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イルミナティについて

2017年9月15日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

 

東京板橋では、朝晩が涼しくなりました。連休の台風が心配ですね。

いかがお過ごしでしょうか。

 

ある方から、イルミナティとバラ十字会にはどのような関係があるのですかとご質問をいただきました。

 

日本本部の代表を務めていて、ときおりいただく質問です。

 

当会のフランス本部代表のセルジュ・ツーサンが、このことについて自身のブログに記事を書いています。

よくまとまっている記事ですし良い機会ですので、今回はその翻訳をご紹介させていただきたいと思います。

 

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バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサンのブログ

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

Serge Toussaint

記事「イルミナティとバラ十字会について」

 

最近しばしば、「イルミナティ」という組織と、この組織が結成当初から持っていたとされる謎めいた目的について、様々なことが語られているのを耳にします。

作家ダン・ブラウンが書いた小説『天使と悪魔』によれば、この組織は16世紀にイタリアで結成されたとされています。

小説の内容と事実が、インターネット上で安易に混同されていることに加えて、さらに悪いことに、イルミナティという組織は現在も存在していて、政治、経済、金融、マスコミ、科学、神秘哲学などの人間の活動のほぼすべてに及ぶ人脈を持ち、その人脈を通して陰謀を繰り広げて、人類全体に害を及ぼしていると主張している人たちがいます。

 

この「陰謀説」はインターネットで話題にされ広められていますし、言うまでもないことですが、それに便乗して、売り上げを伸ばすために陰謀説を取り上げる本も多数あります。

そして、イルミナティが陰謀の中心的役割を果しているとされています。

 

ちなみに、ダン・ブラウンが「イルミナティ」という名前で小説に取り上げた組織と似た性質を持つ秘密結社は、実際に存在していました。

私の手元にある情報によれば、この組織が出現したのは16世紀ではなく18世紀で、イタリアではなくドイツです。

名前もイルミナティではなく、「イルミナテン」(Illuminaten)もしくは「バイエルンのイルミネ」(Illuminés de Bavière)という結社です。

 

この秘密結社は、カトリック教会に対して陰謀を企てたわけではありませんが、その教義に疑問を投げかけ、無神論と合理主義を広めるために活発に活動していました。

彼らが、当時のフリーメーソンのいくつかのロッジを通して、その目的を達成しようとしていたということも事実です。

そして、バイエルン選帝侯のカール・テオドールの命令によって1784年に活動を停止しました。

 

以上のご説明から、「イルミナティ」という言葉を、ドイツで18世紀に結成された組織「イルミナテン」を指すのに用いることは適切でないということをご理解いただけたことと思います。

また、あらゆる人種、国家、地域社会、社会階級、宗教宗派などと対立し、人類全体さえをも混乱に陥れる陰謀に携わっていると想定される集団が仮にいたとしても、それをイルミナティと呼ぶことも、やはり適切ではありません。

 

イルミナティという言葉をそのような意味で用いることは、少なくとも情報の混乱であり、悪く言えば情報操作です。

さらに言えば、フランス語の「啓発された」(des illuminés)という形容は、今ではやや皮肉を込めた否定的な意味で使われることがありますが、現代に暮らしている啓発された人たち全体を指すために、ラテン語の「イルミナティ」という言葉を使うことも、イルミナティと陰謀を結びつけて考えることと同じように誤りです。

 

ではイルミナティとは、本当は何を意味しているのでしょう。

バラ十字会に伝わる文献によれば、それは、12世紀に結成されたある神秘学派のメンバーたちのことです。

この時期には、十字軍の遠征が行われ、キリスト教徒とイスラム教徒が神の名のもとに戦っていましたが、この神秘学派はキリスト教徒とイスラム教の間の相互理解を促そうとしていました。

中世の城

 

この学派には、キリスト教徒とイスラム教徒だけでなくユダヤ教徒もいました。

そしてその全員が、十字軍という暴挙を終わらせ、寛容の精神を宗教間に育みたいという望みを持っていました。

今日ではバラ十字会AMORCが、平和と寛容というこの理想を受け継いでおり、会員に提供している学習カリキュラムのある課程には、「イルミナティ課程」という名がつけられています。

