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表現の自由について

2018年2月16日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

平昌で行われている冬季オリンピックが盛り上がっていますね。一流のスポーツマンが全身全霊で繰り広げているドラマには人生の縮図が垣間見られるようで、とても不思議な気がしています。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

さて、インターネットの普及によって、私たちの誰もが、多くの人に向けて自分の意見や考えを発信することができるようになりました。

そして皆さんも感じられていることと思いますが、このことは諸刃の剣であり、社会に望ましい影響とそうでない影響の両方を与えています。

 

当会のフランス代表が、自身のブログに先週、「表現の自由」についての記事を発表していますので、その翻訳をご紹介させていただきます。

▽ ▽ ▽

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサンのブログ

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

Serge Toussaint

記事「表現の自由について」

 

まず最初に、これから私が述べることは私個人の意見であり、バラ十字会AMORCの公式見解ではないと言うことをはっきりさせておきたいと思います。

バラ十字会AMORCでは、多様な意見や信念が存在することが、常に歓迎され促されているため、当会のメンバーや指導者の間には、画一的な傾向はほとんど見られませんし、全員が異議なく同じ思想に同意することもあまりありません。

当会には、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、その他の宗教を信奉している人もいますし無宗教の人もいます。また、さまざまな政治的な見解を持つ人もいます。

 

表現の自由は貴重な権利であり、あらゆる人に認められ高く評価されるべきです。

この権利を確立するために、多くの国で、多くの人たちの血と涙が犠牲として必要とされました。

手錠をかけられたペンを持つ手

 

民主主義国家の多くでは、世界人権宣言の第19条を基礎にして、この権利が保証されています。この条項にはこう書かれています。

「意見の自由と表現の自由は、すべての人が持つ権利である。この権利に含まれるのは、妨げられることなくさまざまな意見を持つ自由と、あらゆる媒体を通して、国境に無関係に、さまざまな情報と考えを、調査し、受け取り、伝える自由である」。

この第19条は、表現の自由にかかわる論争に裁定を下すための法律や判例の基準として、実際に広く用いられています。

 

人権宣言や法律によって、表現の自由を保証するこの取り組みを私は高く評価しています。

しかし一方で、それだけでは完璧ではないと考えています。私の意見では、敬意と寛容の精神に基づいた倫理的な要素が、そこに付け加えられるべきです。

 

表現の自由の名のもとに、自分の考えたあらゆることを人が述べたり書いたりした場合には、過激な論争、心と心の間の溝、対立、分断がどうしても生じ、個人や地域社会や宗教や政党などが、互いに力と力でぶつかり合う事態が発生してしまいがちです。

現在の世界は、かつてないほど、和解と協力へと向かう努力をしなければならない状況にあります。そして、対話と意見の交換、合意点を探す努力を促すことによってだけ、和解と協力はなし遂げることができます。

 

表現の自由を最初に主張したのはジャーナリストたちです。この人たちの仕事や使命は表現の自由を行使することが基礎になっていますので、それは当然のことです。

しかし、不要な論争を巻き起こすことを私は望んでいるわけではありませんが、新聞や本に書かれていることや、ラジオやテレビ放送で報じられていることが、事実でなかったり、誤解を招くことであったり、中傷や名誉毀損でさえあることが珍しくありません。

車に殺到する記者の群れ

 

誰にも反論の機会が与えられているという主張がありますが、特にメディアへの反論は、考えているほど簡単なことではありませんし、信用や名誉が損なわれた場合に、受けた被害を完全に回復することはほとんど望めません。

裁判に訴えることができるということも確かに事実ですが、この場合も、名誉が毀損されたという判決を勝ち取るのは極めて困難なことです。

報道ではなく中傷が目的だったということを、被害者側が立証しなければならないからです。

 

インターネットが普及したため、「表現の自由」の名のもとに、極めてやっかいな状況が生じています。あらゆる事柄をあらゆる人に向けて、誰もが言ったり書いたりすることができるだけでなく、匿名でそうすることができるからです。

このことから、道徳にも民主主義にも反する事態が生じています。誰もが知っているように、多くのインターネットユーザーが匿名という隠れ蓑(みの)に守られて、複数のアカウントを使ったりして、噂やウソや中傷を広めたり、憎悪を駆り立てたりしています。

