聞いた人たちは、そこに含まれている神秘的な意味に言葉を失うほど感動しました。テイサムはこう述べています。

「彼の弾けるような喜びによって、部屋中が鳴り響く声で再び満たされた。壁が反響し、喜びに満ちた交響曲が轟いた。それは聖者たちの讃歌への前奏曲だった。それは天国の聖歌隊への序曲だった。それは天使たちの応答に対する聖歌だった。それから彼の魂は、そよ風のため息のように旅立った。」

別な友人も彼についてこう書いています。

「彼は、私がこの世で目にするとは一度も思っていなかった、古代の徳の典型であった。彼は、自身の精神的な豊かさを失うのではないかと心配して、金持ちになることを何よりも恐れていた。彼は最も気品ある表現者であると同時に、子供のような素朴さと優しさを兼ね備えていた。」

70年近い生涯を通じて、ウィリアム・ブレイクが唱えた重要な真実は、彼の次の言葉に集約されているのかもしれません。

「自然には輪郭(Outline)がないが、想像には輪郭がある。自然には曲(Tune)はないが、想像には曲がある。自然には超自然的なものはなく分解する。しかし、想像は永遠である。」

※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラのこころ」の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。

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