 

少しでも事情を知っている人であれば、「イルミナティ」について一般に語られていることと、当会の哲学や理念には、似たところはひとつもないことに同意されると思います。

陰謀という文脈でイルミナティについて語っている人は、自分が何について話しているかをよく知らないのです。

 

私は個人的に陰謀説を信じていません。ブログ記事『新世界秩序について』をお読みくださればと思います(訳注)。

 

訳注: www.blog-rose-croix.fr/a-propos-du-nouvel-ordre-mondial/で読むことができます(フランス語です)。

 

私の意見では、さまざまな分野で人類が直面している問題の原因は、誰かの陰謀にあるのではなく、すべての人の個人や集団としての行動にあります。

 

自分が苦しんでいるのは、陰でうごめいている一部の人の悪事のせいだと考える方が、自分自身の行いに疑問を投げかけるよりは、はるかに簡単なことです。

しかしこの態度は、幼稚で無責任なものに私には思えます。

陰謀論に賛同している人や、それを広めている人は、情報操作という陰謀を批判しているにもかかわらず、結果的に自分が情報操作をしていることになってはいないでしょうか。

 

いずれにせよイルミナティは、バラ十字会が用いている意味では、陰謀や情報操作とは何の関係もありません。

バラ十字会AMORCフランス本部代表
セルジュ・ツーサン

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

本稿はそのブログからの一記事。

 

△ △ △

 

歴史を見ると、あらゆる時代に、神の名のもとに凄惨な殺し合いが行われてきました。

しかし一方で、今回の記事に書かれていたように、すでに12世紀には、このような暴力に歯止めをかけようと努力していた人たちがいました。

このことは、私たち人類が誇りに思うべき事柄ではないでしょうか。

 

下記の記事では、セルジュ・ツーサンが現在の世界が直面しているさまざまな問題の原因についての考察を書いています。こちらもどうぞ。

参考記事:『危機を通り過ぎる

 

では、今日はこの辺で。

また、お付き合いください。

 

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危機を通り過ぎる

2017年9月8日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

東京板橋では、アブラゼミの声がツクツクボウシに変りました。秋が始まった感じがします。

そちらはいかがでしょうか。

 

さて、日々のニュースを見ていて、気分が暗くなってしまうことはありませんでしょうか。

格差の拡大、頻発する異常気象、高齢化、テロリズム、国の財政の悪化、経済の成長の鈍化、政治と官僚組織の腐敗など、数年後はどうなってしまうのだろうと感じさせる話題ばかりではないでしょうか。

 

神秘学には「ソウル(魂)の暗黒の夜」(Dark night of the soul)という用語があります。

当会の提供している通信講座で詳しく説明されることのひとつなのですが、この用語は、内面の進歩のために努力を続けている個人に訪れる独特な危機のことを指しています。

そして、この「暗黒の夜」を首尾良く通り過ぎることができると、「黄金の暁(あかつき)」という、調和と安定、心の平安が取り戻された状態に達します。

 

錬金術にも同じ話題があります。錬金術で語られていることの多くは、人の内面に起こる進歩のたとえであることが知られています。

先ほどの「夜」と「暁」に対応して、フラスコの中の物質は、「ニグレド」(黒の段階)から、クジャクの尾のような色とりどりの段階を経て、「アルベド」(白の段階)へ進むとされています。

 

参考記事:『錬金術とは何か』(セルジュ・ユタン)

参考記事:『錬金術とは』(公式ブログ)

 

もしかして、世界全体にもこの比喩があてはまるとすれば、現在の混乱は、進歩を続けている人類が、望ましい新たな段階に入る直前の混乱にあたるのかもしれません。

人の思念は、未来を作り出す要因のひとつですから、ポジティブにそのように考えたいと心から思います。

 

当会のフランス本部代表のセルジュ・ツーサンが、世界の混乱した現状について、昨日ブログ記事を書き、かなり話題になっています。

題名がちょっと固いですし、前半はやや暗いですが、希望と展望を与えてくれる記事だと私は感じています。今回は速報として、この記事の翻訳をお届けしたいと思います。

 