 

このような場合、法的な枠組みはほとんど機能していないので、裁判を起こして勝訴するのは極めて難しいことです。

さらに、インターネットのサーバーが設置されている国ごとに法律や規制が異なっているので、リスクなしに誹謗や中傷を行うことが、ほとんどいつでも可能です。

 

インターネットや他の手段を用いる場合であっても、表現の自由を行使する前に、自分が言ったり書いたりしようとしていることが、健全であり、役に立つことであり、客観的かどうかを誰もが考えるべきです。

もしこれらの基準を満たしていないならば、自分で自分を検閲する聡明さを私たちは発揮すべきではないでしょうか。

 

私の考えでは、「表現の自由」の名のもとに、このような聡明さを多くの人が投げ捨ててしまっています。

そして、“表現”という言葉は、倫理観や聡明さに欠けていることさえ意味するようになってしまいました。

別の言葉を用いるならば、何はともあれ、自由とリバータリアニズム(訳注)が混同されるべきではないと言うことができます。

 

訳注:リバータリアニズム(libertarianism):徹底した個人主義を唱える思想。国家による市場介入・セーフティーネット・富の再分配(リベラリズム)に反対し、共同体の伝統や慣習の重視(コミュニタリアニズム)にも反対する。

 

バラ十字会AMORCフランス本部代表
セルジュ・ツーサン

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

本稿はそのブログからの一記事。

△ △ △

 

下記は、前回紹介したセルジュ・ツーサンのブログ記事です。

 

参考記事:『エコロジーについて

 

皆さんは、「表現の自由」についてどのようなお考えをお持ちでしょうか。

この記事が、このことについて改めて考えるきっかけになれば、心から嬉しく思います。

 

では、今日はこの辺りで。

また、お付き合いください。

 

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ネコがテーマの本

2018年2月9日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

数日前まで、B型のインフルエンザにやられていました。10日ほど辛い日を過ごしていましたが、なんとか回復してきました。

 

そちらは、お変わりはありませんでしょうか。

 

 

先日、親しい知り合いの方に『猫の十戒』のことを教えてもらいました。猫を飼う人が守らなければならない十の掟(おきて)を、上から目線で猫自身が語ります。インターネットで検索するとすぐ見つかりますので調べてみてください。思わずにやりとしてしまう、ユーモアーたっぷりの文章です。

この『猫の十戒』は、『犬の十戒』という作者不明の英語の詩のパロディーなのだそうです。インターネット上では『犬の十戒』の日本語版も紹介されていますが、こちらは、涙もろい方はご注意です。

 

さて、以前にもご紹介したことがありますが、あるテーマに沿って小中学生に何冊かの本を紹介する、ブックトークというお仕事があります。このお仕事をされている私の親しい友人から、猫をテーマにしたブックトークを寄稿いただきましたので、ご紹介させていただきます。

 

▽ ▽ ▽

 

記事『猫』

可児明美

可児 明美

 

皆さん、猫というと、どんなイメージをもっていますか?

「猫ふんじゃった」なんて曲もありますね。

 

かわいい、きれいな毛並み、ひっかく、気まぐれ、体が柔らかい……。

十二支のお話では、ねずみにだまされて干支の仲間に入ることができませんでした……。

自分本位でわがままなんていわれることもあります……。

今回は、「猫」というテーマで本をご紹介します。

灰色の子猫

 

さて、このお話に出てくる太った黒い猫は、わがままな猫のイメージとはまったく違う猫です。(『カモメに飛ぶことを教えた猫』ルイス・セプルベダ著、白水ブックス)

お話の舞台は、ドイツのハンブルグ港の街です。

そこに住んでいるゾルバという猫は、あるとき、瀕死のカモメ、ケンガーに出合います。

ケンガーは銀色の翼を持つ美しいカモメでしたが、「黒い波」にやられて、まさに命が尽きようとしていました。

「黒い波」というのは、いったいどんな恐ろしいものなのでしょうか。それは、実際に現実の世界にもあります。タンカーから流出した原油が、黒い波の正体です。

ここには、原油にまみれてしまったペンギンをきれいにしている写真が載っています。(『環境破壊図鑑』藤原幸一著、ポプラ社)

