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コミュニケーションについて

2018年6月15日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

東京板橋は本格的に梅雨です。特に今日は、朝からずっと雨が続いていて肌寒いほどです。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

 

私たちの事務所のすぐ近くには旧中山道が走っていて、仲宿という商店街になっています。一日中、多くの歩行者と自転車と軽自動車が行き交っています。

最近ではその中に、スマートフォンなどのイヤホーンで耳をふさいでいる人が多くいます。

周囲の音が聞こえないため、これらの人が危うく交通事故を起こしそうになっている場面を何回か見たことがあります。

 

当会のフランス本部の代表が、最近のコミュニケーション事情について書いた文章でこのことを取り上げています。

以下に、この文章の翻訳を紹介させていただきます。

 

▽ ▽ ▽

 

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサンのブログ

記事「コミュニケーションについて」

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

Serge Toussaint

 

最近、コミュニケーションに関して多くのことが語られています。

文字通りの意味ではコミュニケーションは伝達、つまり情報を交換することを目的に行われます。しかし現在ではコミュニケーションの目的が、できるだけ多数の人の注目を集めることである場合も多くなっています。

この傾向は、伝統的なメディア(雑誌、ラジオ、テレビ)にもインターネットにも見られ、その結果、大きな混乱が生じています。事実と虚偽、情報収集と情報中毒、コミュニケーションと宣伝を区別することが、必ずしも簡単ではなくなっているからです。

目利きの人たち、特にジャーナリストたちでさえ、これらの境界線があいまいであるため、ものごとを見抜くのに困難を感じています。

情報端末機器を手にした外国人の若い男女

 

一部のテレビ番組で同じ“情報”が一日中繰り返されていることによく表れていますが、人間の活動のほとんどすべての分野で、あらゆる手段を用いてコミュニケーションが間断なく行われています。

そして、伝えられている内容が興味深いものであっても、そうでなくても、役立つものであってもなくても、根拠があってもなくても、確認がされていてもいなくても、地球上のある部分から他の部分に瞬時に伝えられるような“コミュニケーション手段”の助けを借りて、できるだけ多くの人が情報に触れるようにされています。

その結果、コミュニケーションに関して技術的な制約はほとんどなくなり、ある人が個人として自分に制約を課さない限り、ほとんど限界なく情報が伝達されるようになりました。

 

インターネットなどのさまざまな手段で、私たちはますます頻繁に他人とコミュニケーションを取るようになった一方、家族や近所の人たちや、電車や地下鉄や飛行機でたまたま隣に座った人と会話を交わす時間は、ますます減っています。

家族と食事をしていても、同じテーブルを囲んでいる人ではなくSNS上の受信や発信に気を取られている多くの人がいるのに、あなたもお気づきのことと思います。

食卓の団らん

 

路上でも、スマートフォンやタブレット端末のイヤホーンを着けている人や、画面をちらちらと見ながら歩いている人の、何と多いことでしょうか。事故を避けるために、“スマホ中毒者”専用の通路さえ作られています。しかしそれは、賢明な対策なのでしょうか。

このような“コミュニケーション”の行き過ぎによって、次は何が起こるのでしょうか。

 

 

極めて気がかりなもう一つの点は、インターネットによって匿名のコミュニケーションができるようになったことです。このことが、安易な悪口、中傷に道を開きました。

いわれなく名誉を毀損された人が、それに反論して打ち勝つことは、従来のメディアにおいてさえかなり困難になっていますが、インターネット上ではそのようなことはほぼ不可能です。

この分野におけるテクノロジーの進歩は、人間の良心や法律の進歩よりも速い勢いで進んでいるようです。さらに、さまざまな国で活動している、悪事を行うことを何とも思わない人たちが作った多くのサイトが、事態をさらに悪化させています。

インターネット利用者のすべてに、自身の責任に向き合うことを強いる国際的な法律の枠組みは、いつになったらできるのでしょうか。もちろん、規制よりもすべての人が高い倫理感を持つことが理想ですが、そのようなことは空想的な理想社会でしか実現しないことでしょう。

 

次のようなことわざがあります。「何かを口に出そうと思ったとき、それが沈黙より美しくなければ、やめておきなさい」。少し言い換えて、つぎのように付け加えることもできます。「何かを書こうと思ったとき、それが真に興味深いものであり、事実に沿っているのでなければ、やめておきなさい」。

コミュニケーションにおいて、私たちはこの理想から遠く隔たっています。

私たちが知恵と節度を示すことができるようになり、インターネットやスマートフォンなどを通した意見の交換が、調和に満ちた、有益で建設的なものになる日が訪れることを、私は心から願っています。

 

 

