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生まれ変わりについて

2017年3月24日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

 

東京板橋では、石神井川沿いのソメイヨシノが、今日開花しました。

そちらの春の訪れは、どのような様子でしょうか。

 

少し前のことですが、20人ほどのグループで、神秘学(mysticism:神秘主義)に関するワークショップを行なう機会があり、そのときに、生まれ変わりということが話題になりました。

どのぐらいの割合の人が、人が生まれ変わると考えているかということには、以前から興味があったので、よい機会だと思い尋ねてみると、ほぼ全員がこのことを確信しているか、おそらく事実ではないかと考えていました。

 

なかなか、日常の話題にはなりにくい事柄ですが、日本人の9割以上が、人は生まれ変わると考えているのではと私は推測しています。では、アメリカやヨーロッパではどうなのでしょうか。

バラ十字会AMORCのフランス代表が、自身の人気ブログの最近の記事で、このことを取り上げていましたので、以下にご紹介させていただきます。

 

▽ ▽ ▽

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサンのブログ

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

Serge Toussaint

記事「生まれ変わりについて」

西洋人の6割程度が、人が人に生まれ変わるということ(reincarnation)を事実だと考えています。そしてこの割合は、最近の20年ほどの間に、ゆっくりと確実に増えています。その主な理由としては、次の2つのことが考えられるようです。

1.〈最後の審判〉とその後の復活という、生まれ変わり説とは相容れない考え方を提唱しているキリスト教が、特に若い世代の人たちに支持されなくなってきていること。

2.生まれ変わり説や、一部の宗派ではメテムサイコシス(後述)を唱えている仏教が、キリスト教とは対照的に西洋諸国で広まりつつあること。

 

大部分のバラ十字会員と同じように私も、人が人に生まれ変わるという考え方を支持しています。しかし当然のことですが、バラ十字会AMORCはこの説を誰かに押しつけようとしているわけではなく、受け入れることも受け入れないことも個人の自由だと考えています。

一方で、もし人生の目的が、内面的に進歩して、いわゆる「賢者」と呼ばれるような、英知に満ちた聡明な状態になることであると考えるならば、そのような目標に達するのには、一回限りの人生では不可能であるということは明らかなように思われます。

数十年程度の経験だけでは、人間の魂に備わっている謙虚、寛容、忍耐、非暴力、誠実、善意などのあらゆる美徳を、行動に表わすことができるようになる人は誰もいないのではないでしょうか。

ですから論理的に考えても、神秘学の見地から見ても、内面的な成長を完全になし遂げるためには、何回もの人生が必要となり、それゆえに、生まれ変わりが必要であることになります。

生まれ変わり(イメージ)

 

生まれ変わりという考え方をひとたび受け入れると、天国、地獄、煉獄というような概念は、すべて根拠を失います。

そして魂は死後に、天国、地獄、煉獄というような、「あの世」の特定の場所のいずれかに行くのではなく、非物質的な世界に精神的な存在として留まり、生まれ変わりを待つと考えるのが自然なことになります。

この非物質的な世界は宇宙意識に満たされていて、その光のもとで魂は、終えたばかりの人生の善と悪のバランスについて回想し、自身を浄化する作業を行ないます。

そして、内面的な進歩の過程を再開すべき時が訪れると、物質の世界に“降りて”、新生児の肉体に入り、新しい人生を開始して、幸せや不幸を体験することになります。

 

先ほどお話ししたように、仏教の一部の宗派や、特にヒンズー教では、メテムサイコシス(metempsychosis)という説が唱えられています。つまり、人間の魂が、自体の欠点を修正したり、犯した過ちをつぐなったりするために、動物体や植物にさえ宿ることがあるとされています。

もちろん、この考え方を信奉することもしないことも、すべての人に任されていることですが、私の意見では、この説には形而上学的な根拠がないように思われます。

というのも、魂は進歩することが法則(定め)になっており、退歩も生じると考えるメテムサイコシスは、この法則に完全に反するからです。

一方で、高等動物の一部は個々の魂を持っており、いつの日かこのような魂は人間界に達するということを私は確信しています。

たとえば犬たちについて、「彼らの人との違いは、言葉を持たないことだけだ」(Il ne leur manque que la parole.)という形容が、たびたびされることは、このような可能性を表わしているのではないでしょうか。