 

ケンガーもこんな感じで、原油に浸かってしまったんですね……。

この本には、地球上で起きている、さまざまな出来事の写真が収められています。

 

さて、ケンガーはお腹に卵を宿していました。

瀕死のケンガーは猫のゾルバに、三つの約束をしてくれと頼みます。

 

その約束とは、

1.これから生む卵を食べないこと。

2.ひなが生まれるまで、卵の面倒を見てほしい。

3.ひなに飛ぶことを教える。

というものでした。

普通に考えると、猫にはとても守れそうにない約束ですよね……。

 

そしてケンガーは卵を一つ、生み落として死んでしまいます。

さあ、猫にはなかなか守るのが難しそうな約束をしてしまったゾルバは、どうしたでしょうか……。

ゾルバは、その約束を果たすためにいろいろ奮闘するんですね。

 

仲間の猫たちにも協力してもらいます。

そして約束を果たすため、ネズミと取引したり、猫のタブーを破ることにもなります。

また、「信用できる」人間も登場します。

猫たちに信用してもらえる人間とは、いったいどんな人なのでしょうか。

 

生まれたヒナはフォルトゥナータ、「幸運なもの」という名前が付けられました。

猫たちに育てられて、フォルトゥナータは成長してゆきます。

フォルトゥナータは大きくなりましたが、なかなか飛べませんでした。

 

あるときフォルトゥナータは、心ないチンパンジーから意地悪なことを言われて、落ち込んでしまいます。

その時ゾルバがフォルトゥナータに伝えた言葉は、フォルトゥナータへの深く暖かく気高い愛情に満ちています。

ぜひ味わってみてください。

 

そして、フォルトゥナータはとうとう飛べるようになりましたが、それには一つ、どうしても必要なものがあったのですね。

それは、なんだったのでしょうか……。

 

先ほどのお話に出てきた黒猫ゾルバは、頼りがいのあるやさしい猫でした。

このお話に出てくる猫、ファイヤポーは、若くて元気いっぱいの猫です。(『ウォーリアーズ』エリン・ハンター著、小峰書店)

 

飼い猫でしたが、森で群れをつくって暮らしている「野生ネコ」たちの群れに加わり、一族の「戦士見習い」になります。

ファイヤポーが属するのはサンダー族、ほかにもシャドウ族、リヴァー族、ウィンド族などがあります。

あるときファイヤポーはイエローファングという年老いた雌猫を助けてしまい、罰を受けることになりますが、だんだんとイエローファングに親しみを感じるようになります。

 

しかし、イエローファングにはなにか事情がありそうです。

また、それぞれの族長が集まる会議で、シャドウ族の族長は、ほかの一族の縄張りでも狩りをすると言い出し、サンダー族はそれを認めなかったため、戦いが起こります。

また、サンダー族の新たな副長となったタイガークロ―は、ファイヤポーの見習い戦士仲間のレイヴンポーを追い出そうとします。

タイガークロ―にも何か秘密がありそうです……。

 

そこで、ファイヤポーはある計画をたて、レイヴンポーを安全な場所に逃がします。

そうこうするうちに、シャドウ族がおそってきたり、子猫たちがさらわれたりと、次々に事件がおこります。

子猫たちはファイヤポーたちの活躍で取り戻すことができましたが、ファイヤポーが友達のレイヴンポーを逃がしたことを察知したタイガークロ―との対決が避けられなくなりそう……という状況で、物語は第二巻へと続いていきます。

 

ファイヤポーは自然の森の中で一族の戦士として、たくましく生き抜いていきますが、私たちの身近にも、自由に生きている猫がいますね。

ノラネコたちです。実際にノラネコたちを観察した人がいます。(『ノラネコの研究』伊沢雅子文、たくさんのふしぎ傑作選、福音館書店)

『ノラネコの研究』では、猫一匹ずつに名前を付け、特徴をかいた猫カードをつくり、そして猫の後をつけてずっと観察した様子が、わかりやすくまとめられています。猫の観察の仕方も書いてあります。

 

『わたしのノラネコ研究』では、福岡県の小さな島で7年間にわたってノラネコを観察した様子が書かれています。(『わたしのノラネコ研究』山根明弘著、さ・え・ら書房)

 

DNAによるノラネコたちの親子鑑定では、予想外の結果がでたそうです。

作者は、なわばりの中で体が大きくてつよいオスが子猫の父親だろうと考えていました。

でも、実際は……違ったんですね。いったいどんな結果だったのでしょうか……。

 

さて、猫についての本をいくつかご紹介しました。

みなさんも猫の世界をちょっとのぞいてみませんか?

