ジェフ・コティス(Jeff Cottis)
ラルフ・ウォルド・エマーソン(Ralph Waldo Emerson、1803-1882)は哲学者、作家、詩人、講演家、神秘家であり、19世紀半ばに出現したアメリカの新しい思想の代表者とも言える人物でした。彼が語りかけたのは、明らかに同時代の人たちに向けてですが、彼の言葉は、現代の私たちの心にもはっきりと響きます。彼の時代からは激しく変化した現在の世界でも、彼の考え方や見解は当時と同じように重要です。エマーソンは、20世紀を通じてアメリカ人の中で最も頻繁に著作を引用された人物のひとりであり、彼の本は多くの言語に翻訳されています。彼の哲学は広く尊敬を集め、彼の考え方は今もなお、世界中で常に議論される人気のテーマになっています。
エマーソンは、ニューイングランド(米国北東部)の超越主義(transcendentalism)を代表する人物でした。この思想が特に強調しているのは、万物の根底にある統一性、人間が生来持っている善良さ、経験を超越した深遠な真実に達するための直観と、そして人間個人の心の奥にある可能性です。超越主義は、ヨーロッパと東洋の哲学の両方の考え方を取り入れていますが、その発祥地は、勤勉なことで知られるアメリカのニューイングランド地域であり、ここには、伝統的な思想からの脱却を試みる同世代の知識人が数多く集まっていました。
超越主義の人生観は、特にアメリカらしいものだと言えます。実用的で、開放的で、楽観的で、活力に満ちているからです。また多くの人を勇気づけて、疑問を抱き、自分自身のために考え、健全な個性を追求することを促していました。エマーソンの精神の一部は、「簡素な暮らしと高度な思索」という言葉で把握することができるかもしれません。ヘンリー・ソロー、ウォルト・ホイットマン、ナサニエル・ホーソーン、マーガレット・フラー、ブロンソン・オルコット、セオドア・パーカーは、超越主義の運動に参加していたか、あるいは超越主義の人たちと密接な交流がありました。
エマーソンは個人の可能性を深く信頼していました。彼は、著作や講演を通してこの考えを強調しています。個人の可能性という観念の中心にあったのは、彼が「オーバーソウル」(Over-Soul:大霊もしくは普遍的な魂)と呼んでいた概念で、すべての人がその一部分である神的な存在のことです。このオーバーソウルという観点から見ると、社会的な区別や階級などといったものは存在しなくなります。なぜならすべての人は、偉大で平等なこの魂を共有しているからです。すべての人は人生という同じ道を歩んでいる兄弟姉妹であり、すべての人が偉大な可能性を共有しています。自己の最も高貴な働きである直観、すなわち「まだ小さな内なる声」は、オーバーソウルという偉大な魂の働きです。そしてそれぞれの人は、自分自身の中に存在するオーバーソウルとの調和した共感関係を築くことによって、自己と宇宙の高度な理解に達することができるようになります。
しかし人間は、疑問に思ったり深く考えたりすることなく、他人の考えを受け入れてしまうことで心を制限され、そのために進歩を阻まれてしまいます。内なる声に耳を傾ける代わりに、自分が持つ表面的な気質に振り回され、自分自身を押さえつけ、何を考えどのように生きるかということについて、他人の意見に従ってしまうことがあまりにも多いのです。エマーソンは、この世界で唯一価値のあるものは、自発的な魂であると考えていました。彼は、内なる存在との共感関係(rapport)を築き、自分自身で考えることを勧めています。エマーソンの言葉を直接引用してみましょう。
「詩人とか賢者の世界の輝きよりも、内なる心を通してきらめく光の輝きを見いだして注目することを、人は習得すべきである。にもかかわらず、自分の思考が自分のものであるがゆえに、人はそれを無視する。天才たちの功績のすべてに、我々は、自分が無視して破棄した思考を見いだすことができる。我々が破棄したものは、自分のものではなくなった威厳とともに、我々のところへ戻ってくる。このことこそが、偉大な芸術が与えてくれる、最も感動的な教えである。このことは、自然にわき上がってくる内なる声に従うことを我々に教える。内なる声に反対する声が大きければ大きいほど、なおさら聞き入れるべきだ。さもなければ、自分が常に思考し感じていたことを、明日には見知らぬ人が良き知恵として巧みに我々に語るであろう。そして我々は、自分自身の意見を、恥かしさとともに他人から受け取ることを強いられるであろう。」(*1)