 

過去の人生のできごと、特に直前の人生のできごとを思い出すことができるだろうかという疑問が起こります。

答えは「はい」ですが、しかし、使うべき方法(バラ十字会には、いくつかの方法が知られています)を知っていたとしても、それは簡単なことではありません。

そしてこの件に関しては、ぜひ用心深くしていてください。なぜなら悲しいことに、誰でも過去の人生に“退行”させることができると主張する、専門家を“詐称する”人たちがいるからです。

このような能力を持っているふりをすることは道義的に正しくありませんし、そのような人に自身の精神を勝手に操作させてしまうことには危険が伴います。

 

最後に述べますが、自分の持っている個性、性格、好み、興味、理想など、この人生で自分がどのような人間であるかということは、過去の人生に強く影響されていますし、過去の人生で持っていた特徴と、おおむね似ているということも言えます。

 

バラ十字会AMORCフランス本部代表
セルジュ・ツーサン

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。本稿はそのブログからの一記事。

△ △ △

いかがでしたでしょうか。あなたのお考えとは、どのような点が一致し、どのような点が異なっていたでしょうか。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

では、また。

 

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未来に何を望みますか

2017年3月10日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

東京板橋は、霞がかかったような春らしい晴れの日になっています。

 

そちらはいかがでしょうか。

 

さて、今日でちょうど2ヵ月になりますが、米国のオバマ大統領(当時)が1月10日に、シカゴで彼の任期を締めくくる退任の演説を行ないました。

 

彼が就任したのは、2009年、47歳のときのことでした。それ以降の8年間、皆さまもご存知のことと思いますが、「希望と変革」(hope and change)が変わることなく彼のメッセージでした。そして退任演説にも、その思いが込められています。

 

この演説は感動的でした。私の拙訳ですが、ご紹介させていただきたく思います。

 

「…私たちの暮らしを守るのは、軍隊だけの仕事ではありません。私たちが恐怖に負けると、民主主義は歪められてしまうことがあります。」

「ですから国民として私たちは、外からの攻撃に対して警戒を怠らないのと同時に、私たちを自分で望んでいるとおりの私たちにしてくれている価値観が弱められないように、それを守らなければなりません。」

 

「そのために私は、今までの8年間、テロリズムとの戦いを、法律にしっかりと基づいたものするための仕事をしてきました。」

「たとえば、拷問が行なわれないようにし、グアンタナモの収容所の閉鎖に取り組み、国家機関による監視を規定している法律を修正してプライバシーや市民の権利が守られるようにしました。」

「また、イスラム教徒の国民を差別することになる法案を拒否しました。彼らも、他の人々とまったく同じように、国を愛する心にあふれているのです…」

 

「皆さんにお願いがあります。建国の文書に込められた信念を、しっかりと皆さんの心に保ち続けていただきたいのです。」

「それは、奴隷だった人たちと奴隷制を廃止したいと考えていた人たちが、小声でささやいていた思いでした。移民と入植者の方々、正義を求めて進軍した方々が歌に込めた精神でした。」

 

「それは、国外の戦場から月面まで、さまざまなところに旗を立てた人たちによって再び強められた信念であり、自分の歴史を作っている最中の、すべてのアメリカの人たちの心の奥底にある信条です。」

「そう、私たちにはできるのです。私たちは、なし遂げてきました。私たちには、望む未来を実現することができるのです。」

Aldrin Apollo 11

月面着陸 By NASA [Public domain], via Wikimedia Commons

 

私たちバラ十字会AMORCは、政治活動にかかわらないことをモットーにしていますので、演説の中の政治的な内容については、特に述べることはありません。

しかし、私たちには望む未来を実現することができるという、希望にあふれた最後の言葉には心が震えました。

 

バラ十字会の神秘学では、宇宙の法則に反せず、すべての人と他の生きものの幸せを妨げないことであれば、思い描けることは必ず実現できると説明されています。

私たちが何かを思い描いたとき、非物質的な世界には思念体(thought form)と呼ばれる、ある核が形成されます。そしてこの核は、思い描いた事柄が現実化していくときに、種子としての役割を果たします。