バラ十字会AMORCフランス本部代表
セルジュ・ツーサン

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

本稿はそのブログからの一記事。

 

△ △ △

 

再び本庄です。

高校生ぐらいの年ごろの人たちが、ファストフードの店でテーブルを囲んで、ひとこともしゃべらずにスマートフォンを操作しているのを、ときおり見ることがあります。

余計なおせっかいかもしれませんが、彼らは本当に楽しいのでしょうか。

 

間違っているかもしれませんが私は、社会の危機なのではとさえ感じることがあります。

皆さんは、どのようにお考えになるでしょうか。

 

では、今日はこの辺で。

また、お付き合いください。

 

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月とヘビとウサギ

2018年6月8日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

昨晩の東京板橋は、金星と火星がさんさんと輝く、澄んだ夜空となっていました。本格的な梅雨の前の最後のごほうびでしょうか。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

 

さて、私ごとですが、最近、縄文文化について調べていました。

縄文時代は今から約12,000年前に始まり、約2,000年前まで続いています。直後の弥生時代から現在までの5倍も長いのです。

ですから縄文時代は、私たちの文化や深層意識にきっと大きな影響を与えているはずだと考えたのです。

 

ご存じのことと思いますが、この文化の特に印象的な遺物に、土器と土偶があります。人の形をかたどっているように見えるのが土偶ですが、中央が落ちくぼんでいる顔をしている土偶が、かなりの数見うけられます。

またそのような土偶の一部は、顔が多少上向きになっていたり、完全に上を向いていたりする、人間とは思えない不自然な形をしています。

さらに奇妙なことに、涙を流していたり、鼻水やよだれを流していたりするように見える線が描かれていることがあります。

 

Dogu (clay figurine) with heart-shaped face, Jomon period, 2000-1000 BC, from Gobara, Higashi Agatsuma-machi, Gunma - Tokyo National Museum - DSC06322

群馬県吾妻郡出土の通称「ハート形土偶」。顔の中央が落ちくぼみ、上を向いている。ネリー・ナウマン(後述)によればハート型やいちょうの葉の形は、月が欠け、再生し、満ちることを象徴している。 By Daderot [CC0], from Wikimedia Commons

 

ウィーン大学の教授ネリー・ナウマンは、日本の古代文化の専門家であり縄文研究の第一人者でした。ちなみに、ナウマン象の名前の由来になった地質学者のナウマンは男性であり、彼女とは別人です。

ネリー・ナウマンの縄文研究の集大成と言われるのが、邦訳で『生の緒』(いきのを)という題の本で、その中で彼女は、顔の中央が落ちくぼんだこの種の土偶が月の神を表わしているという説を唱えています。

 

長野県藤内遺跡出土の土偶

長野県藤内遺跡出土の土偶。顔の中央が落ちくぼみ、後頭部はとぐろを巻いた蛇に飾られている。額はイチョウの葉形をしており、左目の下には涙のような線が刻まれている。クリックすると拡大されます。(ネリー・ナウマン、『生の緒』、言叢社、p.152)

 

そして、この説の裏付けとして、月に関する世界中の言い伝えを紹介して、古代人にとって月は何を意味していたのかを説明しています。

このブログでたびたび話題にしていることですが、世界各地の古代の象徴や言い伝えには、驚くほど多くの共通点が見られます。月にまつわる言い伝えもまさにその一例です。

以下の話題は、『生の緒』に紹介されている言い伝えと、私が他の本やインターネットから得た情報です。

 

月を記号で表わすとしたら、あなたはどのような図形を描くでしょうか。きっと三日月を書くのではないでしょうか。実際に、占星術やタロットに使われている象徴でもそうですし、ほとんどの場合、国旗や紋章に描かれる場合もそうです。

三日月形のこの記号は、古くから世界の多くの場所で同じであったようです。そして、ペンシルヴェニア大学のシュメール文化の研究家マーク・G・ホールの説によれば、元々それは新月から数日後の月相(月の形)を描いたのではなく、月の神のための儀式に用いられたボウルのような容器を横から見た断面でした。

シュメール文化の初期の碑文には、月神の祭りで用いられる、飲むと不死になる液体が入った容器のことが書かれているそうです。

 

さらには、月そのもののことを液体の入った容器だと見なす言い伝えもあります。

アメリカの古い言い伝えでは、月は、雨期に降る雨を溜めている容器だとされています。次のような言葉が残されています。「月は太陽ほど輝かない。泣くことで自らを空にする天体だからである。月は液体を放つ。光や叫び、雨がそれである。」

 

新月の時期が近くなり、月が欠けて空から失われてしまうように見えることは、死を連想させます。しかし3日ほど経つと、月は再び現れて日が経つとともに満ちていきます。このため、古代人は月のことを、生命、再生をつかさどる神だと考えました。