 

おわり

 

紹介した本

『カモメに飛ぶことを教えた猫』ルイス・セプルベダ著、白水ブックス

『環境破壊図鑑』藤原幸一著、ポプラ社

『ウォーリアーズ』エリン・ハンター著、小峰書店

『ノラネコの研究』伊沢雅子文、たくさんのふしぎ傑作選、福音館書店)

『わたしのノラネコ研究』山根明弘著、さ・え・ら書房

 

△ △ △

 

ふたたび本庄です。こちらは動物学者のシートンを取り上げた可児さんの前回の記事です。

参考記事:『シートンの自己実現

 

今日はこの辺りで。

また、お付き合いください

 

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豆まきと柊鰯

2018年2月2日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

家から職場に向かう途中に、河津桜の木があります。つぼみが膨らんで今にも開花しそうです。春が待ち遠しいですね。

 

そちらはいかがでしょうか。

 

 

明日、2月3日は節分です。子供の頃に、「鬼は外、福は内」と声をかけながら、父母と豆を蒔いたときのことを思い出します。

懐かしい風物ですが、なぜ鬼に豆をぶつけるのか不思議に思ったことはないでしょうか。

 

民俗学者の吉野裕子さんによれば、このことは陰陽五行思想によって説明することができます。

陰陽五行思想は、中国の春秋戦国時代にできた哲学です。

この思想では、万物の根本のことを太極と呼んでいます。太極からは、陰と陽という2つの気が生じ、陰と陽の気からは、木気、火気、土気、金気、水気という5つの気(エネルギー)が生じ、また、子、丑、寅、卯などの十二支が生じたとされています。

 

節分は、二十四節気のひとつである立春の前日で、冬と春の分かれ目を意味します。

陰陽五行思想によれば、冬を支配しているのは水気で、春を支配しているのは木気です。

 

そして、木気、火気、土気、金気、水気には、それぞれ、そのエネルギーを痛めつける(剋する)ライバルがいるとされます。

金属でできた斧で木が切り倒されると覚えると良いのですが、木気を痛めつけるのは金気だとされ、金剋木(きんこくもく)と呼ばていれます。他にこのような関係(相剋)は、4つあります。木剋土、土剋水、水剋火、火剋金です。

 

古代の人たちは、季節が例年通りに循環して、健やかに暮らせること、作物がたくさん収穫できることを祈り、呪術によって季節の巡りを促そうとしました。

日本の節分で行われる、豆まきの起源もそのような呪術のひとつだと考えられます。

 

金気は、秋を支配しているエネルギーです。秋は植物が実をつけることから、果実や豆は金気を象徴します。特に大豆は、固く丸いことから、金気を象徴する代表的な象徴だとされます。

 

節分の豆まきでは、大豆は煎られて、外に投げ捨てられたり食べられたりと、徹底的にいじめられます。それは、金気の力を弱め、木気の力を助けることを意味しています。このことによって、春の訪れを確実にすることが意図されていました。

また、冬が春から夏に変わっていくためには、陰気が去って、陽気と交代する必要があります。煎った大豆をぶつけられていじめられる鬼は、この陰気を象徴しています。

 

節分には、柊鰯(ひいらぎいわし)という風習も知られています。焼いたイワシの頭を柊(ひいらぎ)の枝に刺して、節分の日の夕方に、門口に出しておくという習慣です。

 

イワシのにおいで誘われた鬼が、ひいらぎの葉のとげによって目を刺されるので、魔除けになると説明されることがあります。

 

柊とイワシはいずれも、冬を支配する水気の象徴です。柊の方は漢字の右側がまさにこのことを表わしています。水の中に住む生きものはいずれも水気に属しますが、イワシは寒流に住む代表的な魚なので、水気を特に良く表わす象徴だとされているようです。