 

この文章を読んでくださっている皆さんにお願いがあります。この週末に、5分だけ時間をとっていただきたいのです。

そして、ひとりになれる静かな場所で、あなたが望む未来の世界の姿を思い浮かべていただきたいのです。

 

それは、世界平和が実現した世界でしょうか。飢餓のない世界でしょうか。

環境が十分に守られ、地球上のすべての生きものが幸せに暮らしている世界でしょうか。

人は一人一人違っていて、この違いが、人類全体の宝であるということが常識になった寛容な世界でしょうか。

 

いずれでも、またあなたが考える他の理想的な世界でも良いのですが、それが実現したありさまを思い浮かべていただきたいのです。そして、その未来が実現したときのあなた自身の喜びも、そこに込めるようにしてください。

 

私は、よく知っている広場に、あらゆる人種、あらゆる年齢の方々が集まっていて、微笑みながら握手を交わし合っているところを思い浮かべることにします。

ささやかな行いですが、このような行いが、世界の実際の未来に及ぼす影響は、決して小さくないと私は考えています。

 

話題は変わりますが、当会が米国で活動を開始したのは1915年のことでした。そしてその百周年にあたる2015年に、当会のアメリカ本部はオバマ大統領からのお祝いの手紙をいただきました。

 

この手紙を下記のURLで読むことができます。

ご参考:『オバマ大統領からの手紙』:http://www.amorc.jp/recommend/p_obama.html

オバマ大統領と彼の手紙

 

社会は絶え間なく変化し、私たち人類には常に新たな課題が突きつけられます。

私たちの明るい未来を作り出すことは、私たち自身にしかできず、私たちの誰もがその力を持っているということを、忘れないでいたいと思いました。

 

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

では、また。

 

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『芋粥』-文芸作品を神秘学的に読み解く3

2017年3月3日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

今日はひな祭りですね。ちらし寿司と白酒のとりあわせ、色が華やかで、考えただけで気分が上がります。

いかがお過ごしでしょうか。

 

当会の公認インストラクターの森和久さんから、芥川龍之介の『芋粥』についての文章をお寄せいただきましたので、ご紹介させていただきます。

 

▽ ▽ ▽

 

文芸作品を神秘学的に読み解く(3) 『芋粥』

森和久のポートレート

森 和久

 

今回は、取り上げてほしいとリクエストのあった『芋粥』についてです。芥川龍之介が『今昔物語集』より材をとり、大正5年に発表した短編小説です。

物語の時代は平安。主人公はどんな人物かというと、摂政藤原基経に仕える某五位(ここでは貴族の最下層位階)。風采がはなはだ上がらない男。だらしない外貌。周囲の人たちからはハエほどの注意も払われない男。5~6年前に離縁。誰からも軽蔑されています。

望みは芋粥をあきれるほど飲んでみたい。こういう人です。

Akutagawa.ryunosuke

芥川龍之介の肖像 By Yokohama045 (Own work) [CC BY-SA 4.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)], via Wikimedia Commons

 

あるとき、無位の利仁という同僚に、あきれるほど芋粥をご馳走しようと言われ受け入れます。すぐ近くと思っていたら行程2日かけて敦賀まで連れていかれます。着いた村では2~3千本の山芋が集められ、芋粥を作ろうとしています。

 

それを見た五位は、まったく食欲がなくなります。朝食に山のように出された芋粥をいやいやながらどうにか一杯飲み干します。しかし、利仁と利仁の義父は、さかんにもっと飲めとはやし立ててきます。だが五位にはもう一口も芋粥を飲み込むことはできません。

彼は芋粥を飽きるほど飲みたいという欲望を忠実に守っていたころの幸福な自分を懐かしく思い出すのでした。

 

さて、バラ十字会の通信講座では、望んでいる状況を現実化するための「視覚化」というテクニックを学びます。この方法で最も重要なのは、「最終状態を明確に思い描く」ということです。「お金がほしい」とか「外国語をペラペラ話したい」、「幸せになりたい」と想像するのでは、うまくいかないということです。

心の底から本当に必要とする最終形を望まなくてはならないのです。そうしないと、望んでいることが永久にかなわなかったり、望んでいないことがかなったりしてしまいます。

平安貴族 牛車

 