 

円錐形土偶、鋳物師屋遺跡

鋳物師屋遺跡出土の円錐形土偶。顔の中央が落ちくぼんでいる。ナウマンによれば、いちょうの葉形の額と三本指の手も月を示す象徴的表現である。クリックすると拡大されます。(国際縄文学協会、『Jomon Vol.6』、半田晴久、p.49)

 

また、今では忘れかけられている知識になっていますが、動植物の成長、生殖に月は大きな影響を与えています。

よく知られている例が2つあります。

 

ひとつは、珊瑚(サンゴ)の多くが、夏の満月の夜に一斉に産卵するということです。

もうひとつは、俗に10月10日(とつきとおか)と言われますが、人間の受胎から出産までの平均の日数は、月の満ち欠けの周期(朔望月、29.5日)の9倍(265.5日)に、ちょうど一致するということです。

月が生命や再生に結びつけられたのは、これらのことも理由の一端になっているのでしょう。

 

動植物の成長や生殖と月の関係についての他の例にご興味がある方は、以下の電子書籍の第10章を見てください。

www.amazon.co.jp/dp/B013ZZA6ZA

ライフ・マップ表紙

 

翻訳文の言葉づかいはやや古いですが、他の章にも、人生の7年周期など、周期にまつわる興味深い話題が掲載されています。

 

話を戻します。不死や若返りと月を結びつけて考えることは世界中で見られます。

日本ではたとえば、万葉集の歌や竹取物語が例として挙げられます。

「天橋文 長雲鴨 高山文 高雲鴨 月夜見乃 持有越水 伊取来而 公奉而 越得之早物」(集歌3245番)

(天上への橋が、長くあってくれたら。高山が、高くあってくれたら。月の神が持っている変若水(若返りの水)を取って来て、貴きあなたに差し上げて、若返っていただくのだが。)

 

竹取物語では、かぐや姫が「月の都の人は老いることがない」と語り、別れの際に、自分に恋い焦がれる帝に「不老不死の薬」を渡します。

帝は、かぐや姫が月に去った後に、彼女がいない世では不死であっても意味がないと語り、日本で一番高い山で不老不死の薬を燃やすように命じます。このことが富士山(不死山)の名前の由来だという説があります。

 

古代インドの宗教では、月はソーマで満たされたお椀だとされています。ソーマとは神々が不死であるために飲む液体で、後には月そのものがソーマと呼ばれるようになりました。

 

沖縄の宮古島にも、月と不死にまつわる民話が伝わっています。人間に寿命があることを月の神が気の毒に思って、不死の水を人間に飲ませようと考えました。

そして、不死の水と死の水の2つを別々の桶に入れて使いの者に担がせて地上に送ったところ、男が疲れて休んでいる間に、一匹のヘビが不死の水を浴びてしまいました。そこで人間は死の水を飲むしかなくなり、ヘビは毎年脱皮して長生きをし、人間には死が定めとなったのだそうです。

 

大英博物館が所蔵している、土地の境界を示す古代バビロニアの石(kudurru)には、太陽神シャマシュ、金星神イシュタル、月神シンが描かれています。月神シンは三日月型の断面をした皿として表わされ、蛇がその皿の中の液体を飲んでいます。この液体も、不死であるための飲み物だと考えられています。

 

古代バビロニアの境界石の彫刻の一部

古代バビロニアの境界石の彫刻の一部。クリックすると拡大されます。(ネリー・ナウマン、『生の緒』、言叢社、p.158)

 

ヘビは成長とともに脱皮を繰り返しますが、脱皮の直前には死んだように動かなくなります。そして、皮を脱ぐと、柔らかい若々しい姿を取り戻します。

そのため、ヘビも月と同じように再生の象徴になったと考えられます。そして、ヘビが脱皮によって若さを蘇らせることができるのは、月の神が放出する液体を飲んでいるからだとされたのです。

月とヘビという組み合わせと象徴としての意味が、宮古島と古代バビロニアの言い伝えで全く同じであることに驚かされます。

 

日本では正月に鏡餅を飾りますが、民族学者の吉野裕子さんの説によれば、ヘビは古語では「カガ」であり、「カガミモチ」はヘビの体の形をした餅を意味します。

2つ重ねにされた丸餅とその上のミカンは、とぐろを巻いたヘビの姿とヘビの目の象徴だと考えられます。

正装した家長が鏡餅を見ながら酒を飲むことで歳神を祭るのが、この年中行事であり、その背後にあるのは、生命力や再生を象徴するヘビへの古代からの信仰です。

 