この風習では、イワシは焼かれて、とげのあるひいらぎの枝に刺されます。これは、水気の象徴をいじめ抜くことにあたります。それによって冬を退散させ、春の到来を促すことが意図されています。

 

中国の陰陽五行思想は、漢方医学の基礎理論として脈々と現代にまで生き続けています。そして、古代ギリシャ・イスラムで盛んに唱えられた四大元素説と対比されることがあります。

四大元素説では、私たちの身の回りのものが、火、空気(風)、水、土で作られていると考えます。

ちなみに、バラ十字会のある学習課程では、四大元素説のことを学ぶことになります。

この説は、現代の原子論のもとになった、素朴で原始的な考えだと捉えられてしまうことがあります。

しかし、ここで詳しくご説明することは、長くなるのでできませんが、四大元素説は、自然界の秩序のもとになっている法則を表わしていると考えることができます。

心理学者にも、無意識との関わりから、四大元素説に注目している方々がいます。

 

話を戻します。

明日は、鬼打ち豆が行われている神社のことがニュースで取り上げられることでしょう。古代の人たちが、季節が順調に循環することを願って止まなかったという、その由来を思い起こしていただければ、嬉しく思います。

 

参考記事:『冬至と古代文化

 

今日はこの辺りで。

また、お付き合いください。

 

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エコロジーについて

2018年1月26日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

 

東京板橋では、昨日と今日の朝の気温がマイナス7度でした。こんなことは初めてです。北国の人には笑われるかもしれませんが、日中もしんしんと冷えていて、なかなか暖房が効かず、縮こまりながら仕事をしています。

 

そちらはいかがでしょうか。

 

 

一方で、先週報道されていたことですが、NASA(アメリカ航空宇宙局)は、2017年の世界の平均気温が、観測史上2番目の高温だったと発表しました。NOSA(アメリカ海洋大気局)の発表では、観測史上3番目の高温だったそうです。

 

気象現象は複雑ですね。

この複雑さを表す一例ですが、バタフライ効果と呼ばれている事柄があります。気象シミュレータで計算すると、地球のある場所で一匹のチョウが羽ばたいたか羽ばたかなかったかの違いが、数ヵ月経つと、地球全体の天候を変えてしまうのだそうです。

 

最近は、台風、たつまき、雹(ひょう)など、気象現象がとても激しくなっているように、お感じではないでしょうか。

地球温暖化が続くとしたら、私たちの次の世代には、さらに激烈な現象が起きてくることでしょう。気になる問題です。

 

当会のフランス代表が、自身のブログに地球環境と温暖化についての記事を書いています。今回は、その翻訳をご紹介させていただきます。

▽ ▽ ▽

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサンのブログ

記事「エコロジーについて」

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

Serge Toussaint

 

エコロジー(ecology:生態系保全)が中心的なテーマとして、数多くの議論で取り上げられるようになってから、かなりの年月が経ちました。

特にこの数年は、環境問題に対する鋭い意識が多くの人に広まりました。このことをとても喜ばしいことだと私は感じています。

人類が原因で起こっている環境破壊を止める努力がひとつもなされないならば、地球は数世代のうちに、人が住むことのできない場所になってしまうと大半の人が考えています。

原子力発電の危険性は周知の事実になりましたし、放射性廃棄物や使用済み核燃料という大問題については言うまでもありません。

 

トマトの若芽

 

地球が心配すべき状態にあり、このことが人類を脅かしているということについては、多くの人の間に合意がある一方、地球温暖化については、かなりの意見の相違があります。

温室効果ガスの排出を含む人類の活動が温暖化の主な原因だと、大部分の科学者が述べていますが、地球温暖化は遠い過去に始まった自然現象であり、人類はその現象をわずかに加速しているだけだと考えている人もいます。

温暖化に人類は何の責任もない、もしくは、地球は温暖化していないと考えている人さえいます。

エコイメージ、地球と新緑

 