▽ ▽ ▽

 

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサンのブログ

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

Serge Toussaint

 

記事「人類の再生について」

 

誰もが知っているように、世界は経済的な意味でも社会的な意味でも、深刻な危機に直面しています。

多くの国で失業率が高くなっていますし、仕事を得ていても安定した生活を保つことができない人が増えています。

このような状況の程度はかなりひどいものであり、貧しい国だけでなく豊かな国にも貧困が広がっているほどです。

21世紀初頭の現在、生活を送るというよりは懸命に生き延びようとする状態にある人が、ますます多くなっています。

 

現在の経済と社会の危機は、2008年に起きたリーマンショックの影響だと多くの人が考えています。

この金融破綻が状況を悪化させ、強欲極まりない投機的な巨大金融取引の、不誠実さ、不道徳さ、下品さが明るみに出たということは明らかでしょう。

 

世界の投機的な金融取引を今も維持、コントロールしている人たちから私が受ける印象は、残念なことに彼らは、反省することもやり方を変えることも望んでいないようだということです。

これらの人たちは、まるで別世界に住んでいて、他の人たちの苦しみには無感覚であるかのようです。

投機的金融取引(イメージ図)

 

この数十年続いている経済と社会の危機、そして最近出現した金融危機は、文明自体の危機の表れなのではないでしょうか。そして、私たち一人一人にも、個人のレベルにおいて、その責任の一端があるのではないでしょうか。

先進国では、「誰もが自分のために」という風潮がはびこり、「物を所有する」ということが、宗教とまでは言わないものの、多くの人の目的になっています。

社会のあらゆる階層の人が、お金を崇拝する祭壇を前にして、基本的な道徳心の大部分を投げ捨てていますし、外見が立派であることを高く評価する傾向が頂点に達しています。

 

2001年にバラ十字会が発行したマニフェスト『バラ十字友愛組織の姿勢』で解説されているように(補注)、人類が現在の危機を脱するためには、人道主義的でかつ精神性を重視する価値観を通して、多くの人が考えを改める以外に方法はないように私には思われます。

このことを実現するためには、誰もが個人的に求めている幸せは、他の人々の幸せが実現されなければ得られないということを、多くの人が理解することが必要不可欠です。

また同時に、存在の意義、つまり人生の意味は何であるのかということを、多くの人が今まで以上に真剣に自問するようにならなければなりません。残念なことに、このような視点を持っている人は、政治家にも他にも、ほんの少ししかいません。

 

補注:マニフェスト『バラ十字友愛組織の姿勢』(Positio Fraternitatis Rosae Crucis)は、次のURLで読むことができます。

http://www.amorc.jp/pdf/amorc_positio_jp_111018.pdf

 

確かに、お金がほとんどなかったり物質的な快適さが得られなかったりすれば、幸せに暮らすことはできないかもしれません。

しかし、お金や物を手に入れること自体を目的にするならば、私たちのソウル(魂)が真に求めている価値からは遠ざかることになってしまいます。

ですから長い目で見れば、個人主義と物質偏重主義によっては、誰も幸せになることはできません。

 

世界が現在直面している危機から脱け出すことは、経済、社会、金融の“モデル”について考えているだけでは実現できません。

そして先ほど述べたように、この危機は何にも増して、人生の深遠な意味について再考し、それに従って行動するための絶好の機会だともいうことができます。

 

バラ十字会AMORCフランス本部代表
セルジュ・ツーサン

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

本稿はそのブログからの一記事。

 

△ △ △

 

お読みになって、皆さんはどうお感じになったでしょうか。

個人として自分には何ができるのかを考えるきっかけにしていただければ、心から嬉しく思います。

 

では、今日はこの辺で。

また、お付き合いください。

 

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花という象徴

2017年9月1日

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

東京板橋では、朝晩がとても過ごしやすくなりました。

いかがお過ごしでしょうか。

 