最初にご紹介した、土偶に描かれている涙や鼻水やよだれですが、月の神が放出する生命力に満ちた不死の液体を象徴しているとナウマンは考えています。

 

笛吹市・一の沢遺跡出土の土偶

笛吹市・一の沢遺跡出土の土偶。両目の下に涙を表すような線が刻まれている。クリックすると拡大されます。(国際縄文学協会、『Jomon Vol.6』、半田晴久、p.27)

 

月といえば、すぐに連想されるのはウサギでしょうか。

中国では、月にはウサギがいて、臼と杵(きね)を用いて不老不死の薬を粉にしているとされています。

ここでも月と不老不死が関連しています。

この伝説が日本に伝わって、満月が望月(もちづき)と呼ばれることから、ウサギが月で餅をついているという伝承になったのだと思われます。

 

メキシコでは、月にウサギがいて、リュウゼツランの液から造るプルケという白い酒と関連しているとされています。

同じような言い伝えはテキーラにもあります。ある日、ウサギ狩りをしていた人に二匹のウサギが突進してきたのだそうです。

狩人がそのウサギの後をつけると、リュウゼツランの根が巣穴まで伸びており、そこにたまった樹液をウサギが飲んでいました。これがテキーラの発明されたいきさつだとされています。

ですからテキーラを飲み過ぎると、人もウサギのように目が赤くなるのだそうです。

 

酒は、古くは不老不死の薬を意味していたので、ここにも象徴の一致が見られます。

 

日本、中国、台湾では口噛み酒という風習が知られています。神事に用いられる特に神聖な酒は、巫女が米やサトウキビを噛んで作るというものです。

2016年に大ヒットしたアニメーション映画『君の名は』でもこの風習が取り上げられました。そのモデルになったのは、長野県佐久市にある新海三社神社で、年一回行われる口噛み酒の奉納行事だそうです。

 

今までの情報から推測すると、巫女は月の神の代理であり、月の神の唾液によって不死の飲み物を作ることを象徴していると考えられます。

 

 

今回は、世界各地に知られている、月、ヘビ、ウサギ、不死、酒にまつわる言い伝え、象徴としての意味の一致を見てきました。

最初にお話しさせていただいたように、一万年も続いた縄文時代は、私たちの心に深い影響を与えているはずです。ですから、私と同じように、このような伝承に、奇妙な納得感や懐かしさを感じた方もいらっしゃることと思います。

 

では、今日はこの辺りで。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

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猫の恩返し

2018年6月1日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

 

東京板橋は今日、さわやかな一日になっています。天気予報によれば、来週にも梅雨入りだそうです。

いかがお過ごしでしょうか。

 

 

今回は、山形県に住む私の友人の山下さんから寄稿していただいた文章をお届けします。

 

▽ ▽ ▽

 

記事:『猫の恩返し』

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下勝悦

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下 勝悦

 

『犬は人に就く、猫は家に就く』ということわざがあるのだとか。だとすれば、猫の立場からすれば、飼い主とは『ご飯を食べさせてくれる“同居人”』と言うことになるのでしょうか?

こんなことを言えば猫好きの方々から『何言ってるんだ(怒)』と、お叱りを受けそうですが、まずはご容赦を。この話は猫の嫌いな方から聞いた話ですので…(それでもやっぱり猫好きの方々は腹が立ちますよね…)。

さて、今回は我が家で飼っていた……というよりは家族の一員として暮らしていたトラ猫、付いた呼び名が三代目茶々丸、通称『茶々』の話です。

 

ある日の夜のことです。私が会合から帰ってくると玄関の近くで猫の鳴き声が聞こえます。声のする場所に目をやるとトラ毛の子猫がいます。

どうやら親にはぐれた野良の子猫のようです。私を見ても逃げようともしません、それどころか、ニャーニャーと鳴きながら私の足元に擦り寄ってきました。

なんとか助けて上げたいとは思ったのですが、実は我が家では飼い猫に関して辛く悲しい思いを、ここ数年間で二回も経験していたのです。そこで『我が家では、何があっても猫は絶対に飼わない!!』。これが我が家での暗黙の了解となっていたのです。

可哀想でしたが、今回はなんとか、お引き取り願いました(早い話しが追い払ったのです)。ところが、翌日も、翌々日もやって来ました。

とうとう根負けして我が家で面倒を見ることに。そこで改めて良く見ると、全身が見事な虎毛、俗にいうキジトラでした(左目の上に二本だけ白い毛がありましたが)。

トラ毛の子猫

 

さて、我が家で暮らすには、先ずは決まった場所でのトイレです。早速にトイレ砂を購入、手頃な箱も準備。次にカミサンと『さて、どうやってトイレを教えたら良いものか…』などと話しながらトイレ砂を箱の中に。

