以下の記事は、バラ十字会日本本部の季刊雑誌『バラのこころ』の記事を、インターネット上に再掲載したものです。

※ バラ十字会は、宗教や政治のいかなる組織からも独立した歴史ある会員制の哲学団体です。

区切り

一日の行動を振り返る
Reviewing our Acts

ラルフ・M・ルイス(バラ十字会AMORC元統領)
By Ralph M. Lewis

一日の行動を振り返る

古代ギリシャの哲学者ピタゴラスは、学派の弟子たちに次のように助言しました。

ベッドに入っても、その日の自分のすべての行動を注意深く検討し終えるまでは、決して眠ってはならない。

1)私はどこで間違ったのか。

2)何を行ったのか。

3)行うべきであったのに怠ったのは何か。

ピタゴラスのこの助言には、重要な価値があります。私たちの日常的な行動の大部分は、不可欠な行動と、付随的な行動と、取るに足らない行動から成り立っています。理想的な生活は、主として不可欠な行動で構成されているべきことは明らかであり、不可欠な行動には何らかの目的があります。当然のことですが、一連の不可欠な行動に関連した、付随的な行動もあることでしょう。付随的な行動の多くは、準備という性質が強いものです。取るに足らない行動とは、何の成果にもつながらないように思える行動です。取るに足らない行動は軽率な行いであり、実際のところ、価値のある結果を生み出さなかったか、疲労や苛立ちの原因になったに過ぎない行いです。取るに足らない行動は、エネルギーと時間の浪費です。

生活を効率的にするためには、計画的に一日を過ごす、つまり、意図した結果が生じるように意識して時間を過ごすことが大切です。この種の計画を、退屈で堅苦しいものだと考える必要はありません。計画的に生活することで、不可欠な行動だけでなく、レクリエーション、リラックス、教養、文化のために時間を割り当てられるようになります。日々の計画を立てなければ、少なくとも精神的な準備を行わなければ、その日の成果に落胆することになります。

私たち現代人は、精神的にも肉体的にも活動的であるように思えますし、おそらくその通りなのでしょうが、仕事と遊びを問わず、不可欠な活動、すなわちやるべき必要があることの割合が、ますます少なくなっています。取るに足らない活動が生活に溢れ、結局は失望感を味わう人が増えています。計画を立てなかった日や、行ったことを夜に振り返らなかった日からは、不安や心配が生じることが、実際のところたびたびあります。

日々の行動に実際に向き合うことをどれほど避けようとしても、少なくとも私たちは心の奥で、その日が有意義であったかどうかを理解しています。思ったほど有意義でなかった場合、完全には抑圧することができない不安や不満足が生じます。心配や不安の原因のほとんどは、状況を率直に見極めたからではなく、状況から目を背けようとすることから生じます。

勇気を持って一日とその日の問題を振り返ると、困難な状況であっても、改善の可能性があることがわかります。それが励みとなって、確実に意欲が刺激されます。さらに、状況を分析することで、問題の原因だと考えられることが明確になる場合もよくあります。そうするとその原因に集中することができます。それは、以前より明晰な理解につながります。その結果、問題にもっと理知的に対処できるようになります。

「今日は何もかも、うまくいかなかったようだ」と誰かが言うのを私たちは、どれほど頻繁に聞くことでしょうか。しかし実際には、すべてがうまくいかなかったわけではありません。振り返って分析すると、その日の失敗の原因が明らかになることがよくあり、また、原因が明らかでない他のすべてが、付随的な行動か取るに足らない行動であったと分かることもよくあります。夜にその日の行動を振り返ることは、多少なりとも、ピタゴラスの先ほどの聡明な言葉に沿って行うのが良いでしょう。最初に、その日の始まりには何をなし遂げるつもりだったのかを自問します。勤務先で定型的な仕事をしている場合は、個人的に何をなし遂げたかったのかを、早朝や夜に自宅で考えてみてください。それが、あなたの目標だったことになります。ピタゴラスの言葉を借りれば、あなたはどこで間違ったのでしょうか。どのような行為や義務をやり残したのでしょうか。あなたの個人的な失敗は、間違ったやり方が原因だったのでしょうか。それとも思いがけない出来事に妨害されたからでしょうか。あるいは、取るに足らないことに心を奪われてしまったからでしょうか。

必要不可欠な義務に関係しないことは、すべて取るに足らないことです。確かに、病気の親戚を訪れる必要があったなど、重要なことで仕事を中断したり、予定していた行動を延期したりしなくてはならないことがあります。しかし、そのようなとても重要な緊急事態を除けば、たとえそれ自体が成果をもたらすものであったとしても、他のすべては、気を散らす小さなことに過ぎません。

たとえば、日中の、または夕方の予定として、あなた個人の生活にうまく活用できる情報が書かれた小冊子を読むことを計画していたとしましょう。そのような情報は、不可欠なものだと考えることができます。食事や子供の世話、さび止め塗料の調合、その他の様々なことに関連する情報かもしれません。少なくともその人にとって、その小冊子を読むことは、必要不可欠な行動にあたります。この必要不可欠な読書をしようとして、お気に入りの椅子に向かう途中に、部屋のドアの取っ手が緩んでいることに気づいたとします。

意志を貫いて予定通り読書をし、この気を散らすものをやり過ごすのではなく、修理に取り掛かることを自分に許したとしましょう。そうしているうちに、修理に予想外の難しさがあることが分かり、結局、その作業に夜遅くまで時間を費やしてしまうかもしれません。ドアの取っ手が直ったことは確かですが、それは取るに足らない行動です。その晩に修理する必要はなかったし、最初に考えていた目的を達成できなかったからです。

山頂での瞑想

日々の行動を正直に振り返ることによって、最初に述べた、ピタゴラスが調べることを勧めていた3つの事実が明らかになります。「その日の行動のすべてを注意深く」調べると、自分の過ちや無駄な労力が、決定的に明らかになります。夜、すぐに眠ろうとすると、多くのことを忘れてしまいます。しかし、それでは誤ったやり方を直せません。何か失敗をしてすぐに眠ってしまったら、翌朝目を覚ましたときに、前日の失敗に気づくことになります。この状況は、前日にきちんと理解して眠った場合よりも、さらに苛立たしいものです。

間違いに気づいたときに、気落ちするのは当然です。もちろん、私たちの意欲に影響を与えます。しかし、達成するはずであった不可欠のことが、強く望んでいることであったなら、失敗もまた、再び取り組むための重要な刺激になります。不安が本当に大きくなるのは、間違いが起きて、その間違いがなぜ起きたのかが全く分からない場合だけです。間違いが起こる前、起きたとき、起きた後に何が起こったかを振り返ることで、それが謎のままである可能性が低くなります。さらに、間違いの性質がひとたび知られたならば、もうその間違いについて、くよくよと考えることはありません。たいていの場合私たちは、再び間違いを起こさないようにする方法が、自分の手の届くところにあるのを知っています。

一日の活動を振り返ることをしなければ、間違ったことが再び起こらないかどうかが確実でなくなります。間違いの原因について自分が無知であることに無力感を覚え、将来の成功について心配に思うようになります。疑いと無知は、自分に対する信頼を破壊してしまうので、不安と心配の最も大きな原因になります。ですから、自分の行為を賢く調べることは、必ず自分の利益になります。

※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラのこころ」の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。

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