さて、イースター島にある巨石の遺物や、ストーンヘンジ、日本でいえば、縄文時代の火焔土器、土偶などを見て、次のようにお感じになったことはないでしょうか。このような太古の時代の人たちの世界のとらえ方は、現代の私たちとは、とても異なっていたのではないだろうか。

ストーンヘンジ

ストーンヘンジ

 

ミルチャ・エリアーデというルーマニアの民俗学者の説によれば、現代人は、観念を操作して理性によって世界を理解しているのに対して、太古の時代の人たちは、イメージ(ものの具体的な姿)とその象徴的意味を用いて、世界をとらえていました。

 

やや分かりにくいでしょうか。ご説明のために夢を例にとります。

とても意味深長に感じられる夢を見た経験が、あなたにも、おありではないでしょうか。何か、とても奇妙な事物が登場した夢です。

 

たとえば、私が以前に見た夢では、黄金に輝くホルンを演奏する3匹の不気味なタヌキが、暗い道端に並んでいました。酒瓶をぶら下げた例の置物のような色と姿をしたタヌキなのですが、生きているし、輝くホルンを抱えているのです。

こう書くとユーモラスに思えてしまうかもしれませんが、歩いている道は暗くすさんだ感じで、恐ろしい夢でした。目が覚めたとき、このタヌキはどのような象徴的な意味を帯びているのだろうと、とてもいぶかしく思いました。

 

これは単なるつまらない一例ですが、おそらくこの夢と同じように、古代人が周囲の世界に見たあらゆる事物は、現実の事物でありながら同時に象徴であり、古代人の心の中は、象徴の意味に満ち満ちていたのだと思われます。

そのため、現代に生きる私たちにも、夢を見ているときなどに、先祖返りのように古代人の心の働き方が再現されることがあるのでしょう。

 

スイスの心理学者カール・ユングは、このような象徴の多くが、地域や文化にかかわらず、人類全体で共通していることを発見し、普遍的無意識という考え方を提唱しました。

つまり、すべての人に共通する潜在意識があり、この潜在意識は、人類の長い歳月の体験の積み重ねによって作り上げられて、世代を通じて伝え続けられていると考えたわけです。

 

話がやや難しくなりましたが、要するに、人類の歴史では観念や理性によってものごとをとらえるようになる以前は、イメージ(物や生物の具体的な姿)や象徴によって世界を理解してきたわけです。

そのため、私たち現代人でも、心の奥深くはいまだに、言葉や論理よりも、イメージや象徴によく反応します。

 

ちなみに、バラ十字会が提供している神秘学の通信講座では、イメージや象徴を用いるさまざまな実習が紹介されます。それは、直感などの心の奥深くの働きを刺激するためです。

現代人の多くは、心の奥深くの部分があまりうまく働いておらず、それが、人生という貴重な機会を生き生きと体験する妨げになっています。

 

縄文文化を深く研究したドイツの民族学者ネリー・ナウマンによれば、古代人にとって極めて重要だった象徴のいくつかは、死と再生を表しています。

現代人と同じように、古代の人たちにとっても死への恐れは切実な問題だったことでしょう。

彼女は世界中の遺跡、遺物を研究した結果、古代の人たちは、死と再生を表す象徴を崇拝することでこの恐れから逃れようとし、それが原始宗教の発生につながったと考えています。

このような象徴の代表的なものに、月、ヘビ、カエルがあります。月は満ち欠けをし、ヘビとカエルは脱皮をするので死と再生の象徴になりました。

日本の縄文時代の遺物には、直接間接に、この3つを表したものが多く含まれることが知られています。

 

月、ヘビ、カエルという3つの象徴に付きまとうのは、暗い夜のような印象でしょうか。一方で、死と再生を表しているけれども、昼の明るい印象を持つ象徴もあります。

その代表例は花です。世界各地で古代の人々は、花に象徴としての意味を与えてきました。以下にそのうちの3つをご紹介したいと思います。

 

1.ハス

桃色のハスの花

 

私は見たことがありませんが、ハスの花は日の出とともに開き、日没とともに閉じるのだそうです。そのため古代エジプトでは、ハスが太陽を象徴するようになりました。「昇る太陽」すなわち復活のシンボルであるホルス神が、ハスの花の中から生まれ出てくる図案を、古代エジプトの遺物の多くに見ることができます。