すると私の横にちょこんと座り、私のすることをじっと見ていた茶々、おもむろに立ち上がり、何をするかと思えば、なんと!? 自分からトイレ砂に。そして『これで良いんでしょう』と言った顔(?)で用を足し始めました。

これには驚きました、と同時に『この猫は半端でなく賢いのでは』と思いました。実際そうでした。

 

我が家で暮らし始めてすぐのことです。朝方早くに、私の耳元でニャーニャーと激しく鳴くのです、時計を見るとピッタリの六時半です。私が『ハイハイ、分かりましたよ、起きれば良いんでしょう』。

すると、今度は私の方を振り返りながら台所に置いてある自分の食器の前に直行です。なんと、朝ご飯の催促でした。翌日からこの行動は恒例行事となりました(笑)。

私はこのことを不思議に思い、猫の生態に詳しい知人に聞いてみました。すると『山下さん、朝の六時半にご飯食べさせたでしょ……』。なるほど…納得…です。

それ以来、目覚まし時計代わりに毎朝活躍してくれることに(笑)。

 

茶々はその後、次々とユニークな行動を見せてくれました。私が座ると、待ってましたとばかりに膝の上に。さらに気が向くとポーンと肩に跳び乗り、ちょこんと座って澄まし顔(爪も立てずに上手なものでした)。

これを目にした、茶々が我が家に来た経緯を知る客人は『きっと命を助けて貰った恩返しのつもりで、一生懸命に甘えているんだろうね、可愛いね~』。と言ってくれました。

 

縁あって我が家の一員となった茶々、少しずつ環境にも慣れ、私以外の家族にも親しく接する様になり、ユニークな行動も次第に増えていきました。

まずは、毎朝の恒例行事となった目覚まし時計に始まり、朝ご飯を食べ終わるとお昼まで二階の部屋で爆睡。午後はカミサンと一緒に事務所に移動、机や書類棚の上に鎮座し、招き猫よろしく家業の手伝い(?)です。

 

さて、夕方になり一日の仕事が終わり、私がウイスキーのボトルとグラスを出して茶の間に座るや否や、私の目の前に座り込み、私の顔をじっと見るのです。

もうお分かりですよね…。『お酒呑むんでしょ、何か食べるんでしょ、茶々にも頂戴…』。いわゆる、催促の仕草です(笑)。そこで茶々の好物だった笹蒲鉾をちぎって食べさせるのですが、食べ終えると右の前足を私の膝の上にひょいと乗せ、私の顔を見るのです。

もっと頂戴の合図です。これには、思わず『茶々、こんなこと誰から教えて貰った?』。もちろん、茶々は知らん顔でしたが…。

 

茶々はボール遊びも得意でした。私がスーパーボール(合成樹脂の良く跳ねる小さなボール)を見せると台所に直行、私がボールをポンと落とすと一生懸命追いかけ回します。

ところが築ン十年の傾き掛けた我が家の悲しさ、ボールは傾いた床を転がり冷蔵庫の下に。すると、急いで私に駆け寄り、目を真ん丸にして『ニャーニャー』と大騒ぎです。

そこで私が物指しを持って床に腹這いになりボールを探すことに。すると茶々も、私の直ぐ横で一緒に腹這いになり『ボールは何処じゃ~!!』。

これには母とカミサン『自分も一緒に探している積もりなんだろうね~』と感心したり呆れかえったり(笑)。

 

こんなことが数回続いた後のことです。今度は自分でボールをくわえて台所の真ん中に行き、そこで首を伸ばし背伸びをしてボールを口から落として追いかけるという、一人遊びを始めました。

もちろん、ボールが冷蔵庫に隠れてしまうと私に駆け寄り『ニャーニャー』でしたが。

トラ毛の子猫

 

そういった平和で楽しい時間が一年と数ヶ月過ぎたある日のことです。その頃、茶々は夜になると必ず外に出て行っていました。猫の習性として、縄張りの見回りだったと思います。

いつもは一時間位で帰ってきていたのですが、その日に限って中々帰ってきませんでした。心配でしたが、こんな日もあるだろうと、構わず寝てしまいました。

 

ところが翌日の朝、自宅前のJR奥羽線をまたぐ陸橋の車道で冷たくなって死んでいるのが見つかりました。車の通る場所には絶対に近づかなかったのですが、恐らく街路燈の灯りに集まる蛾を追い掛けて車道に飛び出し、車に跳ねられたのだと思われます。