『芋粥』の主人公某五位は、立身出世の象徴として芋粥を飽きるほど飲みたいと願っていました。本来なら、偉い地位に就き人々に尊敬されている自分を明確にイメージすべきだったのでしょうが、彼は、そうなるつもりも努力する気構えもなかったのです。

ですから偉い人の盛大な御膳につきものの「芋粥」をあきれるほど飲みたいと公言していたのでした。言ってみれば歪んだ願望です。しかし、その願望がかなってしまい、見果てぬ夢を見ていることで幸福を感じていることももう終わりを告げました。今はもう、そんな昔を懐かしむだけです。

 

私たちに必要なことは、まず自分でやれるだけのことをやることです。その上で、どうしても手助けが必要になったら、視覚化の方法などを用いて、宇宙に応援を求めることができます。安定を求めるあまり、新たな世界を切り開くことをあきらめてはいませんか。

「しょうがない」、「これでいいのだ」、「まだましだ」と言って、この五位のように現状に甘んじているのでは、自分の可能性を埋もれさせてしまうことになりかねません。さあ、一歩踏み出しましょう!

 

△ △ △

 

芥川龍之介! ひさしぶりに耳にした名前です。恐ろしい作品や奇っ怪な作品の数々を、昔、夢中になって読んだ覚えがあります。映画『三丁目の夕日』に出ていた、駄菓子屋さんの茶川竜之介も懐かしく思い出しました。

それでは、またお付き合いください。

 

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瞑想のやり方について

2017年2月24日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

東京板橋では、昨日から今日にかけて強い風が吹き、止めてある自転車が倒れたりしていました。春の嵐でしょうか。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

さて、テレビ番組や雑誌でたびたび取り上げられているので、ご存知の方も多いことと思いますが、グーグルやインテル、ゴールドマン・サックス、P&Gなどの大企業が、社員研修に瞑想を取り入れています。米国ではブームとさえ言える状況です。

 

瞑想が人気になっている理由は、ひとつには、リアルタイムのイメージング装置などを使った脳の研究によって、瞑想の効果やそのメカニズムの一部がはっきりしてきたからです。

もうひとつには、取り組んだ社員の方々の健康に改善が見られるばかりか、個人の仕事の質が向上するというデータが出ているからです。

日本では、この分野には腰が引けるという人も、いまだに少なくないようですが、特にIT産業を中心に、先進的な経営者の方々が導入を行なっています。

 

先日、実際にどのように行なうのかの一例が、NHKの番組で紹介されていました。

 

1.椅子に座ってリラックスします。両目を閉じます。

2.呼吸をしながら、息を吸うときには「ふくらみ、ふくらみ」と心の中でつぶやき、息を吐くときには、「ちぢみ、ちぢみ」と心の中でつぶやきます。そして、呼吸によって生じる体の感覚に注意を向け続けます。呼吸の速さはコントロールしないようにします。

3.体の感覚から注意がそれたら、「雑念、雑念、もどります」と心の中でつぶやいて、注意を体の感覚にふたたび戻します。

4.5分ほどが経ったら、まぶたの裏に注意を向けて、ゆっくりと目を開いて終わります。

 

同じ種類の瞑想の、別の方法をご紹介します。

 

1.自然が豊かな公園などを選び、ゆっくりと散歩をします。

2.周囲の風景、聞こえてくる音、まわりの空気の動き、匂い、歩いているときの体の感覚など、いろいろなものに、なるべく同時に注意を向けます。

3.もし、懐かしい思い出がよみがえってきたり、昨日の仕事でのできごとを思い出したり、今晩の献立が気になったりしたら、「雑念、雑念、もどります」と心の中でつぶやいて、注意を、周囲の環境と体の感覚に戻します。

4.もう十分だという心のうながしを感じたら、終わりにします。

 

いずれも単純な方法ですが、大きな効果が得られます。

リゾート地に2~3日出かけて、漠然と過ごすよりも、このような瞑想の方法に取り組んだ方が、ストレス起因のさまざまな不調を解消するために、より効果的であるということが知られています。

 