エジプトは、古くはナイル川の上流と下流で別々の国でした。そのうちの上エジプトの象徴がハスで、下エジプトの象徴はパピルス草でした。この2つの国が統一されると、この2つの植物が組み合わされた図案を統治者が用いるようになりました。

 

ハスは汚い泥と汚水の中から出ていても、影響されることなく、水面上に汚れなく清らかな花を咲かせることから、インドでは原初の混沌の暗闇から創造された秩序ある宇宙を表しています。

 

古代インドの「ブラーフマナ」という書物には、創造者とともに、宇宙を象徴するハスが、この世に最初に現れたとされています。

その影響だと思われますが、インドでも日本でも仏陀の像の多くは、ハスの台座の上に立ったり座ったりしている姿で表されています。

 

2.ユリ

ユリの花

 

ヘブライのカバラの書『ゾーハル』(光輝の書)には、ユリの花を取り巻いている13枚の葉が、神の持つ13の性質にあたると書かれています。

ヘレニズム時代のエジプトのある文献には、「私は〈光〉のユリから生まれた純粋なユリである。私は啓示の源であり、永遠の美へと通じる生命である」と書かれています。

ギリシャ神話では、ゼウスの妻であるヘラの母乳から白いユリが生じたとされています。

 

このように、ユリは純粋さの象徴でした。

その影響だと思われますが、キリスト教では、聖母マリアに受胎を告知する天使は多くの場合に、ユリを手に持った姿で描かれます。

 

フランス王室の紋章は「フルール・ド・リス」と呼ばれるユリの花の図案ですが、その起源は古代エジプトのアンサタ・クロスだと言われています。

フルール・ド・リスとアンサタ・クロス

フルール・ド・リス(左)とアンサタ・クロス(右)

 

アンサタ・クロスとは上部が輪になった十字で、自然界のエネルギーにはプラスとマイナスという2つの極性のものがあるということを象徴しています。

 

3.バラ

ピンク色のバラの花

 

古代エジプトで、バラは母なる大地の神イシスの花だとされ、再生の象徴でした。

古代ユダヤ教の文書「ハッガーダー」には、人間が堕落する以前、バラにはとげがなかったという物語が書かれています。

ヘブライ人は、バラが楽園を象徴していると考えていました。

 

ギリシャ神話では、バラは女神アフロディーテの花だとされています。

また、神々の饗宴でエロスが酒杯をひっくり返したため、不死の酒ネクタルがかかって、それまでは白かったバラの花が、赤色になったとされています。

赤いバラの花

 

英語で「バラの下で」(under the rose)という慣用句は「内緒で」を意味しています。その元になったのはラテン語の「スブ・ロサ」(sub rosa)ですが、中世のさまざまな神秘学派で、バラが長い間沈黙の象徴だったことに由来しています。

神秘学派の秘密の集まりでは、会合が秘密であることを出席者に思い起こさせるために、天井からバラの花がつり下げられていたのだそうです。

 

バラ十字会の哲学では、その名の通り、バラが重要な象徴になっています。たとえば、16世紀にドイツのバラ十字会の代表であったミヒャエル・マイヤーは自身の本に「『哲学の庭』にはバラが咲き乱れている」と書いています。

 

バラ十字会を表す象徴は、開きつつあるバラが中央に配置された十字ですが、この十字は人体と人生での経験を象徴し、バラは、人生経験によって進歩していく人のソウル(魂)を表しています。バラの花が開きつつあることは内面的な進歩を象徴し、バラの花の香りは、進歩し洗練された人格から周囲に広がる喜びを表しています。

バラ十字会の象徴が中心にあしらわれた装身具

バラ十字会の象徴が中央にあしらわれた図案

 

ルドルフ・シュタイナーは、内的な目覚めを引き起こすために、バラ十字の象徴をできるだけ生き生きと思い浮かべる実習を自身の著作で勧めています。

 