ところが不思議なことに、かすり傷はおろか、一滴の血も流していませんでした。まるで、眠っているような姿でした。

あれから、もう三十年近い時間が過ぎてしまいました。今になって思えば、不慮の事故で命を落とすこととなっても、私と最初に出会った時のままの可愛い姿でいてくれたのは、私に対しての『茶々なりの最後の恩返し』だったのかも知れません。

 

△ △ △

 

下記は前回の山下さんの記事です。よろしければ、こちらもどうぞ。

参考記事:『松尾芭蕉の本音と建前

 

今日はこの辺りで。

また、お付き合いください。

 

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名誉を重んじることについて

2018年5月25日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

東京板橋では、このところ雨が降ったりして、梅雨が近づいてきたことを思わせます。

いかがお過ごしでしょうか。

 

当会のフランスの代表が先週、名誉をテーマにブログ記事を書いています。その中で彼は、フランスでは最近、倫理的であることがあまり重視されなくなった、手本になる人が少なくなったと嘆いています。

 

このところ日本で話題になっているニュースのいくつかにも、同じことが感じられないでしょうか。悲しいことです。

以下に、この記事の翻訳を紹介させていただきます。

 

▽ ▽ ▽

 

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサンのブログ

記事「名誉を重んじることについて」

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

Serge Toussaint

 

名誉を重んじる(honneur)とはどのようなことかを辞書で調べると、「自分自身や他の人からの、自分への評価が下がることを行わないようにするという道徳的な原則」とされています。

ですから、名誉を重んじることは、「善と悪を判別する良識」にあたる道徳心と深い関係があります。別の言い方をすれば、名誉を重んじることと倫理観には、切っても切れない関係があります。

そして、正直であること、道義的であること、責任感があること、そして敬意を払うことなどを含むその人の倫理観が、名誉を重んじる態度に反映されています。しかし、これらの倫理は、最近ではあまり重視されなくなってしまったように思われます。

このことは、真の道徳教育が足りていないことが理由なのでしょうか。それとも手本となる人が少なくなったのでしょうか。

 

一方で、名誉を重んじることを、自分の評価を高めるような道徳的な価値観に従うということだけに限定して考えるべきではありません。そこには、倫理的に高い水準にある人たちの素晴らしさを理解し、そのような人に高い評価や敬意を示すということが付け加えられるべきだと思います。

実際に、聡明さや知識、努力、功績が理由で、名誉を与えられるべき人が多数います。地域社会の人々から、あるいは国家から、さらには人類全体からでさえ、尊敬と表彰を受けるに値する人たちがいます。

そのような人と知り合う機会があったら、私たちはそれを名誉なことと考えるべきでしょうし、その人と親密に心を通わせることは貴重な体験になることでしょう。有名であろうとなかろうと、そのような人の多くは、生き方の貴重な手本になってくれます。

赤で統一された表彰舞台―月桂冠と王冠

 

ご存じのように、一部の国には、尊敬と名誉に値する人に対して公の表彰が与えられる制度があります。たとえばフランスでは、受彰者の功績の分野と重要さによって、シュバリエ、オフィシエ、コマンドゥールなどの種類のレジオンドヌール勲章があります。

不必要な議論を起こすことを望んでいるわけではないのですが、これらの勲章の選定基準が、はなはだしく適切でないことが時としてあります。

しかしそれでも私は、この制度を好ましいものだと考えています。この世に完全なものなどひとつもないのですし、名誉を重んじるという観念が失われてしまうのを防ぎ、社会的な価値として保つことに、この制度が役立っているからです。

 

名誉を重んじるということは、たびたび話題にされますが、時として別のことと混同されています。名誉が倫理観に基づいておらず、エゴの過剰な反応がそのベースにあるような場合です。

たとえば過去の世紀には、貴族が侮辱されたことを理由に、「汚名をすすぐこと」を求めることが度々あったことが知られています。彼らは、どちらが勝つかがはっきりしない決闘という手段を用いて、自分の名誉を回復しようとしました。

このような極端な場合ではなくても、現代でも、実際には自身の名誉が問題にされているのではなく、エゴが傷つけられたというだけの理由で、より具体的に言えば謙虚さに欠けていることが理由で、さまざまな状況に対して、極めて望ましくないやり方で行動する人たちがいます。

二丁のフリント銃

 

もちろん、実際に不当に名誉が傷つけられるというできごとも少なくありません。

このようなことは個人的な場でも、公の場でも起こりますが、後者の場合には「悪口を言え、悪口を言え、そうすれば必ず何か(の影響)が残る」という言葉の通り、名誉を回復するのが簡単でないことが多々あります。

マスメディアの一部は、単なるうわさや中傷を広めることをほとんど躊躇(ちゅうちょ)しませんが、不当に傷つけられた個人の名誉の回復に努力することに、それほど熱心ではありません。