なぜこの方法によって、ストレスが緩和するのでしょうか。

その理由を理解するために、人間の心のことを、4階建ての建物にたとえてみましょう。

 

この建物の1階に、さまざまな機械が置かれているのを思い浮かべてください。そのひとつには、視覚という名前が付けられています。この機械は光の波動を検知して、外界を知るという働きをしています。

1階に置かれている他の機械は、聴覚、触覚、臭覚、味覚などです。要するに、この階が果たしているのは五感という働きで、外界の情報を集めています。

 

次に2階ですが、ここには記憶、思考、想像などという名の機械が置かれています。つまり、2階では、1階の働きで集められた情報が、蓄積されたり、結合されたり操作されたりしているわけです。人の心の内面的な働きにあたります。主観と呼ばれることもあります。

(3階と4階については、後ほど説明します。)

 

現代人の抱えている問題のひとつに、この2階の働き、つまり主観ばかりを使いすぎているということがあります。

昔のいやな記憶を思い出して落ちこんだり、今後のことを悩みすぎて不安になったりして過ごし、自分で自分の内部にストレスを作り出してしまっているわけです。

 

もちろん私たち人間には、過去のできごとを思い出して、そこから教訓を学んだりする必要があります。未来に起こるできごとを予測して、それに備える必要もあります。

しかし、このような主観の働きと、外界から情報を得る先ほどの五感の働きと、実際に体を動かすことの間には、適切なバランスがあります。

 

調査によれば、現代人は、平均すると一日のうちの半分以上を、回想、思考、想像という主観の働きを使うことに費やしていて、そのときには、五感にほとんど注意が向けられておらず、体を積極的に動かしてもいません。

つまり、1階の機械の働きと、2階の機械の働きをバランス良く使っていません。

そして、過ぎてしまっているので変えることのできない過去と、来ていないので、まだ変えることのできない未来が、ストレスの原因になります。

 

先ほどの瞑想の方法は、五感に自分の心の注意を向けることによって、過度に主観を使いすぎる傾向を修正する練習になっています。

このような練習を重ねることで、私たちは、心の1階部分と2階部分の働きをバランス良く使うことができるようになります。

 

しかし、これからご説明するように、それだけを目的にして瞑想を行なうのでは、かなりもったいないと考えられるのです。

瞑想によって、心のさらに深い部分に働きかけて、やや大げさに言うならば、生き方の質さえ変えることができます。

 

ご説明します。やや長くなりますが、お付き合いください。

 

19世紀のオーストラリアの心理学者フロイトは、人の心には無意識(潜在意識)という部分があり、それがたとえば、文字の書き間違いやヒステリーの隠れた原因になっているということを解き明かしました。

その後、スイスの心理学者ユングは、無意識には、個人に属する部分(個人の無意識)と、民族や人類全体に属する部分(集合的無意識)があることを発見します。

 

先ほどの、人の心の建物のたとえに戻り、3階の部分を個人の無意識、4階の部分を集合的無意識だと考えてください。抽象的でイメージしにくいと思いますので、3階に置かれているのは高性能のコンピュータであり、4階には、このコンピュータに命令を与える熟練プログラマーがいると考えてください。

もちろん、無意識(潜在意識)という言葉の通り、通常はどちらも、気づくことのできない心の働きです。

 

3階のコンピュータは、何かを実現するように命令(プログラミング)を与えられると、自動的に働き続け、主観(2階部分)に、それを果たすためにはどのように行動したら良いかを直感という形で教えてくれます。

 

このコンピュータに命令を与えているプログラマーは、実は2人います。4階のプログラマーと2階のプログラマー(個人の主観)です。

先ほどは、記憶、思考、想像などの名の機械と言いましたが、過去に考えたり、体験したり、周囲の人から聞いたり、学校で教わったりしたことの一部は、知らず知らずのうちに個人の無意識(3階)に、プログラミングという形で伝えられています。

また、意図的にプログラムを伝えることもできます。

そして、個人の主観が行なったプログラミングには、望ましいものも望ましくないものもあります。

 

交流分析という心理学の専門の方が、山田洋次監督の映画「男はつらいよ」を例に説明していました。

 

