投稿日: 2021/12/10
最終更新日: 2024/11/26

以下の記事は、バラ十字会日本本部の季刊雑誌『バラのこころ』の記事を、インターネット上に再掲載したものです。

※ バラ十字会は、宗教や政治のいかなる組織からも独立した歴史ある会員制の哲学団体です。

区切り

ジョン・ディーの象形文字のモナド
John Dee’s Hieroglyphic Monad

宇宙の統一を表す聖なる記号 第1章 起源(前半)
Sacred Symbol of Oneness Part 1 Origins(The first half)

ポール・グドール
By Paul Goodall

 ジョン・ディー(訳注)は、ある組み合わせ記号を発案し、「ヒエログリフのモナド」(訳注)と自身で呼んでいました。この記事の第一章の目的は、調査によって判明したこの記号の起源についてご説明することです。この記号には時代を超える重要性があり、ディーの知的かつ神秘学的な才能がよく表れています。「宇宙の統一を表わす象形文字」を意味するラテン語である『モナス・ヒエログリフィカ』(Monas Hieroglyphica)という題の書物に、この記号は登場します。文章と図表からなる28ページ(フォリオと呼ばれる大判の本)のこの書物には、この謎めいた記号の詳しい解説が含まれています。この記号は宇宙を表わす象徴であり、神聖な秩序と自然界の内的な構造が示されています(注1)。『モナス・ヒエログリフィカ』に用いられている、図案による解説という手法は、ルネッサンス期に考案された絵画の応用の一例ではあるものの、当時としては異例の方法でした。この時代の錬金術の書物では、比喩的な象徴を用いた難解な解説が一般的だったからです。ディーは、自身の発案した記号を読者に示す際に、この記号を分解した多くの図版を用いて、24の理論を詳細に説明しています。しかし、『モナス・ヒエログリフィカ』という書物には、これからこの記事で私が紹介するよりも、はるかに多くの内容が含まれているということにご注意ください。それでもこの記事は、ジョン・ディーが好んで「我が子」と呼んだこの記号に込められている壮大な考え方について、全体的に理解する役に立つことでしょう。

(訳注:ジョン・ディー(John Dee, 1527-1608 or 1609):イギリス・ロンドン生まれの神秘家。バラ十字会員であり、エリザベス一世のお抱えの占星術師。)

(訳注:ヒエログリフのモナド(Hieroglyphic Monad):ヒエログリフ(聖刻文字)は本来、古代エジプトで碑文などに用いられていた象形文字を指すが、広い意味では他の地域、他の時代の象形文字も意味する。モナドは、ギリシャ語で「一」を意味するモナス(monas)に由来する語であり、この場合は宇宙の統一、すなわち森羅万象の一貫性や調和を意味する。後にドイツの哲学者ライプニッツが、自身の哲学で霊的な実体概念を表わす語として用いた。この場合は単子と訳される。)

『モナス・ヒエログリフィカ』
(1564 年)の表紙
『モナス・ヒエログリフィカ』 (1564 年)の表紙

構想に7年、執筆に12日を要した(注2)と序文で語られている『モナス・ヒエログリフィカ』は、1564年にアントワープ(訳注)で、ついに出版されました。出版を行ったのはヴィレム・シルヴィウス(Willem Silvius、1580年没)で、「この書を形にし、修正を施し、申し分なく仕上げることができる」(注3)と考え、ディーが特に選んだ人物でした。ディーは「私と同じように、(中略)細心の注意を払いながら、様々な文字や点や線、表や図、数字や他のさまざまな要素を配置すること」を彼に指示しました(注4)。シルヴィウスは印刷物のデザインや挿絵の技術に関して高い評価を得ていたので、図表を多数含んだ本の作成を請け負ってくれる人を探していたディーにとって、まさにうってつけの出版者でした。ちなみにディーは、シルヴィウスのことを唯一無二の親友と呼び(同書の10ページ)、制作過程を監督している間はシルヴィウスの屋敷で生活していました。

(訳注:アントワープ(antwerp):ベルギー北部の州。)