その理由はまさに、マスメディアで働く人たちの一部が、他人の名誉だけでなく、自分の名誉を重んじる心を時として失っているからでしょう。

そして、報道が適切でないのか、それとも報道された人が何かと引き換えに道徳心を手放してしまったのか、そのどちらであるかを判別するのは常に難しいことです。

 

バラ十字会AMORCフランス本部代表
セルジュ・ツーサン

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

本稿はそのブログからの一記事。

 

△ △ △

 

再び本庄です。

「悪口を言え、悪口を言え、そうすれば必ず何か(の影響)が残る」(Calomniez, calomniez, il en restera toujours quelque chose.)は、フランス18世紀の戯曲『セビリアの理髪師』に出てくるセリフのようです。

 

今日はこの辺で。

では、また。

 

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武器軟膏について

2018年5月18日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

今日の東京板橋は、梅雨前のさわやかな一日になっています。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

今日は、ある人から聞いた奇妙な話題を取り上げたいと思います。

それは、中世に流行した「武器軟膏」(weapon-salve)と呼ばれている傷の治療法です。

現代の私たちから見ると、あまりにも奇怪な方法なのですが、17世紀のヨーロッパでは実際に使われていましたし、この治療法になぜ効果があるかが真剣に議論されていました。

 

この治療法に用いられる軟膏の多くには、「共感の粉」と呼ばれていた薬が含まれていました。この粉は緑礬(りょくばん)という鉱物から作られていました。

緑礬は錬金術でもよく用いられていました。この当時は、医学と錬金術がそれほど明確に別々の分野ではなかったのです。

中世の錬金術師の実験テーブル(イメージ)

 

面白いのは、この軟膏を用いる方法です。誰かが剣などの武器によって傷を負ったときに、それを治療するために、傷口ではなく、傷を負わせた武器のほうに軟膏を塗るのです!

「何と非科学的な」とお思いになるでしょうか。私もそう思います。しかし、具体的にはどこが非科学的なのでしょうか。

 

すぐに思いつくのは、傷口から離れたところに塗られた薬が、傷を治す作用を及ぼすはずがないということでしょう。

そして、当時もそのように武器軟膏を批判する人がいました。武器軟膏を用いている人たちのこの批判に対する反論は、たとえば磁石が発する力は、離れたところに及ぶではないかということでした。

 

さらに面白いことに、武器軟膏の効力を確かめるための、“科学的”だと思われる検証実験が行われていました。

傷を負った人とその傷を負わせた武器を、多数集めて(そのようなことができたのは驚きですが、当時は戦争が多かったのでしょう)、それらを半分に分けて、一方のグループには傷口に軟膏を塗り、もう一方のグループには武器に軟膏を塗ったのです。

その結果、武器に軟膏を塗った人たちの方が、治りがはるかに良かったのです。

中世の武器

 

なぜこのようなことが起こったのでしょうか。当時は消毒という考え方がなく、軟膏が不衛生な作られ方をしていたので、それを患部に塗るよりも、むしろ何もしないほうが傷の回復が良かったのではないかと思われます。

 

この話がなぜ面白いかというと、“科学的”であるということが実際にはどういうことであるかを深く考えさせてくれる一例だからです。

現代に暮らす私たちは、「それは科学的でない」とか、「それは科学的な考え方ではない」という言葉をよく使ったりしますし、さまざまな機会に耳にしたり、文章で読んだりもします。

そして、「科学的だ」という言葉が、「正しい」という言葉とほとんど同義語として用いられていることが多いようです。

 

しかし、改めて考えてみると、科学者を含む多くの人が現在信じている常識が、単に「科学的」と呼ばれていることが多いのではないでしょうか。

何が科学的で何がそうではないかと言うことは、単純な問題ではありません。

 

もう何十年も前のことになりますが、私は大学で、科学の基礎になっている枠組み(パラダイム)を研究する学部に所属していました。

今でも覚えているのですが、その学部の授業で、ある教師が「タイムマシンを作ることはできると思うか」と学生たちに質問したのです。

この質問には多くの学生が驚きました。熱力学という物理の分野ではエントロピーの法則というものが知られていて、タイムマシンはこの法則に反しているので、“科学的”に作れるはずがないというのが常識だったからです。

 

ひとりの学生がそのように述べると、その教師は言いました。

「私はその意見に賛成できない。それは考えの道筋が反対だからだ。現実をよく観察して、その現実を説明することのできる数学を発見するのが物理学だ。もしタイムマシンができたなら、その現実に合うように、物理学のほうを修正しなければならない。」

 