フーテンの寅さんは小さいころに、自分は、父親が「酔っ払って、ヘベレケになったときに作った子ども」だと聴かされて育ちます。

そして、繰り返しそう聴かされたことが原因となり、「自分は幸せになってはいけない」という命令を、知らず知らずのうちに自分の無意識にプログラミングしてしまったと考えることができます。

このプログラミングが、大人になっても働き続け、寅さんは、幸せになるチャンスが訪れるたびに、理由に気づくことなく、それをぶち壊しにする行動をとっていると解釈することができます。

 

心理学では、まさにこのプログラミングのことを、幼少時に形成された“脚本”と呼んでいます。

 

集合的無意識と呼ばれる4階のプログラマーの話しをしましょう。これらの中でも、宇宙のすべての存在に行き渡っている集合的無意識があると考えられ、バラ十字会では「宇宙意識」と呼ばれています。

先ほどの個人の主観によるプログラミングとは対照的に、この宇宙意識のプログラミングには、望ましくないものはひとつもありません。

といのも、宇宙意識の性質は完璧にポジティブだからです。宇宙意識は、真善美という基準にかなうようにものごとが運ぶことを常に意図しています。

 

参考記事:『真善美について

 

ともあれ、最高の知識と、最高の善意と、最高の調和を兼ね備えた完全無欠なプログラマーが、人間の心の4階部分に存在してくれていると考えてください。

 

一例を挙げます。個人の無意識の重大な役割のひとつに、体の生理活動をコントロールすることがあります。

人体では、何十万という化学反応が同時に進行しています。また、あらゆる器官がリズムよく活動を続けています。

健康のために、これらすべての調和が保たれているのを不思議に思ったことがおありではないでしょうか。

オーケストラの指揮者のように、これらのすべてをコントロールしているのが個人の無意識というコンピュータで、このコンピュータに絶妙な指令を与え続けているのが宇宙意識です。

 

一方で私たちの主観(2階部分)は、はっきり言えば、この完全無欠なプログラマーを邪魔して、望ましくないプログラムをしょっちゅう書いています。

 

話しが長くなりました。話題を瞑想に戻します。

瞑想には、さまざまな種類のものがありますが、今回のテーマに関連する瞑想の目的として、次の2つを挙げることができます。

1.個人の無意識に伝えられた望ましくないプログラミングを解除する

2.個人の無意識に、自分の望む結果をもたらすプログラミングを伝える

 

この2つを目的とする瞑想に上達すると、次のような変化が表れます。

1.望んでいることを実現する能力が高まる

2.人生で直面する困難が減る

3.健康が改善する

 

今までご説明してきたことから、この変化が生じる理由は明らかなことと思います。

ただし、制約があります。先ほど説明した宇宙意識のプログラミングは極めて強力なので、宇宙意識の性質に反する望みは、結局のところ実現しませんし、宇宙意識の命令によって生じている困難は避けることができません。

 

当会の通信講座のカリキュラムでは、瞑想の基礎は、学習を開始して3ヵ月後に学ぶことになります。そして、自身の無意識にプログラミングを伝える方法は6ヵ月目、望ましくないプログラミングを解除する方法は22ヵ月目に学びます。

情報を出し惜しみしているわけではないのですが、それぞれのテクニックを効果的に用いるためには、知っておくべき前提知識がありますし、予備的な練習が必要になりますので、すぐにすべてをお伝えすることはできないのです。

 

ご興味がありましたら、自宅で気楽に体験することができますので、まず下記のURLから申し込んで、1ヵ月目の教材を無料で手に入れてください。

http://www.amorc.jp/request/trial.html

2ヵ月目以降は有料になりますが、会費が安く設定されていますので、無理なく継続することができます(月額3,360円、一括払い割引制度もあります)。

 

私には夢があります。

多くの人に効果的な瞑想の方法を知っていただき、望ましくないプログラミングという“がらくた”を捨てていただきたいのです。

そしてその代わりに、「世界平和が実現する」、「飢餓がなくなる」、「地球環境が守られる」というプログラミングを、自分の心の中に書いていただきたいのです。

これらが、宇宙意識のプログラミングと対立することは決してありません。

多くの人のこれらの望みが実現したとき、世界はどれほど素晴しい場所になるでしょうか。それを見てみたいというのが私の夢です。

 