『予備的な格言』(1558 年)の表紙
『予備的な格言』(1558 年)の表紙

しかし、『モナス・ヒエログリフィカ』はディーがこの記号を公表した最初の書物ではありません。その6年前の1558年に彼が書いた『予備的な格言』(Propaedeumata Aphoristica)の表紙に、すでにこの記号が描かれています。カルトゥーシュ(訳注)のような枠がこの記号を取り囲み、記号の両脇には、ジョン・ディーのイニシャルが配置されています。120の格言からなるこの書は、自然の観察と実証実験に基づいており、光学と数学を駆使した自然哲学が扱われています。そしてこの書の主要テーマは、占星術と錬金術です。ディーはこの書で、地球は“天上界の様々な影響力”の放射(注5)の影響を受けているという考え方を展開しています(この考え方の源は、占星術もしくはアストロソフィー(訳注)にあります)。この放射は、目で見ることのできる光と同じように伝わるものであり(注6)、光学という学問を通して研究し自在に操ることができると彼は説明しています。彼が光学の知識を得たのはアル・キンディ(訳注)、イギリス東部のリンカン教区の司教であったロバート・グロステスト(1168年頃-1253年)、ロジャー・ベーコン(1214年頃-1292年)といった自然哲学者からである可能性が濃厚です。『予備的な格言』で研究されているのは、宇宙の構造と因果関係であり、このような研究によって、天体の影響力や、天体の影響力に応じて生じる事件に関する知識が得られ、この知識によって人は、天体の影響力や、世の中に起きる出来事をコントロールして、望ましい成果を手に入れることができるとされています(注7)。

(訳注:カルトゥーシュ(cartouche):古代エジプトで碑文などに使われた楕円形の枠で、中には国王や神の名前が象形文字で書かれている。)

(訳注:アストロソフィー(astrosophy):星、天体を意味する接頭語「アストロ」と学問、知識体系を意味する接尾語「ソフィー」から作られた言葉。星々についての学問。)

(訳注:アル・キンディ(Al-Kindi):イスラムの哲学者・科学者。801年頃~873年。)

『ヴォーアーカドゥミア』(1559 年)の表紙
『ヴォーアーカドゥミア』(1559 年)の表紙

ですから、『予備的な格言』は、後の『モナス・ヒエログリフィカ』へと発展する考えの道筋を準備する著作でした。『モナス・ヒエログリフィカ』の中でディーは次のように述べています(同書の10ページ)。「この7年の間、ずっと私の精神は、この子を孕んでいた」。ディーは自分の発案したモナドの記号のことを我が子と呼んでいました。この言葉の脇の余白には『予備的な格言』が出典として次のように示されています。「1558年ロンドンにて出版された予備的な格言の格言52番より」。1567年に出された改訂版の格言52番には、鏡は“天体の光線”を一点に集めるための装置であると述べられています。

「反射光学(鏡と反射した光の研究)に秀でた者であれば、いかなる星の光と、いかなる物体であろうとも、その星の光がその物体に、自然が行うよりも、はるかに強い影響を及ぼすようにすることができる。」(注8)

さらに、こう書かれています。

「下級の天文学(すなわち錬金術)で用いられている記号は、我々の理論から導き出される、ある〈モナド〉の中に含まれている。(中略)〈神秘〉を熱心に探究する者は、このモナドの大いなる助力を手に入れる。そして、星々が持つ特定の効力だけでなく、星々の光線によって影響された他の物体の効力を試す場合にも、このモナドの助力を活用することができる。」(注9)

ディーはこの文で、このモナドは、基本的には錬金術の記号であると述べています。『予備的な格言』の表紙のモナドの記号の右横には、縦に広げられている巻物があり、その中には「ΣΤΙΛΒΩΝ (Stilbôn) acumine praeditus est instar omnium planetarum」と書かれています。この文は「毒針を持つ水星は、すべての星の原型である」という意味です(注10)。「ΣΤΙΛΒΩΝ」は、水星と同時に水銀も意味するギリシャ語です。錬金術の水銀の記号には毒針のような部分があることと、錬金術の過程で水銀が最も重要だということが、この文に表わされています。『モナス・ヒエログリフィカ』を執筆していた1564年1月の12日間に、ディーは初めて、この記号の性質とその重要性をはっきりと認識するようになりました。このことは、カバラや数秘術という面からこの記号を調べたときに明らかになるのですが、『予備的な格言』を書いているときディーは、そのような面にまだ注意を向けていなかったように思われます。(注11)

『ヴォーアーカドゥミア』(大英図書館収蔵)に書き込まれたディーの注釈の 一例。同書の表紙の中央部分。
『ヴォーアーカドゥミア』(大英図書館収蔵)に書き込まれたディーの注釈の 一例。同書の表紙の中央部分。

しかし、この頃すでに『モナス・ヒエログリフィカ』は、単なる構想段階を超えていたことを示すいくつかの証拠があります。1559年にディーは、ペンセウス(Pantheus)が書いた『ヴォアーチャドゥミア』(Voarchadumia、注12)という論文のコピーを手に入れました。この論文は、物質の変成(訳注)に関する新しい理論について述べたもので、ディーがそれに深い興味を抱いていたことは、その余白に書き込まれた注釈や絵や図を見れば明らかです。これらの書き込みを調べてみると、自然界の鉱物などの、精神面とは無関係の事柄に対しても、ディーがカバラの考え方を適用していたことが明らかになります。また、本文に関する自身の考察の補助として、余白に書き込まれたメモに「モナド」という言葉が含まれていることが注目に値します。おそらく彼は、モナドに関する自身の主な観念の一部をすでに練り上げており、5年後の『モナス・ヒエログリフィカ』の構想をすでに思い描いていたのだと考えられます。(注13)