これと似た話をもうひとつ紹介させていただきます。以前にもこのブログで採りあげたことがあるのですが、南部陽一郎さんは、2008年にノーベル物理学賞を受賞した素粒子研究の第一人者でした。彼の業績を紹介したある番組で、ゲストの西田敏行さんがこう尋ねたのです。

「そうですか、世の中のすべての物は素粒子でできているのですね。」「それでは、命も素粒子でできているのですね。」

間髪を入れずに、南部さんはこう答えていました。

「あっ、それは私には分かりません。」

 

先ほどのタイムマシンの話もそうですが、このような言葉を聞くと、そこに表れている謙虚さに心を打たれます。

 

科学の歴史の研究家には次のことが知られています。ある時代のある地域には、物の見方や考え方を支配している特定の枠組みがあります。この枠組みはパラダイムと呼ばれています。

パラダイムの面白いところは、特殊な制約であるにもかかわらず、それに支配されている人たちの大部分が、そのパラダイムに気づかないとことです。

このことは、水面から出たことのない魚が水に気づかないことや(ほんとうでしょうか)、文法を知らなくても私たちが日本語を話せることにたとえられます。

 

先ほどの武器軟膏の場合も、その当時のその地域の人たちは、現代人とは異なる自分たちのパラダイムで、ものごとを見たり考えたりしたのであり、そのため、少なくない人が、武器軟膏のことを決して奇怪な方法ではなく “科学的”だと感じていたのです。

 

そして、現代の私たちが持っているパラダイムの多くも、未来になれば、時代遅れの“非科学的”な見方、考え方になるというのは、おおむね確実なことです。

実際に、現在の科学には多くの“非科学的”な点があるということが、21世紀に入ってからたびたび指摘されるようになり、今後のパラダイムがどのようなものになるかが研究されています。

 

このように考えると、現実をよく観察してそこから出発すること。現在主流になっているものの見方、考え方は決して絶対的でなく、時代や地域に限定されたものであり、将来も正しいかどうかは保証されていないということを意識しておくこと。

突き詰めて言うとこの2つ、特に後者が、21世紀後半に科学的だと言われる態度になるのではないかと私は考えています。

 

参考記事:「科学的なことと非科学的なこと

 

さて、先ほどの武器軟膏は、人類学という観点から見ると、接触魔術という行ないにあたります。

この行ないは、一度接触していたものは、接触しなくなった後にも互いに影響しあっているという迷信に基づいています。

 

原始的な宗教さえまだ出現していないほどの昔、原始人は、接触魔術と共感魔術という2つの魔術を行っていました。

接触魔術は先ほど説明しましたが、共感魔術とは、形が似ている2つのものは互いに影響するという迷信に基づく魔術です。

たとえば原始人は、日照りが続いたときには、小さな穴を空けた容器に水を満たして振るという魔術を行いました。それによって雨をもたらすことができると信じていたのです。皆さんも、敵の姿に似せた、木や藁(わら)でできた人形が、何に使われるかをご存じのことと思います。

 

この当時の人類は、狩猟、漁労、採集によって食物を得ていました。自然に対する正しい知識もとぼしく、農業技術も、しっかりとした住居も、協力体制を可能にする組織的社会もなく、飢餓、天候の変化、天災、肉食獣の危険に常にさらされ、嵐の中の木の葉のように無力な存在でした。

このような原始人の、恐れに満ちた心の状態と無力感を想像してみてください。

そして、彼らのパラダイムだったのが魔術的思考であり、彼らが主に頼っていたのが先ほどの2つの魔術でした。

人類がこのような暗闇の状態、背負わされていた恐怖から抜け出すことができたのは驚くべきことです。

 

私たち現在の人類はホモ・サピエンスと呼ばれ、およそ30万年前に出現しました。それに対して、人類の多くが魔術的思考から脱け出せるようになったのは、数万年前です。

つまり、私たちがホモ・サピエンスに進化した後だけを考慮に入れても、魔術的な思考をしていた時代のほうが、その後の時代よりもずっと長かったのです。

 

ですから、私たちの潜在意識には、魔術の時代の迷信が今でも影響を与えています。(それに加えて、今回お話しする余裕はありませんが、私たちの心の中には神話の時代の迷信もあります。)

 

参考記事:「人類と子供の心の進歩の段階

 

私たちは自分がどのような迷信に影響されているかを学び、心の奥底にある不要なガラクタを捨て去らなくてはなりません。

当会の提供している通信講座では、学習を始めてから12ヵ月後にこのことが詳しく解説されます。

 

今回は、このあたりで。

話題が行ったり来たりしましたが、興味深い、参考になったと、少しでもお感じになった点があれば、嬉しく思います。

次回もまたお付き合いください。

 

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