エマーソンは生涯を通して、深遠な真実をより完璧に理解することを探究しました。超越主義を代表する哲学者であるエマーソンは、人間が生来持っている善良さ、心の奥にある潜在能力、自己と宇宙に関する高度な真実を探究する自発的な魂を深く信頼していました。人間の本質は、肉体の中にある魂であるとエマーソンは考え、個々の人が内なる自己、つまり自身の心の深奥にある性質とより深く同調することを勧めました。深遠な英知は、自身の内なる自己(魂)との交流を通じてもたらされます。自己と宇宙を理解する探究において、自然界は偉大な教師であり、私たち一人一人の内なる自己を目覚めさせてくれ、人生と自身の可能性と魂のたどる命運について教えてくれるとエマーソンは考えていました。ほとんどの人が外面的な世界だけで生きることを選んでおり、自分の考えが及ぶ世界だけで生きているため、自己と宇宙を理解しようとすることは孤独な探究です。
当時の保守的な宗教思想に異議を唱えた『自然について』(Nature、1836年)という小さな作品の中で、エマーソンは、自然界が人間に与えるさまざまなレベルの指示についての個人的な経験と理解を、抒情的な散文で表現しています。エマーソンのその後の著作のほとんどは、この小さな作品に書かれた基本的な考え方を反映しています。
『自然について』の冒頭で、エマーソンは自然を真に観察し、そこから学ぶために必要な態度について論じています。
「太陽は大人の場合にはただ目を照らすだけだが、子どもの場合には目と心の中に輝く。自然を愛する人とは、内的な感覚と外的な感覚が今もなお互いに真に調和している人であり、幼いころの精神を大人になっても持ち続けている人である。彼が天や地と行う交流は日々の糧の一部になり、悲しいできごとがあっても、自然の前では、生き生きとした喜びが全身を駆け巡る。」(*2)
自然によって私たちは観察することを促されます。私たちは観察しているとき、推論、思索、夢想、創造という能力を用いています。
「理性という高いレベルの働きが介在するようになるまでは、動物の目は、素晴らしい正確さで、くっきりとした輪郭や色のついた物の表面を見ていた。理性という目が開くと、輪郭と表面に美しさと表情が加わる。これらは想像力と愛情から生じる。(中略)より熱心に観察するように理性が刺激されると、輪郭と表面は透明になり、もはや見えなくなり、原因や本質が透けて見えるようになる。人生の最高の瞬間は、このような高度な能力が心地よく目覚めるときであり、畏敬の念とともに自然が、その創造者を前にして姿を控えるときである。」(*2)
人間は思考によって自分自身の世界を創造すると、エマーソンは考えていました。私たちは自然を観察することによって教えられ導かれていますが、私たちが自分の心の中で創造する世界が、私たちが住んでいる世界です。一人一人が創造的な心を通して、「美しい顔、温かい心、思慮分別のある言葉、英雄的な行為」を引き寄せます。美しさと真実というより良い世界を求めて、人間は形あるものと形なきものを創造しています。芸術家は美を探求し、哲学者は真実を探求します。しかし、その目的はまったく同じです。
「真の哲学者と真の詩人は一体である。そして、真実である美と美である真実が、両者の目的である。」(*2)
エマーソンは人々に最高の理想を目指すことを勧めました。「自然の目的に向かって」と彼は説明していました。
「あらゆる精霊は自ら家を建て、その家の向こうに世界を築き、その世界の向こうに天国を作る。それゆえ、世界はあなたのために存在していることを知りなさい。あなたにとって、すべての現象は完璧である。それゆえ、あなた自身の世界を築きなさい。できるだけ早く、あなたの心の中にある純粋な考えに、あなたの人生を従わせなさい。そうすれば、あなたの人生の偉大な調和が開花する。その開花に相応する革命がものごとに生じ、聖霊の流入がそれに伴う。」(*2)
脚注
Footnotes
1. “Self-Reliance” from Essays, First Series (1841) by R.W. Emerson.
2. From “Nature”, by R.W. Emerson.
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