私はこの分野の専門家ではありませんが、この数十年間に、地球全体の気候が温暖化し、季節が乱れているのは明らかなことのように思えます。

私の住んでいるノルマンディーでも、年によってそうでないこともありますが、徐々に冬はそれほど寒くなくなり、夏はそれほど暑くなくなりました。

この変化が人類の活動のせいなのか、それとも、人間は変化を加速しているだけなのかを、私は判断すべき立場にありません。

しかし、原因を完全に確定できないとしても、私たちは自分たちに責任があるのだと想定して、短期的、中期的、長期的に温暖化を激化させてしまう可能性があるすべての活動を止めるべきだと私は考えます。

地球の生態系に優しい生き方をすべきだということに、私は何の疑問も持っていません。

イルカと青い海

 

気候変動懐疑論者(climate skeptic)がそうしているように、地球温暖化に対して何の行動も取らなかったと想定しましょう。

その結果起こること(海面の上昇、自然災害の増加、季節の乱れなど)によって、この手の人たちの発言は影響力を失っていくのだから、それで良いのではと思われるかもしれません。

しかし、私たちが今どのように行動するかが、地球と個人と人類全体の未来にとって、決定的に重要なことは明らかだと私は思います。

バラ十字会は全体としてもこのことを確信しており、生態系の保護に対する多くの人の意識を高める努力を行っています。

このことは、2012年に当会が発表した「スピリチュアル・エコロジーについてのバラ十字会の訴え」に、よく表れています(注)。

 

注:この発表は、バラ十字会AMORCの世界総本部代表クリスチャン・ベルナールによって2012年4月にブラジルの国会上院で行われ、ブラジルの放送局「TV SENADO」にて放映されたほか、ラジオ、インターネットTVでも取り上げられた。日本語訳は www.amorc.jp/reference/material_016.html を参照。

 

ブラジル国会上院での発表『スピリチュアル・エコロジーについてのバラ十字会の訴え』

 

地球に優しい行動を選ぶ必要があるという意識が、今や多くの人に広まっていることは誰にも否定できませんが、残念なことに各国の政府は、具体的な対策をとることに消極的です。

それは政治の世界が、“経済を保つこと”や“再び成長すること”を、環境保護よりも重視しているからです。

私の意見では、この2つはいずれも方向を誤っていますし、目先のことにとらわれすぎています。

地球環境が劣化すると、人間の生活と健康に悪影響があるだけでなく、人も国家も多大な出費を迫られるからです。

またそればかりでなく、起きてしまった汚染や破壊の一部は、二度と修復することができません。

 

バラ十字会AMORCフランス本部代表
セルジュ・ツーサン

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

本稿はそのブログからの一記事。

△ △ △

 

以下も、セルジュ・ツーサンのブログ記事のご紹介です。

 

参考記事:『愛について

 

今日はこの辺りで。

また、お付き合いください。

 

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頑固おやじの反戦メッセージ

2018年1月19日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

寒い日が続いていますが、道端にサクラソウが咲き始めました。春が待ち遠しいですね。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

今週の始めに、ノーベル平和賞を受賞したICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)のベアトリス・フィン事務局長が、長崎と広島を訪れていました。

NHKのニュースで見たのですが、広島の高校生が彼女に、こんな素晴らしい質問をしていました。

「国際的にとても望みが薄い状況の中で活動を続けていて、前向きな気持ちをどのようにして保っているのでしょうか。」

 

フィンさんは、こう話していました。

「自分たちが歴史の正しい側にいることを忘れてはならないと思います。」

(I think we have to remember that we are on the right side of history.)

 

これは傲慢な発言でしょうか。

私はそうは思いません。

 

私ごとですが、昨年末に広島の平和記念資料館を訪れる機会があり、被爆された方のお話を直接聴くことができました。

そのおかげで、原爆が引き起こした惨状をわずかですが思い浮かべられるようになりました。

原爆ドーム

原爆ドーム

 

現在世界に配備されている核兵器は、一発あたり、おおむね広島型の数百倍の威力があります。

人殺しのためだけに作られたこの兵器をなくそうとすることは、私は、理屈抜きに正しいと思っています。

 

広島の平和記念資料館を、まだ訪れたことがありませんでしたら、ぜひ訪れてみることをお勧めします。

 

さて、今回も偶然ですねと話したのですが、山形県に住む私の友人の山下さんから、このブログに寄稿をいただきました。

 

▽ ▽ ▽

 