椅子に座って、背筋を伸ばし、何回か深呼吸してリラックスした後に、これらの花と、その象徴的な意味をひとつずつ思い浮かべてみてください。

これらのイメージと象徴的意味によって、心の奥深くが刺激されるのが感じ取れることと思います。もしかしたら、遠い過去の思い出などが、よみがえってくるかもしれません。

 

今日は、この辺りで。

またお付き合いください。

 

参考記事:『人類と子供の心の進歩の段階

 

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笛の世界(番外編2)

2017年8月25日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

 

東京板橋では、先週の土曜日に雷と大雨があり、その後、一昨日より暑さがぶり返しています。ほんとうに今年は天候が極端ですね。

いかがお過ごしでしょうか。

 

私の親しい友人で山形県村山市にお住まいの山下さんからは、祭りの笛の話で、今までに3回ほど寄稿いただいています。今回は今までとは少し異なる、ちょっとしんみりとする話です。お楽しみください。

 

過去記事:

『笛の世界』(その1): http://www.amorc.jp/blog/?p=1430

『笛の世界』(その2): http://www.amorc.jp/blog/?p=1454

『笛の世界』(番外編1): http://www.amorc.jp/blog/?p=1496

 

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『笛の世界』(番外編2)

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下勝悦

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下 勝悦

 

「祭りは参加する人たちにはもちろんのこと、観客の方たちにも活力と元気を与えることができる」。これが私の所属する祭り連の信条です。

このことを、身をもって経験したことがあります。私の住んでいる村山市から車で50分位の山形市で毎年行われている『山形花笠まつり』のプレイベントに『村山徳内祭り』として参加させてもらった時のことです。

祭り囃子を演奏する人たち

 

プレイベントでは県内の特産品・民芸品の販売、更に県内各地の祭り・伝統芸能の披露といった数々のイベントが行われました。当日は平日にも関わらず大勢の人が来てくれました。

そんな中で村山徳内祭り一回目の演舞が終了。すぐに場所を移して二回目の演舞です。踊りのメンバーが定位置に着き、私らお囃子もセット完了。

そのとき、何気なく観客の方たちに目を向けました、すると電動車椅子に乗った男性の方が目に留まりました、年のころ、三十代ぐらいでしょうか、右手を電動車椅子のコントロールスイッチの上に乗せ、しっかりと私たちを見つめています。

 

やがて演舞が始まりました。見ると車椅子の男性は微動だにしません、ほとんどの身体機能が失われているようでした。

でも、眼だけはしっかりと私等の演舞を見つめてくれています。きっと心の内では私らと一緒に思いっきり身体を動かしておられたのではないでしょうか。しばらくして演舞終了。

私はこの方に声を掛けたかったのですが、スケジュールは分刻み(秒刻み?)での進行です。すぐに次の場所に移動です。

祭り囃子で太鼓を叩く女性

 

すると今度はちょうど向かい側に八十歳は越えているだろうと思える老夫婦の方が。見れば、おじいさんは立っているだけでも辛そうな雰囲気です。左隣に立つおばあさんが「おじいさん大丈夫ですか?」と支えている様に見えます。

やがて演舞が始まりました。するとおじいさん、右手をちょっと持ち上げ、片足を前に出し、前屈みになり、両眼を大きく見開き、今にも踊りの輪の中に飛び入りするのではないか……と思える様な形相です。隣に立つおばあさん、必死の思いで腕を掴んでいます(私には、その様に見えました)。

「おじいさん駄目ですよ、私たちは観客なんですからね」という声が聞こえてきそうでした。それからしばらくして、最後の演舞も終了して、帰ろうとした時です、杖を突いたおじいさん(かなりな高齢とお見受けしました)から話し掛けられました。

 

「良いもの見せていただきました、元気をいただきました、皆さん方、どこの市の祭りでしょうか、明日の本祭りにも来ていただけるんでしょうか」と。

そこで私が、「村山市の祭りですよ、今日だけの演舞ですよ」と説明。そして「おじいさん、よかったら村山市の祭り見に来てください、もうすぐですよ」。

 