(訳注:変成(transmutation):変換、特に錬金術における卑金属から貴金属への変換を意味する。)

さらに、『予備的な格言』の表紙には、枠で囲われた中央のモナドの記号の一点から、光が発するように数本の線が引かれています。この記号が宇宙を象徴的に表わしているという観点から見ると、この光線は、モナドの影響と性質と宇宙における位置付けを表わしているのだと考えられます。また、モナドには、普遍的な知識のすべてを包むという役割を果たす力があるという主張として、左側の縦に広げられた巻物には「Est in hac Monade quicquid quaerunt sapientes」というラテン語が書かれています。このラテン語は「賢者が求めるものはすべて、このモナドの中にある」を意味します。この句は、「賢者が求めるものはすべて、水銀の中にある」(Est in Mercurio quicquid quaerunt sapientes.)という錬金術の格言をもじったものです。(注14)

第1章「起源」(後半)に続く

『宇宙の統一を表わす聖なる記号』第1章「起源」(後半)

※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラのこころ」の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。

体験教材を無料で進呈中!
バラ十字会の神秘学通信講座を
1ヵ月間体験できます

無料でお読みいただける3冊の教本には以下の内容が含まれています

当会の通信講座の教材
第1号

第1号:内面の進歩を加速する神秘学とは、人生の神秘を実感する5つの実習
第2号:人間にある2つの性質とバラ十字の象徴、あなたに伝えられる知識はどのように蓄積されたか
第3号:学習の4つの課程とその詳細な内容、古代の神秘学派、当会の研究陣について

脚注
References

1. See: Hilde Norrgrén, ‘Interpretation and the Hieroglyphic Monad: John Dee’s Reading of Pantheus’s Voarchadumia’, Ambix, 52:3, 2005, pp. 218-219.
2.『モナス・ヒエログリフィカ』の最後のページ(28ページ)でディーは、“自身の労働”を始めたのは1564年1月13日であり、これは25日まで続いたと述べている。
3. Manuel Mertens, ‘Willem Silvius: “Typographical Parent” of John Dee’s Monas Hieroglyphica’ in Ambix, 2017.
4. Stephen Clucas, ‘The Royal Typographer and the Alchemist: John Dee, Willem Silvius and the Diagrammatic Alchemy of the Monas Hieroglyphica’ in Ambix, 2017, p. 12.
5. 天上の世界からの“流出”(emanation)が地上に影響を与えているという流出説(emanationism)はディーが考案したものではない。この概念はアリストテレス派の自然哲学に由来し、後のアラビアのさまざまな文献に見ることができると考えられている。しかし、アリストテレス派の哲学では、天上の領域と地上の領域に明確な区別がなく、厳密に言えばこの概念はアリストテレス派のものではない。後に広く信奉されるようになった流出説は、突き詰めて言えばアリストテレス派の哲学の新プラトン主義による解釈であり、この考え方により、新プラトン主義とヘルメス思想とアラビアのアリストテレス派が接近するようになった。このことについては次の文献を参照。
Nicholas H. Clulee, John Dee’s Natural Philosophy: Between Science and Religion, Routledge, 2013 (1988), p. 71.
6. Nicholas H. Clulee, ‘Astronomia inferior: Legacies of Johannes Trithemius and John Dee’ in Newman/Grafton (editors), Secrets of Nature: Astrology and Alchemy in Early Modern Europe, 2001, MIT, p. 174.
7. Nicholas H. Clulee, John Dee’s Natural Philosophy: Between Science and Religion, Routledge, 2013 (1988), p. 66.
8. Translation by Jim Egan, The Works of John Dee: Modernizations of his Main Mathematical Masterpieces, Cosmopolite Press, 2010, p. 34.
9. Ibid.
10. See: Peter J. Forshaw, ‘The Hermetic Frontispiece: Contextualising John Dee’s Hieroglyphic Monad’ in Ambix, Vol. 64, No. 2, 2017, p. 124.
11. Nicholas H. Clulee, Astrology, Magic and Optics: Facets of John Dee’s Early Natural Philosophy in Renaissance Quarterly, Vol. 30, No. 4, 1977, pp. 643-4.
12. Giovanni Agostino Pantheus, Voarchadumia contra alchimiam: ars distincta ab archimia et Sophia: cum Additionibus: Proportionibus: Numeris: et Figuris (Venice, 1530) The term ‘Voarchadumia’ is derived from Hebrew and signifies gold that is thoroughly refined.
13. Norregrén, op.cit., pp. 217-18.
14. Peter J. Forshaw, ‘The Hermetic Frontispiece…’, p. 126

無料体験のご案内