記事:『頑固おやじの反戦メッセージ』

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下 勝悦

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下勝悦

 

私ごとですが、昭和41年に工業高校を卒業。その後、地元の自動車ディーラーに就職。その2年後に家業(自動車整備・販売業)を継ぐために退社。

それから約半世紀、大勢の人と出会いました、忘れられない思い出もたくさんあります。今回はその中でも特に忘れられない思い出のひとつです。

 

ある日のこと、六十歳代と思われる男性の方がふらりと事務所に。

開口一番「私、隣町のKの父親です、息子がお世話になってます、私は車の運転免許は持ってませんが息子のこと、よろしくお願いします」と。

なんと、顧客の親父さんが挨拶に来られたのです。

 

実は、Kさんは私と同じ高校の出身で後輩にあたる方、少し前に縁あって我が工場の顧客になってくれたのです。

これを機に親父さん、時折ふらっと現れては毎回のごとく駅前駐輪場での仕事の話や(ほとんどぼやき話でしたが…)、近くに住む同級生たち(私も良く知ってる方々でした)の若かった頃の話を実に楽しくにぎやかにご披露。

 

これは爆笑ものでした。たとえば「最近の高校生の自転車通学のモラルは全くなっとらん。思いっきり叱るんだが、さっぱり言うことを聞かん。まったく今時の若い者は何考えてるんだ!!」と、怒りながらも笑顔でまくし立てるのです(笑)。

 

でも親父さん、そう言われても昔も今も高校生ともなれば、素直に「はい!!わかりました」などとは言いませんよ。私も当時はそうでしたから(笑)。

 

そんなある日のことです。仕事でKさん宅を訪問すると親父さんが茶の間で退屈そうな顔で座っています。

私が「こんにちは~」と声をかけますと。「お~!! 山下さん。急ぎでなかったらお茶でもどうだね」。

そうですね、と茶の間に上がらせてもらうと……まずは恒例の「ぼやき節」から始まり、話題が車のことになりました。

すると何時もの恵比寿様のような笑顔が消え、遠くを見るような目になり。「実はね、私は戦時中に軍隊で車の運転やってたんですよ。

そして戦争が終わってしばらく後、申請すれば正式な運転免許証を交付してもらえるという通達が入ったんだけど、私はその話を蹴ったんですよ……」。

それを聞いて、私は「えっ!? 何故ですか、もったいないことを」。

広島の平和記念公園にある平和の鐘

広島の平和記念公園にある平和の鐘

 

すると、こんな話を聞かせてくれました。

戦時中に陸軍で自動車運転の任務に就いていたのだそうです。

そして戦況も怪しくなってきた頃、所属する部隊に広島と長崎に新型爆弾が投下されたとの情報が入り、その数日後、広島行きの命令が下ったのだそうです。

 

詳しい情報も何もなく、とにかく行ってみると広島市内は一面焼け野原、さらに黒焦げとなった遺体……。

まさに地獄絵図だったそうです。そして広島での任務は、遺体をトラックに乗せ、火葬場に送り届けることだったのだそうです。

あまりの悲惨さに涙はおろか声も出ず、頭の中は真っ白、パニック状態、放心状態のままハンドルを握り、必死になってがれきの中を走り続けたのだそうです。

 

それからしばらくして終戦、任務を解かれ故郷の山形に。しばらくして世の中が落ち着きを取り戻してきた時だったそうです。

「戦時中に軍隊で自動車の運転に従事した者には特例として無条件で運転免許証を交付する、よって交付を希望する者は申し出るように」といった通達が入ったのだそうです。

 

ところが親父さん「なまじっか車の運転ができたためにとても言葉では言い尽くすことのできない辛い経験をすることになってしまった。もう二度と車のハンドルは握らない、握りたくない」、とかたくなに言い張り、申請しなかったのだそうです。

 

親父さんはもう亡くなられましたが、今になって思えば、あの時に聞かせてもらった話は戦争のない平和な世界を願う「頑固おやじの反戦メッセージ」だったのでしょうね。

△ △ △

 

下記は、前回の山下さんの記事です。よろしければ、どうぞこちらもお読みください。

参考記事:『常識が崩れた瞬間

 

今日はこの辺りで。

また、お付き合いください。

 

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