すると、ちょっと寂しそうな顔になり「この歳、この身体では、村山市まで行くのは無理というものですよ…」。

そこで私が「おじいさん、私たち、来年も来ますからね、元気で長生きしてくださいね」。すると、ちょっと笑顔になり「うん、うん」とうなずいてくれました。(完)

 

△ △ △

 

私たちが働いている日本本部の事務所の目と鼻の先にも、氷川神社という神社があり、毎年、地元仲宿の商店街ではお神輿による練り歩きが行われます。

祭り囃子が遠くからかすかに聞こえてくると、浮き浮きとした気持ちになります。

 

今回は、この辺りで。

では、また。

 

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私たちは自由でしょうか

2017年8月18日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

東京では雨が続いています。今日降れば18日連続だそうです。涼しくて良いのですが、こうも長く続くと、農家の方々のことが心配になります。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

さて、今日の話題は自由についてです。

人は自分の行動を自由に選べるかどうかということを考えるために、「じゃんけん」を例にしてみます。

 

まず、右手を前に出してください。これから、あなたと私はじゃんけんをします。

グーかチョキかパーのどれかを出すかを決めて、それから、この文章の先を読んでください。

 

私はチョキでした。どちらの勝ちでしたでしょうか。

 

私たちは実際に、手をどれかの形にして出すことができますから、人が自分の行動を自由に選べること、つまり、人に自由意志があるのは明らかなことであるように思えます。

 

ところがよく考えると、事情はそう簡単ではありません。

自分の心を振り返って、先ほどグーとチョキとパーのどれかを選んだ本当の理由を、完全にはっきりとさせてみてください。難しいですよね。

ですから、私たちは完全に自由であるわけではなく、何か自分では気づいていない理由に影響されて、たとえばチョキを選んだという可能性があることになります。

 

今後機会があったときに試していただきたいのですが、多くの人数でジャンケンをしていて、なかなか決着がつかないときに、ひと呼吸を置いて、あなたが大きな声でゆっくりと音頭を取ってみてください。多くの人がパーを出すことが知られています。

 

じゃんけんのような、たわいのない例もありますが、私たちは日常的に、時には深刻な、さまざまな選択を行っています。

そしてその選択のいくつかによっては、大げさに言えば、人生のありさまや、自分と周囲の人の幸せの程度が、時々刻々と変化していきます。

2つの選択肢を迷っている人

 

あなたの友人に、ちょっと面倒くさい頼みごとをされたことが、おありではないでしょうか。そのようなときのことを思い出してみてください。断ったにせよ応じたにせよ、あなたがその決断をした理由は、どのようなものだったでしょうか。

 

その人に喜んでもらいたいと感じたとか、忙しかったとか、頼まれたことが理不尽に思えたとか、行わなければならない別のことがあったとか、さまざまな要素が関係していたに違いありません。

 

そして、よく思われたいと感じたとか、面倒なことはしたくないと感じたとか、さらに突き詰めれば、人間関係を大切にしたいとか、時間の余裕を楽しみたいとか、大切なことの優先順位とか、意識していたかどうかは別として、欲求や価値観というものに基づいて、行動を決めたことでしょう。

 

このような欲求や価値観は、その人の生まれつきの性格と、その後の体験や教育や思考によってできあがっています。

 

私たちは、自分がどのような性格に生まれつくかを自分で決めることはできません。また、どのような体験をするか、どのような教育を受けるかというも、何を考えるかということも、特に小さなときのことを考えれば、自分の自由になることは、ほとんどないのではないでしょうか。

 

すると、子供のときに、自分の欲求や価値観を自由に作ることができないのですから、その後の体験や教育や思考も、その大部分は、自分で自由に選んでいるわけではないと考えるのは論理的なことです。

そうすると、大人になったとしても、欲求や価値観の多くは自分が自由に作り上げたものではないとすれば、それに基づいて行動や思考が行われるのですから、大人にも自由意志は、ほとんどないということにはならないでしょうか。

 

ちょっと前のことになりますが、ある親しい人と会話をしていて教えてもらったことがあります。最近の大学生のうち、哲学や心理学に興味がある人の多くが、自由意志があるということは、人間の思い違いだと思っているのだそうです。