最後に青臭いことを書いてしまいました。聞かなかったことにしてください。

では、また。

 

 

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宇宙という名の楽器(その3)

2017年2月17日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

東京板橋は、朝からとても温かくなっています。厚手のジャケットとマフラーを着て家を出てしまったので、歩いていて汗ばむほどでした。

風が、かなり強く吹いていました。幸いなことに、私の髪型が乱れる心配はないのですが…(笑うところです)

春一番ですね。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

山形にお住まいの当会の理事の方が寄稿してくださった、世界の音楽についての記事の第3回をお届けします。

 

第1回と第2回は以下のリンクをクリックして読むことができます。

宇宙という名の楽器(その1)

宇宙という名の楽器(その2)

▽ ▽ ▽

『宇宙という名の楽器』(その3)

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下勝悦

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下勝悦

 

それでは次にアメリカに行ってみましょう。

アメリカを代表する音楽、ジャズで使われる音階にブルーノートスケールと呼ばれるものがあります。最後はこの話で締めくくりましょう。

ここで皆さまにご理解とご了承を願いたいことがございます。文中に差別用語と思われがちな言葉や文章が出てまいりますが、当方には一切そのような意図はございません。歴史を語る必要上のことですのでご理解をお願いします。

 

その昔、奴隷としてアフリカから連れて来られた黒人たちは太鼓を叩くことを禁じられました(ニューオーリンズだけは例外だったとか…この話は別の機会に)。

禁止された理由は太鼓を叩くことにより意気高揚し、反乱を起こす危険を避けるため、さらに、太鼓の音を使って会話する、いわゆるトーキングドラムを禁止するためだったと言われています。

では、どうやって太鼓で会話が可能なのでしょうか? その答えはアフリカ特有の言語にあります。アフリカの言語は同じ言葉でも音の高低で意味が違ってきます。このことを利用し太鼓の音を使って会話するのです。これがトーキングドラムです。

トムトムを叩く手

 

同じような理由で唄うことも禁止されました。ただし、教会で賛美歌を唄うことだけは許されました(太鼓を叩けないことのストレスを発散するためとも言われています)。

このとき、思いがけないことが起こりました。ときおり、伴奏のオルガンの音程と黒人の歌声の音程がズレるのです。どうやらミとソとシの音をわずかですが音程を下げて唄っているようです(きっちり半音ではなく)。

これが後に西洋12音階に組み込まれブルーノートスケールとなりました。しかし、なぜ特定の音を下げて唄うのでしょうか?

 

これも言語に関連しています。

わかりやすい例で説明しましょう。フランス語をゆっくりと話すとシャンソンになり、イタリア語はカンツォーネになる(これは様々な言語にあてはまります)と言われています。

加えて私ごとですが、アフリカのセネガルの言葉を聞く機会がありました。驚きました。感激しました。普通の話し言葉が歌を歌っているかの様に聞こえるのです。一級品のジャズボーカルを聞いている様でした。

 

つまり、人は唄うように語り、語るように唄っているのです。ちなみに日本語の響きを外国の方々は東洋の神秘と表現するのだとか……

 

話の内容がテーマから外れてしまったようです、修正して結論に行きましょう。人間とは宇宙と云う名の楽器の相対物なのです。しかし、人間が音楽を表現するとき、肉体身体というフィルターを通ることになります。

この時点で宇宙の音楽は様々なジャンルの音楽に変換(変化)されるのです(と、私は考えています)。本当に音楽とは楽しくもあり、不思議なものです。

 

話しが長くなってしまいました。最後は私の大好きなこの言葉で締めさせていただきます。

『音楽は平和の象徴、音楽ある所に平和あり。又、そうでなければならない。』

私の中学時代の恩師の言葉です。

 

△ △ △

いかがでしたでしょうか。

ブラジル音楽のボサノヴァは、(ポルトガル語で)「恋人に語りかけるように歌う」と、『題名のない音楽会』で歌手の小野リサさんが話していたのを思い出しました。

 

さて来週は、米国でブームになり、多くの企業の社員研修に取り入れられている瞑想の具体的なやり方についてお話ししたいと思います。

では、また。

 

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