正直に言えば、びっくりしました。私自身は、ある事柄に意欲を燃やすとか、道徳的に生きようと努力するということには、人に自由意志があると考えることが欠かせないと思っているからです。

 

人間には自由意志などないと多くの大学生が思っているのは、おおむね、次の3つのことから導き出されているようです。

1.意志のような心の働きは脳によって作り出される

2.脳は物質からできている。

3.物質は、数式で書き表せるような物理法則に従うので、過去が決まれば未来は決まっている。

 

一方で、バラ十字会の哲学では、人間には自由意志があるということが決定的に重要な役割を果たしています。

私たちは、自由意志を正しい方法や間違った方法で用いて、その影響を体験し、そこから教訓を得ることによって、内面的に進歩していきます。このことこそが、人生にある最大の意義だとバラ十字会の哲学は考えています。

 

もちろん、この哲学は固定したものではなく、日々進歩していきますので、100年後にも同じ考え方をしているかどうかは分かりません。しかし、もし人間には自由意志がないということになれば、すぐに全面的な修正を迫られることになるでしょう。

 

ちなみに、バラ十字会の哲学では、先ほどの3つのうちの1番目が正しくないと考えています。人間の心が成立するためには、物質の脳だけでなく、ソウル(soul:魂)という“宇宙”のエネルギーも必要であり、このエネルギーは数式には従わないと考えています。

ですから、どんな高性能の人工知能を作ったとしても、その機械に魂という宇宙のエネルギーが宿らなければ、そこには心(意識)が生じることはないと考えているわけです。

人工知能(イメージ図)

 

今まで説明してきたことに深く関連している実習がありますので、ご紹介させてください。

 

まず椅子に座って、肩の力を抜いて、背筋を軽く伸ばし、十回ほど深呼吸をしてみてください。

次に、思考を静めて、次のことを思い浮かべていただきたいのです。

 

通常私たちは、自分があり、その外に世界がひろがっていると考えています。

空間があり、物がある場所と、物がない場所があると考えています。

時間があり、過去と未来があると考えています。

上があれば下があり、善があれば悪があり、原因があれば結果があると考えています。

枯山水-2つの石と砂紋

 

このような対立する要素についての考え(概念)を、すべて捨てたとしたらどうなるでしょうか。

私でもなく外界でもない、ただ、振動の大海が広がっているのではないでしょうか。

 

そこで、この振動の大海である“宇宙”とひとつになってください。言い換えれば、五感によって知るのではなく、心の奥深くの働きによって、直接すべてを体験するようにします。“宇宙”以外には、あなたも他の何もない、ふたつがないひとつを感じてください。

 

自分の頭であった場所に、無限の宇宙を感じることができないでしょうか。そこに、涼しい風がそよいでいるような自由を感じ取ることができないでしょうか。

 

このように感じることを、何回か練習してみてください。

 

以上の実習は、瞑想のひとつの方法にあたりますが、このちょっとした瞑想からだけでも、忙しく回転する思考と概念から解放されさえすれば、あらゆる理屈を超えて、人は限りなく自由だとは感じられないでしょうか。

人は対立する概念に縛られている結果、竹筒に落ちたヘビのように不自由だと、ある禅師が言っています。そうすると、やや難しくなりますが、私たちが自由を得られるのは、宇宙と同調しているときだけだと言うこともできます。

 

バラ十字会の通信講座で学ばれていない方々は、以上の説明を読んでいて、なぜ心の奥深くと宇宙には関連があるのだろうか、対立する概念から解放されることと宇宙にはどのような関係があるのだろうかと、疑問をお持ちになるかもしれません。

いずれ、改めてご説明する機会もあると思いますが、次の記事がヒントになります。

参考記事:『心の構造について

 

また次の記事は、当会のフランス代表が自由意志について書いた文章の紹介です。

参考記事:『自由意志がもたらす幸運と不幸

 

最後はかなり、立ち入った話になりました。

今日は、この辺りで。

またお付き合いください。

 

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